第8話「泥濘遺跡」

 その朝、ルークはどこか張り詰めた空気を感じていた。

 ギルドの扉を開けた瞬間、ルークわずかな違和感を覚える。


「ルークさん、来てくれて助かりました」


 受付のリリアが、柔らかな笑顔を浮かべて迎える。

 だが、その瞳の奥にはかすかなかげりがあった。


「すいません、呼び出してしまって。あなたたちのパーティに指名依頼が届いています」

「……指名依頼?」


 ルークは無意識に聞き返す。

 名を上げた冒険者に、特定の依頼主から届く名指しの依頼。

 つまり、俺たちがこの街で少しは名を上げられたということだった。


「内容は南方にある泥濘遺跡の調査です。旧時代の遺物が確認されたそうです……。ただし、依頼主は匿名です」

 

 最後の言葉に、空気が一瞬だけ冷たくなった。

 匿名という言葉に、ルークの胸がかすかにざわついた。


「……わかりました。受けます」


 短く答えると、彼は依頼書を手に宿へ戻った。


ーーー


 宿の一室。

 古びた木のテーブルを囲み、四人が依頼書を覗き込む。


「泥濘遺跡か。聞いたことあるぞ、アンデッドが巣食ってるって噂の場所だ」


 ヘクターが低く唸る。


「それにしても、調査依頼ってのが変ね。討伐でも護衛でもないなんて」


 レイラが腕を組み、黄色の瞳を光らせた。

 

「でも、指名依頼だよ?」

 

 ソフィアが微笑みながら言う。

 その声には、かすかな誇りが滲んでいた。


「私たちが評価されてるってことじゃない?」


 ルークはその言葉に、静かに頷いた。


「……危険じゃないなら、行こう。価値はあるはずだ」


ーーー


 翌朝。

 南方へ向かう道は、まるで生き物のようにぬかるんでいた。

 湿地の霧が漂い、木々の影が異形のように揺らめく。

 遠くで、何かが鳴いた。

 鳥とも獣ともつかない、不気味な音だった。


「おらぁ!!」


 ヘクターの咆哮が霧を裂く。

 つたを伸ばした魔獣、エビルプラントがはじけ飛び、黒い汁が地面を染めた。

 巨体を押さえつけた彼の背後で、ソフィアの声が響く。


「ヘクター、そのまま押さえて!」

「任せろ!」


 ソフィアの声に合わせ、俺と二人で魔獣の根元を斬り上げた。

 断たれた魔獣は断末魔のように呻き、泥の中に沈んでいく。


「ここは群生地か。もう五匹は倒したぞ」

「もう少しで遺跡のはず」


 レイラが矢をつがえたまま、視線を遠くに向ける。

 丘を登ると、霧の向こうに石の門が姿を現した。

 

 それは、長い年月を経てもなお崩れきらぬ壮大なものだった。

 門柱には龍を象った古代の紋章。

 風が吹くたび、低く唸るような音が響き、まるで門そのものが呼吸しているかのようだった。


「……これが、泥濘遺跡」

「旧時代の遺跡ってやつだな。こりゃ年季が入ってる」


 門は半ば開かれ、奥の闇が静かに、そして招くように口を開けていた。


「開いてる……妙だな」

「慎重に行こう」


 ルークの声に全員がうなずき、四人は暗い回廊へと足を踏み入れた。


ーーー


 その頃。

 遺跡の最奥、深淵の広間。

 

 二人の男が立っていた。

 灯火の下、赤黒い紋様が床一面に描かれて逸。


「おい、不足はないな」

「当然ですよ。失敗したら、あんたに殺されちまう」


 片方の男が、布に包まれた剣を取り出した。

 金色の光が、薄闇を裂くようにあふれ出る。

 ーー光輝剣バルドル。

 今もなお、神話の息吹を宿すと言われる遺物だった。

 

「こいつを使えばいいんだよな。ちょっと待て、いま魔法陣を描く」


 男の指が血のように赤い線を床に走らせる。

 魔法陣が完成すると同時に、空気が震えた。

 紋様の中心に剣が突き立てられる。


「よっしゃ、そんじゃあ行くぜ!」


 次の瞬間、遺跡全体が低く唸った。

 石壁が震え、空気が軋む。

 地下深くーー封じられた何かが目を覚ます音がした。

 

 その鼓動は、遠くを歩くルークたちの耳にも、かすかに届いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る