第四章 3ポイントの距離

※視点:日向 陽翔(バスケットボール)


 「……はい、そこー! ボール回せー! 陽翔、またひとりで突っ込んでる!」


 「すんませーん!!」


 体育館に響く声、声、声。

 自分の名前が飛ぶたび、陽翔はニカッと笑って手を挙げる。

 ミスしても声を出せば流れるし、味方からの不満も笑って受け流せばいい。バスケってのは、そういう“空気”が大事なんだよ。


 ──と、自分に言い聞かせながら、今日もコートの上を走っている。


 (本当は、俺、そんなに強くないんだけどな)


 監督にもチームメイトにも、「陽翔がいると雰囲気が明るくなる」ってよく言われる。それは悪くない。褒められてるのもわかってる。


 でも、“ムードメーカー”って便利な言葉だよな。

 負けても、笑ってろって意味にも聞こえる。




 練習が終わったのは、夜9時過ぎ。

 電気が落ちた体育館に残って、一人だけシュートを続ける。


 ボールがリングに当たり、跳ね返って床を転がる。

 「っ……チッ」

 普段は絶対に口にしない舌打ちが、夜の体育館に響いた。


 そのとき、ポケットのスマホが震える。

 何気なく開いたグループチャットには、光輝と朱音のやりとりが並んでいた。


「次の県大会、出ることになった。あと0.04秒で全国」

「全日本ジュニア落ちた。でも、まだやめない。あんた全国行きなさいよ」


 陽翔は、スマホを握ったまま動けなくなった。


 (……うわ、なんか懐かしい流れ)


 けど、なんだろう。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような感じがした。




 1年前。

 陽翔は一度だけ、バスケを辞めようとしたことがある。


 親の体調が悪くなって、家のことも手伝わなきゃいけなくて、

 「部活やってる場合じゃないな」って思って。

 実際、半年くらい、部活から距離を置いてた。


 だけど、そのとき――光輝から、何の前触れもなくメッセージが来た。


「バスケ、続けないの?」


 ただそれだけ。でも、なぜか涙が出た。

 “見ててくれる人がいる”って、たった一言で実感できた。


 それから陽翔は、またボールを握った。




 「まーた熱くなってんな、俺……」


 笑いながら、グループにメッセージを打ち始める。

 打っては消し、打っては書き直し、ようやく送信。


「俺は次、インターハイ予選の決勝。全国行ったらユニフォームの下にあの星のシール貼ってくわ。勝手に五つ星パワー注入な笑」


 画面を見て、しばらくじっとしてから、スマホをポケットに突っ込む。




 再びコートに戻って、3ポイントラインに立った。


 「よし。あと一球だけな」


 ボールを構え、軽くジャンプしてシュート。

 弧を描いたボールは、静かにネットを揺らした。


 「ナイス、俺」


 誰もいない体育館。

 でも、どこかで、誰かとまたつながれた気がして、

 陽翔は、少しだけ本当の笑顔になった。

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