第10話 構って構って構い倒せ
目を覚ませば、腕の中にひよがいる。
向かい合わせの体勢でスマートフォンを見ているひよがいる。
一瞬、時間が分からなかった。
あれ…結構寝た気がしてるのに今何時?
ひよは起きると莉兎の腕の中から出ていくから。
まだ腕の中という事は相当早起きしたんじゃないかと寝ぼけた頭で考えながら
「い、ま…何時?」
掠れた声で問いかければスマートフォンのディスプレイから目を離したひよと見つめ合う。
「11時過ぎてる」
「え、ほぼ昼やん」
「よぉ寝れた?」
「んん…ひよは?」
「めっちゃ寝た」
笑いながら「ほんま久々」と言ってあくびを漏らしている。
嘘じゃなさそう…それだけで嬉しくなってしまう。
それにしてもこの時間なのにまだ莉兎の腕の中にいてくれるのは珍しい。
そうぼやけば
「今日は何もしたくないんやもん。天気悪いし湿気多いし」
ひよは溜め息混じりに言いながら再びスマートフォンを触り始める。
そういう日、あるある。
よく分かる。
莉兎はひよと一緒にいる前、そういう日ばかりだったけど。
ほんの少し頭を起こせば開けられたカーテン。
雨の音がポツポツ聞こえている。
もう梅雨入り間近なんだと思うけど鬱陶しいのは誰もが感じる事。
その後見渡す部屋は片付いていた。
昨日飲んだハイボールのグラスは片付けられていて、つけっ放しだったはずのテレビも消されている。
放置しないのが何ともひよらしいなと思う。
一通り片付けてまた莉兎の腕の中に戻ってきてくれたんだと想像したら嬉しい。
「何見とん?」
「んー、SNS」
「なぁ莉兎起きたんやけど」
「知ってる」
「なぁなぁ、起きたんやけど」
「うっさいな」
悪態をつきながらも離れないひよ。
むっとしながらスマートフォンを奪って枕元に。
ひよは「あ、」と短い声を出した後、むっとしている。
こっちはな、先にむっとしとんねん。
構え。
構って構って構い倒せ。
「何すんの」
「起きたんやから構え」
威張って言いながらひよの太腿に足を乗せる。
絡みついてしがみついて。
今気付いた、ひよがTシャツを着ている事。
昨日脱がせたのになと思いながら少し体をずらしておっぱいに顔を埋める。
んんんーー
「やっぱり服の上からじゃなくて生がええな」
腕枕を解きながら覆い被さろうとした途端、スパンっ!と叩かれた。
い、った!
勢いのある強い叩き方、痛みも大きい。
思わず顔を上げれば
「寝起きのくせに何やる気になっとんねん」
鋭いツッコミ。
昨日を振り返る。
掃除頑張ってえっちして。
ご飯食べてえっちして。
ひよに煽られてえっちして。
寝て起きてまた。
昨日「性欲おばけ」と言われたけど間違いない。
これまで性欲より食欲だったはずなのに。
でも今はどんな食べ物よりひよが好き。
ひよを食べると口内と脳内を甘さが支配する。
そして心が林檎やトマトよりも熟した赤に染められるような満足感。
それらが忘れられない。
まるで一種のドラッグみたい。
何度も何度も味わって陶酔したい。
「…いや?」
ひよの顔を覗き込む、真剣な表情を作って。
口元は決して緩ませない。
ニヤニヤニタニタしない。
真面目な顔で声を低く…それを努めて。
意外な反応と雰囲気にひよは勿論動揺している。
おっぱいに手を置いたままだけど目で訴える、ひよが欲しいと。
「い、や…なわけ、ないやん…」
「ほんなら、いいん?」
突き詰めて聞けばひよは静かに頷いた。
スイッチオン。
…ほんまにチョロいひよこ。
略してチョロピヨ。
覆い被さると首筋に腕を絡ませてくるひよ。
そのままTシャツの裾から手を忍ばせておっぱいを包み込む。
あぁ、もう無理。
真面目な顔が一瞬で崩れてしまってニヤニヤニタニタ。
「生おっぱい最高」
へらっと笑えばひよは眉間に皺を寄せた。
「お、前…それが狙い?」
「んん、莉兎のおっぱいー」
「ふざけんなエロうさぎ!何マジな演技しとんねん!」
「ひよ」
「放せ!今すぐおっぱいから手を放せ!」
「嫌なわけないんやろ?」
にぃっと笑って言えば、心底悔しそうなひよの顔。
あぁ、愉快。
体を捻ろうとするけど莉兎の方が力強い事を忘れとんか。
全然思う通りにできなくてイラつくひよをよしよしとおっぱいを揉みながら宥める。
それが余計にイラつくらしいけど観念せぇ。
「昨日もいっぱい愛したけど今日も目一杯愛でさせろや」
言いながらちゅっとキスすれば
「ほんま…何から何までずるいやつ、」
ひよは絡ませてた腕に力を入れる。
引き寄せられた先はひよの唇。
本気のちゅっちゅをしながら莉兎のハートに火がついた。
「何もしたくない理由、分かった」
「なん?」
「天気のせいじゃなくてお前にやられ過ぎてるせい」
「莉兎のせいだけじゃないけどな」
「無理…今日一日ベッドかも」
んんーと唸りながらひよはブツブツ文句を言ってる。
でもほんま忘れるなよ、ひよが煽った時もあるって事。
殺傷能力抜群の煽り方をしやがって。
散々虐めたら心底悦んでイキ狂ってたくせに。
それを見てどれだけ莉兎の心が震えたのかひよは知らない。
向かい合わせで真正面から延々と文句をぶつけられてるけど…まぁよくそこまで文句が出てくるなと思うほど。
「一日ベッドでおったらええやん」
飄々と言いながらひよから出る文句を遮るようにちゅっとキス。
「ご飯は?お腹空いたやろ」
「頼めばええやん」
「頼んだ事ないんよな」
えぇ?
莉兎なんか毎日と言っていいほど利用してたのに。
でも無理はない。
ひよは自分で作るし、食べる事に対して手間をかける人だから。
自分のスマートフォンを手に取って調べてみる。
うつ伏せになれば、ひよも同じようにうつ伏せの体勢で覗き込む。
「何食べたい?」
「莉兎が食べたいもんでええよ」
「莉兎に任せたらハンバーガー一択やで」
大好き、ハンバーガー。
そしてポテトにコーラ。
ひよは「ええよ、しばらく食べてないし」と言って了承してくれたから好きなメニューを選び合う。
「ナゲット食べたい」
「何でもかまんけど」
ハンバーガーとポテトとコーラのセットにナゲット。
久々で嬉しいなとわくわくしながら足をパタパタ。
早速注文をして待つだけ。
はぁ、楽ちん。
今の時代、出ていかなくてもご飯は食べられる。
確かに料金は店舗で食べるより高いけど、自宅に届けてくれるのは大きい。
そのついでにSNSを見て友達の近況を知る。
子供の後ろ姿の写真に子育てしている様子が書かれていたり、彼氏と高いディナーを食べたという報告、あとは自分でネイルサロンを開業している瑠衣の施術デザイン。
みんな元気そうで何より、なんて思いながら莉兎もひよと付き合う前はちょこちょこ載せてたなぁなんて。
それは他愛もない事だらけ。
牛丼屋の新作メニューを食べたとか飛行機雲が見えたとか仕事で疲れたとか些細な事ばかり。
でも今載せてみてもいいかもしれない。
とりあえずひよの右手を握った。
それからカメラを起動して写真を撮る。
「なに?」
「載せようと思って」
手を離して再びSNSを開けば投稿の準備。
えーと…何を書こう。
考えてると
「ほんまに載せるん?」
少し驚いたようにひよが言う。
別に隠す事もないし、いいんじゃない?
「やめといた方がいい?」
「あたしはかまんけど…友達にバレてもいいん?」
「そんなん気にせんもん」
もしも何かを言われたら「うっさい」と返す。
お前に何か迷惑かけたか?
嫌ならブロックせぇ。
フォローを外してさよならせぇ。
それで終わり。
この年齢になって友達関係で悩みながらも無理して付き合うのは至極面倒。
そういうものは学生時代だけで十分。
女特有の群れないと不安とか友達の顔色を気にするとかしたくない。
まぁ莉兎は学生時代、あまり味わってこなかったけど。
家庭環境に恵まれなかった代わりに友達には恵まれていたし、一人で過ごす事もあった。
決まったメンバーといつでも一緒。
昔の言葉で言う三人一緒の「サンコイチ」だったけど一人になりたい時は外れてた。
そんな気ままな莉兎を二人は理解してくれて止めもしなかった。
学生時代仲が良かったのはネイリストの瑠衣ともう一人、ユキナ。
ユキナは早くに結婚したけど離婚も早かった。
今は彼氏がいてずっと清楚系を目指してるおもろい女。
絶対清楚になれるわけがないと思ってるし本人にも「お前はギャルやで」と言ってるけど
「莉兎…ギャルはモテへんやん」
譲らずに清楚系を目標に掲げてる。
でもめっちゃ些細な事。
例えば笑い方とか喋る言葉とかほんま…学生時代のノリが良いギャルまんま。
どれだけ纏う服や身につけるものを「清楚系」に変更しても無理な話。
それでよく目指してると言えるよなと思ってる。
さっきSNSで見た彼氏と高いディナーに行ったというのはユキナ。
恋を繰り返してるけどいつかいい人と結ばれたらいいなと応援してる。
莉兎のSNSのフォロワーは友達や知り合いだけ。
当たり前に会社の奴らは知らない。
うつ伏せのまま写真と一言だけ書いて投稿。
それを見てたひよは同じ体勢だったけど俯いて
「めっちゃ恥ずかしいやん…」
照れてる所が可愛い。
手を握った写真に添えた一言。
「守りたい人ができました」
ストレートすぎた?と思う反面嘘じゃないし。
スマートフォンから手を離してよしよしと髪を撫でれば唸ってる。
「はぁ…あたしも投稿しよ」
「え、すんの?」
驚く莉兎をよそにひよはスマートフォンを持って手を重ねてくる。
握るのかと思ったけど小指だけ絡めた。
「ぎゅってして」
「こう?」
小指に力を込めればひよは「そうそう」と言いながら写真を撮る。
「部屋暗いからちゃんと撮れんやん」
「見せて」
ディスプレイに表示される一枚。
ベッドの上、背景は乱れたシーツ。
小指をぎゅっと絡め合った写真。
「…えろ」
「なんでやねん」
「えっちした後って感じ」
莉兎だけかな。
この写真だけでガチの事後って空気を感じるのは。
「や、やめよかな…」
急に怖気づくひよに笑う。
ひよもその空気を感じ取ったんだと思うけど
「ええやん。莉兎が載せた写真もそんなんやで」
一言言えば頷く仕草の後、投稿する気になったらしい。
どんな言葉を添えるんかなと思ってたら
「あたしだけのスパダリ」
これもまたストレートな言葉でほっぺたが緩みすぎてしまう。
うつ伏せの体勢からごろんとひよにしがみついて笑う。
そう言ってくれる事が嬉しい。
他の男にも女にも誰にも何にも負けたくない。
ひよの中で莉兎が絶対的に一番でいたい。
奪われず、ずっと一番で居続けるにはどうすればいいか。
ずっと考えてるかもしれない。
でもきっと本当はあるがままの莉兎でいいんだろう。
それを受け入れてくれるひよの包容力と寛容さ。
結局莉兎はひよを幸せにしたいと願う反面、莉兎が幸せになりたいんだと思う。
ひよと一緒にいたら幸せ以上だから。
幸せにしかせぇへんと言ったくせに幸せにしてもろてるのは莉兎の方。
ひよにありがとうを。
この先もこうやってじゃれ合いながらくだらん事でアホみたいに笑いながら過ごしたい。
そして辛い時はお互い支えられるような関係でいたい。
守りたい人、なんて言ったけど格好つけたなと自分で思う。
守られてるのは莉兎やのに。
でもひよを守りたい気持ちは人一倍持ち合わせてる。
だから、もっと頼ってほしいと思う。
「SNSフォローさせてや」
「ええよ」
「プロフィールに恋人いますとか書く?」
「好きにしたら?」
「ひよのアカウント名書くで?」
「ええけど」
「あかん、そんなん初めてやからドキドキするわ」
「…そう言われたらあたしもドキドキするやん」
ハンバーガーが届いても莉兎はSNSに夢中。
部屋着を纏って受け取ってくれたひよはテーブルに届いたハンバーガーを袋から出している。
「莉兎食べよ」
「んー、」
何も纏わず未だゴロゴロして考える莉兎はその気がない。
フォローし合ったけど、プロフィール画面で悩み中。
どう書けば、紹介すればいいのだろう。
「冷めるで」
「はーい」
とりあえずTシャツだけを着てスマートフォン片手にソファへ座る。
ハンバーガーの包みを開けつつ、ポテトを一本二本と食べて。
コーラを飲めば、あぁやっぱりコーラって最高。
ハンバーガー屋のコーラってちょっと炭酸弱め。
でもそれが好き。
だって莉兎は炭酸が抜け切ったコーラでさえも美味しく飲めるから。
結構周りは嫌がるけど甘ったるいだけのコーラも美味しいのに。
ひよも同じようにポテトをぱくぱく食べながらコーラを飲んでハンバーガーにかぶりつく。
「ソースついてる」
親指で唇の端のソースを拭ってやれば、ふふっと嬉しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいんか分からんけどその笑顔がこっちは愛しい。
「ナゲット食べや」
「んん」
「美味しい?」
「久々食べたけど美味しい」
ご満悦なひよに微笑みながら莉兎もハンバーガーを頬張る。
バーベキューソースが濃厚で美味しい。
一人でよく食べてた味。
それを今ひよと一緒に食べてるなんて不思議。
「美味しいな」
「こっちも美味しいで。一口食べてみ」
ひよが莉兎の口元に寄せてくる新作の野菜たっぷりバーガー。
そのままかぶりついたら
「うまっ」
ふにゃっと笑えばひよも嬉しそう。
お返しに莉兎のお気に入りバーガーを食べさせたら
「美味しい」
同じようにふにゃっと笑顔を見せた。
一人で食べる時には味わえない事ばかり。
美味しいと言い合ったり、お裾分けしたり。
やっぱりご飯は一人じゃなくて二人がいい。
一人のご飯の味気なさとどうでもよさはもう感じたくないな、なんて。
ご飯の時間でさえも楽しいのは二人だからこそ。
ハンバーガーを食べ終えてくしゃくしゃと包み紙を丸める莉兎。
それとは正反対でちゃんと包み紙を折るひよ。
こんな些細な面でも性格がよく表れるなと感じながらナゲットを半分こ。
五個入りだけど最後の一個までちゃんと半分こした。
ひよは全部食べていいって言ったけど無理矢理食べさせたらちょっと照れてた、可愛い。
そしてポテトを食べながらお互いにスマートフォンを見る。
何故かひよは莉兎の口元にポテトを持ってきてくれて何も言わずに食べる。
これって親鳥が雛鳥に与えるような…餌付けやん。
ぼんやり思い浮かべながら莉兎も同じアクション。
結局それぞれ食べた方が絶対いいのに食べさせ合い。
おかしい事になってるけど、これってお店では絶対ひよに嫌がられると思う。
だから単純に家で食べてよかったーと感じながらひょいひょいとひよにポテトを運ぶ。
黙って食べるひよが可愛い。
勿論莉兎も運ばれたポテトを黙って食べていく。
そんな中でさっきのSNSのプロフィール編集画面を見つめる。
「ひよって彼女?」
「彼女」
「恋人?」
「恋人」
「パートナー?」
「パートナー」
「…どれを書けばいいんか分からんのよな」
彼女であり恋人でありパートナー。
もしくは「大切な人」とか「相方」と称する人もいる。
でも…正直莉兎の中で全てがしっくりこない。
何でだろう。
彼女や恋人に間違いないのにその表現じゃなくて。
他人にひよを紹介する時、きっと彼女や恋人と言ったら分かりやすいはずなのに自らは言いたくない。
パートナーなんてもっとしっくりこない。
その言葉自体が何だか遠く感じる。
距離感というか…馴染みが薄いからなのか。
そんな事をつらつらとひよに言えば、手を拭いて食べ終えたポテトの箱をたたみながら
「まぁ…言いたい事は分かる気がするけど」
コーラのストローを咥えて啜ればズズっと音色が響く。
「嫁?」
「違う」
「めっちゃはっきり否定するやん」
「だからプロポーズされてないもん」
ひよはプロポーズに夢見る系女子やった事を思い出す。
でも「いつかそうなったらええなぁ」くらいに言ってくれてもいいのに。
普通に「違う」って。
ひよを見つめれば莉兎に寄りかかって
「嫁じゃないし莉兎は旦那じゃないもんー」
いひひとからかうように笑いながら「んんー」と手を挙げて筋を伸ばしている。
まぁ確かに…と思うけどちょっと不服そうに莉兎もポテトの塩と油がついた指を拭く。
「嫁でええやん」
「それ、しっくりくんの?」
「…いや、それは」
「ほら。せやろ」
莉兎の肩に寄りかかって腕を絡めてくるひよの熱。
熱いけどスマートフォンを右手で持って左手はひよの手を握る。
ぎゅっとしながらカテゴライズって難しいと思う。
彼女もしくは恋人…プロフィール画面に打ってみるけど、文字にしてみても変な感じがした。
首を捻る莉兎にひよは笑いながら
「そんな悩む必要ないやん」
飄々と言われてしまった。
「そもそも書かんでええって事?」
「ちゃうよ。莉兎とひより。これでええやん」
ひよはあっけらかんと言って莉兎の耳にちゅっとする。
…なんやそれ。
そんなカテゴライズあんの?
彼女とか恋人とかパートナーとか。
そういう枠に捉われない、唯一無二のカテゴライズ。
莉兎とひより。
一気に心がスカッと晴れた気がして同じように笑えてきた。
考えすぎたなぁと思いながら心の隙間にすっぽりジャストサイズで収まったような感覚。
「それ最高」
「無駄に考えすぎやねん、アホうさぎ」
「言いすぎやろ」
呆れながら文字にしてみれば…うん、いい感じ。
莉兎のプロフィール画面に表示されている「ひより」という名前でさえ愛しい。
ご機嫌な莉兎にひよは鼻で笑って離れるとベッドに逆戻り。
ゴロゴロして
「あー、ほんま何もしたくない」
ぼやきながら背中を向ける。
莉兎も同じようにベッドに寝転んでいつもの腕枕と共にべったりくっつく。
さっき耳にちゅっとされたお返しをしてTシャツを捲って…
「おい、あたしの言葉聞いたやろ?何もしたくないって」
「聞いた」
「この手はなに?」
「うん」
「返事いらんねん」
まぁ、ええやん。
お腹を撫でながら耳元で呼ぶ、ひより。
それに力を無くしそうになるひよは「もう」と言ってるけどそのまま莉兎の手は上じゃなくて下へ潜る。
「え、ちょっ…!」
ショートパンツの中、どんどん進む莉兎の手に戸惑いを隠せないひよ。
振り返って抗議しようとしているひよにキスを紡いで呟く。
「何回でもひよりが欲しい」
「も、莉兎のアホ…」
「あかん?」
「…あかんって言うたらどうすんの」
唇を尖らせて子供みたいな顔をするひよに
「あかんって言わせへん」
爽やかさんな笑顔を向ければ黙ってどつかれた。
痛い…普通に目がチカチカするほどの痛さ。
あー、もうむり。
このお返しはこのあと。
ひんひん喘がせたるからな。
逆に燃えて本格的に体勢を変えて覆い被さると突っ込んだままの手を突き進めた。
黙ってエアコンのリモコンを握り締めてオンにするひよは眉間に皺を寄せている。
「クソ暑い…無理…去年はこんな時季にクーラーつけんかったのに…」
ひよがブツブツ文句を言っている間にゆっくりとクーラーの涼しい風が部屋を冷やし始める。
数えるのをやめた、愛し合った回数。
寝起きから性欲と食欲しか満たしてない。
それを言えば、何という素晴らしき休日。
でもひよの機嫌は悪くて莉兎の腕枕から逃げて背中を向けている。
なぁ、えっち終わった後のイチャイチャとかあるやん。
なんていうん?余韻ってやつ?
好き好きしてさ、ちゅっちゅしてさ。
可愛い可愛いって愛でる大切な時間。
「それをひよは放棄している!」
ビシッと言ってやったけど
「あーうるさ。黙れエロうさぎ」
ひよは布団に包まってぼやくだけ。
んんんーー!!
気に入らん。
何がって全部が気に入らん。
だって思い返してみたら、えっちの最中は
「り、と…っすきっすきっ!」
だったのに。
必死にしがみついてきて必死にキスを乞う愛おしいひよこだったのに終わった途端、豹変。
何とも無愛想で口の悪いひよこになってしまった。
あんなに火傷しそうなほど熱々だったのに。
今は氷点下何度?レベルの冷たさを浴びせられてる。
当たり前にぶすっとしてしまう。
まぁ、背中を向けてるひよにはこの表情が見えんやろうけど。
きっと、ひよがこんな態度なら「もういいし」と開き直って莉兎も背中を向けて一眠りするのも一つのパターンだと思う。
もしくは「あとで甘えてきても知らんからな」と拗ねたり怒ったりしてベッドから離れて煙草を吸うのも一つのパターン。
でもそんな選択肢は浮かぶだけで。
莉兎の行動はやっぱり
「ひーよー」
ぎゅうううっと抱きついて背中にぐりぐりと額を押しつける。
素っ気ない態度さえできない、溺愛思考回路。
だってくっついてたいもん。
だって強気に出れんもん。
だってひよが好きやもん。
ひよ限定の甘さ。
それはまるでパンケーキに生クリームましましのチョコソースましまし。
自分で想像したけど相当な甘さだと勝手に唾液が出てしまった。
「やかましい」
「そりゃ最初は嫌がってたけど途中からひよも」
「言うな。その先言うたらばち殺す」
上半身を起こして無理矢理顔を覗き込めば「もー!」と怒りながら莉兎の髪をくしゃっと撫でるひよに笑ってしまう。
「ちゅ、」
促せば仰向けになってちゃんとちゅーをしてくれる。
しかもしっかり首筋に腕を絡ませて。
その腕がいつでもずっと愛おしい。
柔らかく笑う莉兎にひよは短い溜め息。
「そんな顔されたら…機嫌も直ってまうやん」
「笑っただけやのに」
呟くけどひよは笑うだけ。
互いに熱を帯びた体を重ね合わせてもう一度ちゅーを。
離れた後、自然と出る言葉は
「好きや」
それしかなかった。
好きって気持ちはいつでも泉のように沸き起こる。
でも若い頃、すんなり言えたかというとそうじゃない。
付き合ってるんやから分かるやろとか。
嫌いだったら一緒におらんしとか。
そんな「分かれよ」スタンスだった。
付き合ってた男の方がちゃんと言葉にしてくれたと思う。
でも心の成長とか年齢と共に言葉にする事の大事さを知った気がする。
だから今は「好き」と思った時、ひよに伝える。
その瞬間抱いた「好き」はその瞬間だけのものだから。
気持ちも魚と同じで鮮度が大事なんかなぁ。
「なぁ、好きやって」
「知ってるて」
「大好きなんやって」
「ええからはよ布団被って」
クーラーの冷気が心地良いのにひよは気にして布団の中へと招く。
一緒に布団に包まりながらいつもの通り、腕枕。
間近で見つめ合って口にする、好き。
「あたしも好きやって。知ってるやろ」
ひよは仕方ないなぁという雰囲気で言いながら莉兎のほっぺたを指でムニムニする。
「知ってる、けどもっと言うて」
「エロうさぎ大好き」
「それ褒めてんの?貶してんの?」
「半々やな」
「おい」
ひよは可笑しいと笑いながら自分の足と莉兎の足を絡める。
ひよの足先だけが少し冷たくて気持ちいい。
「なぁ、好き以外の言葉で表現して」
突然言われた難題に「は?」と零す。
好きは好きしかないやん。
えぇ…?と思い悩む莉兎にひよは笑っている。
グッと近づいて唇が触れ合う。
しっかりしたちゅーじゃなく、掠めるようなちゅーをしながら
「好き以外ってめっちゃムズいやん」
ぼやくけど
「はよ」
楽しみながら急かされてしまう。
「ひよは?考えてんの?」
「んん…莉兎にだけ唐揚げ1個多めにあげる」
「なんやそれっ」
離れて笑う莉兎にひよも「特別やろ?」と言いながら笑う。
確かに特別感抜群。
しかもひよと莉兎ならではの答えで最高。
「ほんなら、莉兎はなぁ」
「なに?」
「言葉じゃなくて体で表現するわ」
「は?」
ニッコリ微笑みながらちゅっちゅと唇を重ねる。
段々と本気になってくる熱いちゅーを味わいながら
「持て余してる好きをぶつけるから」
ニィっと笑えば
「ほんま…腰砕けたらお前のせいやからな」
可愛く笑ってたはずのひよが睨みをきかせている。
「あー、大丈夫。お姫様抱っこして出勤させてあげる」
「ばち殺すの決定。今日がお前の命日やぞ」
「殺される前にやりまくろっ」
「体力、ないって、!」
調子に乗って愛をぶつけまくった結果、お互い堕ちるように寝た。
眉間に皺を寄せながら
「ほんま…ころす、」
物騒な一言を残してひよは夢の世界へ。
その割には腕の中にいて、尚且つしがみついて。
デレデレしながらそんなひよをぎゅぎゅっとして寝た莉兎の心は満たされていた。
だってこんなにも愛を体で表現できたし、何よりスヤスヤと眠れた様子のひよの寝顔を見れて嬉しい。
髪を撫でて、それを続けていたら莉兎も眠くなって。
夢の世界は穏やかだった。
仕事の夢だったけど、周りとアホな話で盛り上がってふいにひよを振り返れば微笑んでいて。
そんな現実にありそうな夢。
元々、よく夢を見るタイプ。
学生時代は学校での夢が多かった。
母親が亡くなってからよく夢に出てきたけど、暴言を吐き合って喧嘩したりめちゃくちゃ嫌な夢。
仕事を始めてからは何かと戦う夢や逃げる夢。
色んな夢を見てきたけど思うのはどんな夢を見てもやっぱり母親だけは出てくるなと感じる。
穏やかな夢から覚めれば、莉兎の腕の中から離れて尚且つ背中を向けたひよがいる。
近づけばスマートフォンでショート動画を見てる様子。
それはいいけど腕の中から離れんでもええやん。
さっきと同じ事をせんでもええやん。
そんな小さな事で拗ねながらしがみつけば、ひよは体を捻って振り向いた。
「起きたん?」
「離れる事ないやん」
「暑いもん」
「そう言いながら布団被ってるくせに」
ぶーぶー文句を言えばひよは大きな溜め息と共に再びスマートフォンを見ながら
「ほんまうるさい奴」
堂々と悪態をつかれてしまった。
でもどれだけそんな事を言われてもくっついていたい。
ひよの背中にしがみつくついでにキス。
ちゅっと肩甲骨の辺りに唇を落としたら
「ん…っ、」
びくんっと体を跳ねさせてひよの甘い声が漏れた。
突然キスされたひよも驚いただろうけど、まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったから莉兎も驚いた。
「な、にすんねん!」
「背中も性感帯なん?」
「ちゃうわ!」
へぇ、ほんま?
ひよをうつ伏せに寝かせて上に乗るとうなじや肩や背中にキス。
でもキスだけじゃ足りずに舐めてみたり歯を立ててみたり…試し続けるとどれも声が漏れて体をきゅっと萎縮させておまけに
「腰動いてるけど?」
にぃっと笑いながらその腰を撫でた。
「ちがっ…!そんな事な」
「背中気持ちいいんやろ?」
髪を指先でかき分けて姿を現した左耳は赤く染まっていて。
その耳に囁く言葉でもっと赤くなっていく。
声を漏らすのも感じてくれてる事も赤く染まる耳も何もかもが可愛いなと愛おしくなる。
隣に寝転べばひよがくっついてきた。
顔を見ようとしたけど隠すように埋めている。
ただ髪を撫でて、それから抱きしめて。
背中が気持ちいいのかという答えは聞いてないまま。
でも、あの反応を見ればイエスしかない。
突き詰めず、勝手に頷いておいておく事にしよう。
「今何時か知ってる?」
「知らん」
「もう夕方やで。怖くない?」
「えっちしかしてないやん」
ははんと笑えば莉兎の脇腹をくすぐるひよの手。
思わずビクッとして体を捻りながら逃れようとすればするほどひよは追いかけてくる。
「や、めぇやっ!」
「お前のせいやからな!」
「ちょ、ほんま…!」
アホみたいに笑いながら体を小さくする莉兎にひよも笑ってる。
笑いながら追い詰めてくるとか鬼畜や。
苦しんでる莉兎を見て笑うとか鬼畜や。
反逆しようと手を伸ばしてひよの脇腹をくすぐったらひよも弱いらしく大声で笑う。
くすぐり合ってきゃーきゃー言って何をしてるんだか。
その上お互いベッドから落ちそうになって「あぶなっ!」の一言で漸くストップした。
特別落ちた所で大きな怪我を負う事などないし、落ちたら落ちたで「痛い」とぼやくレベルの高さなのにそんな事はしたくない。
それはひよも同じだったようでじゃれ合いをやめた後、全身で呼吸している。
莉兎だってハァハァ言ってて数秒前を思い出す、この時間は何やったんや。
ひよが得意の言葉のマシンガンでぶっ放してくれたらいいのに。
くすぐるのはずるい…と思いつつも反省。
確かに襲いすぎた、ごめんなさい。
素直に謝ればひよは冷たい視線を注ぎながら
「分かればええねん」
その言葉と共に横柄な態度。
不思議やと思う。
普段はこんなにもひよが上で莉兎が下という上下関係がしっかりしてるのにえっちの時は簡単に逆転する。
でもそれが嫌だと一ミリも感じた事などないし寧ろ心地良い。
仕事の時とか特にそう。
職場では莉兎にキツイ物言いをするけど二人きりになったら甘えん坊が顔を出して。
更にえっちの時はべったべたで莉兎の言う言葉に必ず従う従順さ。
これだけ脳内で並べ立ててみればどれほどひよが魅力的なのかよく分かる。
飽きる事なんかないんだろうなと感じる。
命の長さなど誰も分からないけど莉兎の命が続く限りずっとずっとひよに恋をするんだろうな、なんて。
何回も心奪われてきゅんとして惚れ直して。
繰り返し続けるのだろう。
絶対そうや、と感じていたらひよは部屋着を着てベッドから脱出。
首をくるりと回していつも通りボキボキ鳴らした後
「夕飯作ろかなぁ」
ぼやきながらキッチンに向かう。
「今日一日何もせんのちゃうん?」
姿が見えなくなっても会話ができるのは、ワンルームならでは。
それと余計な音がないせいもある。
莉兎もベッドから脱出する為に部屋着を纏いながら問いかける。
「お昼サボったから夕飯くらい作る」
「そう?」
「パスタでええ?」
「何でも嬉しい」
ひよの作ってくれるものに文句など言うわけない。
全部感謝して美味しくいただきます。
立ち上がって「んんーー」と大きく筋を伸ばして大きなあくび。
レースのカーテンを捲って窓の外を見れば雨は止んでいた。
更には太陽が顔を出しているらしく明るい。
雨粒がついた窓を少し開けて外を見れば湿気の多いムワッとした空気が顔を掠める。
雨上がりで濡れたアスファルトのニオイを感じながら空には虹が少しだけ見えた。
珍しいし久々見たかも、と思いながら
「ひよ、虹出てるで」
何気なく呟けば
「マジで!?」
思いがけない声と勢いでひよはキッチンからすぐ莉兎の後ろにやって来た。
まぁ、確かに虹を見る事ってそんなないけど。
そこまで必死にならんでもよくない?と思っていたけどひよはめちゃくちゃ嬉しそう。
振り向いて見つめればニコニコしていて
「綺麗やなぁ」
見惚れるように呟いている。
「虹好きなん?」
「うん。空が好き」
「その気持ちはわかるけど」
虹に限らず、空には月や星や季節によって色んな雲も流れる。
目に見えるから近いようですごく遠い神秘さ。
何より美しいと思う。
「今日ええ事あるわ」
「もう夕方やのに?」
虹を見たからと言ってラッキーに繋がるわけないと思うけど。
だってこの虹を見てる人なんか数えきれないほどいるだろうし、その全員にラッキーが訪れるなんて限らない。
でもひよの虹を見つめる温かい瞳を見たら、そんな現実的な事を口にするのはやめた。
寧ろひよの言う通り「ええ事あったらええな」と思えた。
虹を見た全員にラッキーよ、起これ。
こんな風に考えられるって莉兎は相当幸せらしい。
他人のラッキーまで願えるとか…どれだけ莉兎の心に余裕があるんだろう。
幸せじゃないと、自分の心に余裕がないとこんな気持ちにならないし。
全部全部ひよのおかげさん。
心の中で感謝しながら虹を見る。
色は薄いけど立派な虹。
ひよを喜ばせてくれて虹にも言おう。
ありがとうと。
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