アルファだと思ってたオメガ女と、やってきた番。

皆歳いんげん

第1話 姉と弟

「何これ、さっぱりだわ……」


 宮田 眞汐(みやたましお)が家のリビングで、うーん、と唸りながら返却されたテストと向き合っていたが、早々に匙を投げた。


 五十三点と書かれた数学のテストが、ヒラヒラと舞ってソファの反対側に落ちた。


 明日までに、間違えた所をやり直して提出し、後日追試があると担任に言われたが、眞汐の頭の中は、もう数学の事を追い出し他のことに取りかかった。


通学に使っている鞄から、文庫本ほどの大きさの鏡を取り出して、ローテーブルに立てて、肌のチェックを始めた。


「うーん、貰った日焼け止め、結構いいじゃん」


 眞汐は元々、色が白く肌理の細かい肌をしているが、モデルをしている為に人一倍、美容には気を遣っていた。暗めのアプリコットブラウンに染められているセミロングの髪も、天使の輪が輝き、サラサラだ。


「今度からコレにしようかな」


 眞汐の顔には、甘過ぎない大きな瞳と、シュッとした鼻、思わず動きを目で追いたくなる上品な唇が、形の良い小顔に絶妙なバランスで収まっている。それに元々色白なうえに、手入れが行き届いた透明感のある肌は輝きを放っている。


 黙っていると、垢抜けたフレッシュな美人だが、表情が動くと印象が変わって愛らしく見える。


 眞汐は、モデルとしては身長が足りないけれど、八頭身の長い脚と、その圧倒的な顔の良さで、そこそこ人気がある。


「うっわ……何コレ……」


 眞汐が鏡に集中していると、ソファの向こう側に双子の弟、律(りつ)が立っていた。


 その手には、眞汐のテスト用紙が持たれている。


「あー、おかえり律。良い所に来た! 律のテスト見せて」


 眞汐は、床に座ったまま、背の高い律を仰ぎ見た。


 高校に入り、タケノコのようにぐんぐんと伸びた律は、今では一八三センチに達している。二卵性の双子のために、二人の顔立ちは似ていないが、律は律でハンサムなのに母性本能をくすぐるような美形だった。目立ちたくないという理由で、目元ギリギリまで伸ばされたマッシュルームショートなのだが、何も隠れていなかった。


「はやく、はやく! どうせ百点でしょ」


 眞汐がソファに飛び乗って、両手を交互に律に差し出した。


「……なんで、このテストで赤点とれるのか分からない……いや、授業全部聞いてない割には、良いのか……」


 眞汐は、この地域一番の高校で、成績的には落ちこぼれていた。


 しかし、だからといって真面目に勉強をするタイプではない。いつか、そのうち本気を出したら、あっという間に律なんて追い越すから、と笑いながら、授業中はスマホで漫画を読むか、瞼にふざけた目を描いて寝ている。


「眞汐……本当にアルファなの?」


 律がブツブツ文句を言いながらも、肩に掛けた鞄から綺麗に折りたたまれたテスト用紙を取り出した。


「サンキュー、律の目は節穴? このアルファ然とした美しいお顔見えない? 見えないんですかー」


 眞汐がソファに立ち上がり、律のテスト用紙で自らの頬を叩きながら、律の肩にもたれ掛かった。


「ちょ、近い! 気持ち悪い」


「何よ、思春期? まだ思春期なの? 昔は可愛かったのになぁ……すっかりデカくなっちゃって……律こそオメガっぽくないじゃん」


 眞汐を肘で引き剥がそうとする律に、眞汐が文句を言いながら離れた。


「ありがとう。俺はオメガっぽくなんてなりたくない。でも、眞汐は、もっとアルファの本気出さないと、大学どころか卒業すら怪しいよ」


「いいの、いいの。大丈夫。もっと差し迫ったら、ぺぺぺって勉強して、ストーンと合格するから。ポテンシャルが違うから」


 そう言うと、眞汐は律のテストを写し始めた。


「……それ、写すのすら間違ってるよ……」


 チラッと上から覗き込んだ律が、半目になって見下ろしている。


「ええ、どこ、どこよ」


 眞汐の首が、壊れた玩具のように動いた。


「知らないし」


「つめたーい、何て冷酷な弟だ」


「冷酷な弟のテストを返せ」


 律の長い腕が、テーブルへと伸ばされたので、眞汐がテーブルに覆い被さりガードした。


「発言を撤廃し、謝罪します。律さん、格好いい、素敵、愛してる」


 眞汐が、指でハートを作り律に向けた。


「キモ……」


 律は自らを抱きしめながら、キッチンの方へと消えていった。


「で、何処が違うって言うのよ……全然わからん……何で双子なのに頭の出来が全然ちがうのぉー、あー、面倒くさい。あっ、渡すの忘れた」


 眞汐は、律宛てに届いた封筒を荷物の下から取り出した。政府の管轄する研究機関から来た、オメガ宛ての手紙だ。定期的に来る……遺伝子的にとても相性の良い優秀なアルファの情報が描かれている。


「ま、いっか。どうせまた見もせずに破り捨てられるし」


 この世界には、男と女以外にも、人間を分類する方法がある。 バース性と呼ばれる物で、アルファ、オメガ、ベータに分けられる。


 人類の98%がベータで、1・5%がアルファ、0.5%がオメガだ。平凡なベータと、特別優秀なアルファ、アルファを惹きつけて止まないオメガがある。


 昔は、オメガには発情期があり、社会的に迫害された時代もあったが、今では副作用の少ない良い薬が出回るようになり、オメガも他のバース性と変わらない生活が出来るようになった。


 現代でバース性を色濃く感じるのは、女性のアルファは身体的に成熟すると、相手が女性か男のオメガなら妊娠させる能力があることと、男性のオメガなら、相手が男か女性アルファなら妊娠することが可能なこと位だろう。


 あとは、都市伝説や物語の中で、運命の番などという言葉が聞かれる。眉唾の話に聞こえるが、確かに遺伝子的に相性の良い相手だと、アルファはオメガから特別な香りを感じるらしく、その夫婦に産まれる子供は、特別優秀で様々な世界で名を残す事が多い。その為、この日本でも勝手にマッチングが行われ、その結果が送付されてくる。


(アルファの私には、数年に一回しか来ないのに……オメガには良く来るよね……やっぱり人口の問題かな?)

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