第4話 不幸の正体
思い返せばミアは昔から運が無かった。
それでも母は生前、私に寄り添い、励まし続けた。
———「運命は死の際まで行けば平等よ」
と。
———「つらいことやついてないと思うことが続いても、不貞腐れたり、挫けたりしないのよ。人より苦労した分、貴方にはきっと」
優しかった母が亡くなった。意地悪な継母と義理の姉が来た。父は仕事で失敗した。
(平等なんて嘘だ)
ミアは思う。
人生は不平等だ。勝つ人間は最初から勝ち続け、負ける人間は負け続ける。
ミアは不幸と不運にとことん愛された自分の人生を諦めきっていた。
「おーい!」
宵闇に明々と沢山の炎が揺れる中、グイドの声がする。
「お前のネックレス、これか?」
グイドの手に細い鎖が握られていた。
鎖の先にはキラキラ輝く一粒ダイヤ。
———「人より苦労した分、貴方にはきっと」
「…………それです……!」
グイドが「ほら」とミアの手にネックレスを渡してくれる。
「もう失くすなよ」
グイドの声が優しい。
———「人より沢山幸せが来るわ。きっと貴方は沢山の幸せに気付けるはず」
ネックレスから母の声が聞こえるようだった。
「あり……がとう、ございます。ありがとうございます!!」
ミアは感極まってグイドに抱きついた。
見つからないと思ってた。自分が大切にしている物は、自分を大事にしてくれた存在は全部、運命に奪われ続けるのだと思っていた。
失くし続ける自分が情けなくて、許せなくて、嫌いだった。
(失くしたものが見つかるのは……誰かに見つけてもらえて、渡してもらえるのは、こんなに嬉しいことなの?)
「……泣くな。お前が泣いてると調子が狂う」
と言いながら、グイドはミアの背中を撫でてくれていた。
☆☆☆
「それでどうして、グイド様がまた我が家に?」
ネックレス事件から数日後、グイドがミアの家を訪ねて来た。
その手にどっさりと掃除道具を抱えて。
「手当してくれた礼だ」
「いや礼ならネックレスを見つけてくださったんですから、十分すぎるくらいですよ。っていうか私が木を投げたのがグイド様の鼻血の原因なんですから、手当は当たり前で」
「だぁぁあもうお前はごちゃごちゃと! こんな汚れた家に住んでたらいつかお前病気で死ぬぞ? そしたら俺はそれを知ってて放置したみたいで寝覚めが悪いだろ! 色々教えてやるから覚えろ! いいな!?」
「はぁ」
(よく分かんないなぁ)
ミアの頭の上に大量の『?』マークが浮かぶ。
「まず、台所の水回りの掃除から! 水垢にはレモン汁だ! そして油汚れには、この粉を使う!」
「何ですかこの粉」
「特殊な鉱石を砕いた物だ。洗濯や料理にも使える万能な粉を何で知らない」
(ああ重曹か)
前世の知識で理解する。前世のミアも家事が得意な方ではなく使いこなせなかったが、存在と名前は知ってる。
「次はこの部屋に溢れたモノを捨てる。良いか? 掃除と片付けのメインは『ゴミ捨て』だ! 不要なものを一刻も早く家から出すんだ」
グイドによる掃除講座が続いていた時だった。
「ミア! ちょっとミア! どこにいるの!」
イザベラがヒステリックに呼ぶ声がした。
「……誰だ?」とグイド。
「義理の姉です。行かないとうるさいんで、行って来ますね」
ミアがイザベラの元に駆けつけると、イザベラは酷く怒っていた。
「貴方! 私の髪のセットもせずに一体何をしてるの?」
「はぁ。掃除をしてました」
「掃除!? さっさと終わらせなさいよ相変わらず愚図でノロマなんだか…………ら……」
青ざめたイザベラが見つめる先はミアの後ろだ。
ミアが振り返ると、グイドがミアの後ろから呆れ返った顔でイザベラを見ていた。
「グ、ググ、グイド様!? 火の男爵様ともあろうお方が、どうして我が家に!?」
イザベラは必死で可憐な令嬢の顔を取り繕おうとするが、グイドは既にイザベラの素の顔を見てしまったようだった。
「化け物達の棲む家もここまで来ると壮観だな」
(しっかり複数形になってる)
化け物1匹目が自分だという自覚はある。
「グイド様は私に掃除の指南をしに来てくださったそうです」
「掃除!? 指南!?」
ミアの声にイザベラは混乱している。
(訳わかんないよね。でも……)
ミアは忘れていることを思い出してグイドに向き直った。
「グイド様。寝覚めが悪いとか仰ってましたけど、要は心配してくださったんですよね?」
ミアの傍らに、天井から吊るされていたシャンデリアが落ちてくる。
「こんな私を心配してくださるなんて……とても嬉しかったです」
イザベラはシャンデリアが床で粉々になったことに慄き、悲鳴をあげて玄関から飛び出していく。
バタン!と玄関扉が勢いよく閉じられた衝撃でか、ミアの横の高い棚の上から花瓶が落ちてくる。
ミアは大きく一歩横に移動して、花瓶を避けた。
パリーン!
「お母さんが死んじゃってから、もう私の味方なんていないと思ってました」
シャンデリアに続いて天井から分厚い木の板がどんどこ降ってくるが、窓に向かって滑るように歩いていくミアには当たらない。
「人生、捨てたもんじゃないなって思います」
ミアは窓を開けた。その弾みで窓が枠ごと外に落ちていく。
ガシャーン。
さっきまで窓があった場所は、遮るものなく外の景色が目に飛び込む四角い穴になっていた。
「私を気にかけてくださって、ありがとうございます。グイド様」
「お前この状況でよく話し続けられるな」
グイドは目の前で立て続けに起こる不運にドン引きしているようだった。
「いちいち気にしてたら何も話せませんよ。気にしないのが一番大事なんです」
「待てそれ以上どこにも動くな! 頼むお願いだからお前は動かないでくれ!」
ミアが動くたびに何かしら悪いことが起きる。
ミアは両手を広げ、その場でクルリとターンした。
「私が動こうと動くまいと、不幸は訪れますよ」
「開き直るな防ぐ努力をしろ!」
バキバキッ!
ミアの足元の床が大きな音を響かせた。
(しまった)
次の瞬間、床下にぽっかりと空いた大きな穴の中にミアの身体は投げ出された。
(調子に乗ったかー。私もついに終わりかなァ)
ミアは死の予感に目を閉じた。
「…………おい。おい、ミア!!」
その声に目を開くと、ぷらり、と自分の足が虚空で揺れるのが見えた。
上を見ると、グイドが床に空いた穴の淵から、落ちたミアの腕を掴んでいた。
そして、ぐいっと引っ張り上げられる。
(凄い、力持ちー……)
引き上げられた勢いのまま、床の上に二人で倒れ込む。
「グイド様……私の名前ご存知だったんですね!」
「ここでの感動ポイントそこじゃないだろ!」
グイドは頭を掻いた。
「もう掃除や片付けで何とかなるレベルじゃないな……ミア!!」
「はい」
「俺の屋敷に来い」
「はい!?」
「この屋敷は呪われている」
「落ち着いてください! 呪われてるのは私です! 私がグイド様の屋敷に行けば、グイド様が不幸になります!」ミアが叫ぶと。
「お前こそ落ち着いて考えろ」
グイドはあくまで冷静に、ミアに諭すように告げた。
「おかしいと思わなかったのか? ここは化け物達の棲家だ。お前は確かにドジだし運も悪い。でもそれだけじゃない。お前を不幸にしたい連中がいるんだよ。呪いの元凶はそいつらだ」
「まさか」
「栄えある火の男爵グイド・クレメンティ閣下」
ねっとりとした新たな声がその場に生まれる。見ると、継母が階段を降りてきていた。熟れた果実のように妖艶な継母は、グイドに魅惑的な笑みを見せた。
「我が家にいらっしゃるなら事前にお手紙の一つでもくださればよろしかったのに」
「非礼は詫びる。そして重ねての非礼であるのは承知の上だが、このミアという娘、我がクレメンティ家が貰い受ける」
グイドは継母にそう答えた。
ひくり。と、継母の美しい微笑みが歪んだ。
「そんな勝手、いかな男爵閣下でも許せませんわ。主人も心配いたします。その娘の管理は私が任されておりますの」
「では後日、御父上に婚約のお許しを請おう」
「婚約!?」ミアはギョッとした。
(話がどんどん変な方向に!)
「クレメンティ家からの正式な申し入れだ。文句あるまい」
「恐れながら」
継母は、再び美しい笑みを見せた。
「娘の名前を間違ってらっしゃるようですわ。この家に、クレメンティ家に相応しい品や教養を備えた娘は一人しかおりません。名前はイザベラですわ」
グイドは不快そうにため息をつく。
「しつこい。私はミアを妻に欲しい」
(つっ……)
ミアには恐れ多くて心の中でも言葉にできない。
「ミア。荷物をまとめてこい」
「ダメです、完全に置いてけぼりです私。展開が早すぎてついていけません」
グイドはミアをまっすぐ見つめた。
「いいから、早く大事な物だけまとめて持って来い」
「は……はい……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます