(6)分析ミーティング

「作戦の概要は以上です。では、奇襲を受けた際の詳細報告をアルー参謀長に!」

 

 静かの海・シーサイド・ヒルズに儲けられた中央ベース・キャンプの第1ミーティングルームで、レアード特殊部隊司令官が、先日失敗に終わった偵察任務の説明を終えてアルーを指名した。

 ミーティングルームには、リレガー地球連邦政府月面省副総裁とドリスデン対エイリアン防衛軍副司令官らがそれぞれの秘書を従えて正面に座り、その背後には同行した参謀長が5名、小形レーザーガンを懐のサックに忍ばせて目を光らせていた。

 

 月面最前線のこのベース・キャンプには女性兵士もいる。敵の美少女型アンドロイドに比べ明らかに美貌が劣るものの、一応敵との差別化のためメイクは厳禁、顔以外の肌の露出も厳しく制限されていた。そのせいか、ミニスカートのスーツ姿で太腿を晒し、胸の谷間も露にした美人秘書が二人、この会議に同席している違和感が際立っていた。彼女達はそれぞれが副総裁と副司令官の専属秘書であり、情婦との噂もあった。

 そして、このベース・キャンプに配属されているブライトマン月面中央ベース総司令官とレアード、そしてアルーとランスが、左右に分かれて座っていた。

 

「それでは、モニター・ドローンの映像を見ながら戦闘の過程をご説明させていただきます。副総裁殿、副司令官殿、こちらをご覧ください」

 

 着席していたその場で立ち上がったアルーが発言すると、部屋の灯りが消えて、正面の壁に設置された大型モニターに映像が映し出された。画面に音声は無く、三つ編みツインテールでビキニ姿の美少女が、両手でレーザー・ソードを構えている姿がバストアップで映し出された。

 

「おお!」

 

 彼女の美しさにどよめきが起こる。副総裁達はそれまでに何度も資料映像で敵アンドロイドの姿を見ていたのだが、それでもやはり新たに見るアンドロイドの美貌に並々ならぬ関心を寄せているようだ。

 

「ふん、まったくこんな美女が殺戮マシンだとは毎回驚かされるよ。何度見ても信じられんな、うちの秘書に迎えたいくらいだ、ははは」

 

 副総裁の言葉に二人の秘書は露骨に顔をしかめた。

 映像の三つ編みツインテールのアンドロイドは、泣きながら手を震わせて剣を構えていた。その痛々しい姿が更に高官達の邪念を刺激したのか? モニターに顔を向けたまま目を逸らす者は無かった。

 

「今映っている資料映像No.2382のアンドロイドを『M23号』と仮名します」

 

 アルーが説明を始めた。

 

「M23号は見ての通り、大変美しく魅力的な女性の姿をしていました。更に、あの憂いを帯びた表情で目に涙を溜めているのは、今まで遭遇した多くの敵アンドロイドに共通した所為です」

 

 ドリスデン副司令官はニヤけた顔で映像を眺めていた。

 

「彼女達は何故あのような表情で泣くのかね? しかも誰もが皆『嫌だ嫌だ』と言うそうじゃないか? そんなに嫌なら戦争など辞めて、我々をもてなしてくれんものかねぇ」

 

 副司令官の発言で辺りに苦笑が湧く。すると映像のM23号は、何か叫びながら目を閉じて滅茶苦茶に剣を振り回して突進してきた。

 

「おお!」

 

 またどよめきが起こる。肩紐が切れかけて片乳房が今にもこぼれそうな迫力で、胸を上下に弾ませながらビーム弾をかわし、連邦軍のアンドロイド兵士に近づくと次々に斬り倒していく。

 

「ここの兵士はなっとらんな。改めて調整し直した方がよくないかね? あんな至近距離で目標を補足出来ないのは、ガンの照準システムがズレているとしか思えんよ」

 

 副司令官が呆れた顔で言うと、副総裁も顔をしかめた。

 

「まったくですな。あんなへっぴり腰の我流剣に、ああも簡単に打ち取られるとは情けない。ここのアンドロイドの訓練はどうなっているのかね?」

 

 すかざすレアードが口を挟む。

 

「お言葉ですが、月面の最前線に配備されるアンドロイド兵士については、地球連邦軍の中でも経験と実績を積んだ……つまりAI(人工知能)が一定レベルまで特化した兵士を厳選して任務にあたらせているのです」

「なんだと? あれでかね?」

 

 副総裁は「信じられん」と言う顔でレアードを睨みつけた。更にアルーが説明を加える。

 

「アンドロイド兵士には『揺動』は効きませんから、あれは単純に性能の差でしょう。それでも通常の人間兵士よりははるかに強力なのですが……人間の兵士なら揺動に惑わされてまるで歯が立たないことが予想されます。敵のエイリアンは我々の性質をかなり緻密に分析していると思われます」

「なんだと? 揺動? 我々の性質? どういう意味かね?」

 

 アルーの説明に副司令官が質問した。この機を逃すまいと、アルーは気を引き締めて話し出した。

 

「たとえ男型のアンドロイドでもAIに『男』の部分は刻まれません。もしあれが人間の兵士であったなら、もっと無惨に敵の餌食になっていたでしょう。M23号の持つ美少女の魅力は男を虜にするには十分過ぎますから……」

「なんだと?」

 

 副総裁が怪訝そうな顔で声を荒げたが、アルーは構わず話し続けた。

 

「可愛い顔で、悲しそうに涙を流して、彼女たちは男の同情を引いているのです。それにヘッピリ腰で滅茶苦茶に剣を振るう女の子の姿って可愛いじゃないですか? その仕草も敵の揺動策なのです」

 

 副総裁たちの一行はにわかにざわめき出した。アルーの発言はあまりに突拍子も無く、普通に考えれば、副総裁と副司令官が同席しているこの場で、言いかえればこの権威有る分析ミーティングにはそぐわない発言だと、誰もがそう感じたのだ。

 

「一生懸命、重い剣に振り回されながら、アタフタと動く女の子の健気な姿は男心をくすぐります。これは演出であって敵の揺動なのです。深層意識下に『手を貸してあげたい』という気分を芽生えさせ、それを高揚させて戦意を喪失させるのがその目的で…」

「やめたまえ!」

「君は真面目に報告する気があるのかね?」

 

 副総裁と副司令官は怒り心頭、アルーの発言を遮り凄まじい形相で睨みつけた。しかしアルーは怯まなかった。

 

「副総裁殿も副司令官殿も、たった今、M23号の戦闘シーンに目が釘付けになられたでしょう? あんな申し訳程度の小さな水着で裸同然、いや、局部を隠している分、今にも水着がはだけてしまうのでは? と思わせるチラリズムへの期待は、男の妄想を大いに掻き立てます。そんな恰好で巨乳の美少女が全身の艶かしい肉体をイヤラシくうねらせて戦う姿が、官能的な効果で興奮を煽り……」

「やめてください! セクハラです!」

 

 アルーの説明をミニスカ・スーツの秘書の一人が遮った。

 

「けしからん! 君はこの場をなんとわきまえる!」

 

 副総裁が怒鳴った!

 

「おい、アルー……だから言わんこっちゃないぞ! ヤバいよ、謝れ」

 

 隣に座っていたランスが心配そうに小声でアルーをたしなめた。しかしアルーはランスを見てかすかに笑うとまた話だした。

 

「考えてもみてください。地球以外の生命体である彼らには我々の常識は通用しません。私はこのように冷静に、有る意味科学的に分析した結果を論じているつもりですが、それが『女性の性的な魅力を武器に兵士を惑わせている』という言い方をすれば、ミーティングの場で不謹慎だと言われる。しかし、そのことすらも我々の倫理観を熟知したエイリアンどもの策略だとしたら……我々はその策中に見事にはまっているとは思われませんか?」

「きゃぁぁ~」

 

 ミニスカスーツの秘書の一人がモニターの映像を見て悲鳴を上げた。ランスに切り跳ねられたM23号の首が吹っ飛び、切り口から血柱が上がるシーンだった。直後に片目から涙を流して何かを叫びながら転がっていく血まみれの少女の首がアップで映し出された。

 

「このように胴体と首を分断するか、あるいは頭部を完全に粉砕しない限り、敵の動きを止めることはできません。しかし、古い諺に『彼女に胸キュン』というのがありますが……見ているだけで胸が締め付けられる程に可愛い女の子……という意味らしいですけど、そんな魅力的な美少女の首を跳ねるなんて、そう簡単に出来ることでは有りません」

 

 アルーが話している最中に、ランスは立ち上がると大声で口を挟んだ。

 

「そんな事は無い! 相手は敵のアンドロイドだ! いくら美少女だと言っても機械だろ! だから俺はああやって留めを刺せたんじゃないか」

 

 アルーはランスを見て苦笑した。

 

「それは、俺がヤツをビーム弾で撃ちまくって、無惨な姿になるまで痛ぶったからだよ。お前、俺を悪趣味だと言ったろ。だけど、俺があそこまでやらなければお前は留めを刺せなかった。だって、司令官の後ろでM23号が剣を振り上げたのはお前の目の前で、お前にもそれが見えていたはずなのに? すぐに攻撃出来なかったじゃないか! だから距離を詰める余裕のない俺が遠方から撃つしかなかったんだ! 手前にいる司令官たちをかすめて撃つんだぜ、ガンのパワーを最大にして急所を狙う余裕なんてなかったのさ」

 

 アルーの言葉に圧倒されて、ランスは今にも泣き出しそうな面持ちで着席した。

 

「……ば、ばか言うな! 俺は……」

 

 ランスは言い返す言葉を失った。普段の戦闘では近接戦よりも遠方からの射撃による銃撃戦の方がはるかに多いので、ランスはあんなに間近で敵を目にしたのはこの戦闘が初めてだった。それでつい、愛狂おしい彼女の美しい顔に見惚れ、即座に応戦態勢に入れなかったのだ。ランスもそのことを自覚はしていたのだが、認めたくは無かった。

 

「いいんだランス。男の子は女の子に優しくしなさい、女の子は力が弱いから重い物を持つときは手を貸してやりなさい、女の子に暴力を振るう男は最低……ってさ、そう言われながら、そういう社会で育ってきた俺達には、簡単に女の子を殺すことなんて出来ないんだよ。勿論、敵だし、アンドロイドだし、実際ヤツらを破壊してはいるけど……咄嗟の時とか無意識に『女の子が相手なんだ』って潜在意識的に脳が勘違いしてしまう。その油断を誘うのが敵の最大の戦略なのさ」

 

 アルーとランスのやり取りを黙って聞いていたリレガー副総裁は、顔を真っ赤に怒らせてアルーを凝視する。

 

「もういい! とんだ無駄足だった! ブライトマン君、それにレアード司令官! 君等はもっと兵の教育に力を入れたまえ。連邦軍精鋭のゲリラ部隊が聞いて呆れる」

 

 副総裁は席を立って部屋から立ち去ろうとした。

 

「お待ち下さい副総裁! この事実を兵に理解させた上で行動しないと、いつか我々は奴らによって全滅させられてしまいます。深層心理に働きかける奴らの戦略をどうか慎重にご検討ください!」

 

 アルーは必死に叫んだが、副総裁は一切耳を貸さず秘書を連れ立ってそそくさと退室していった。

 

「女の魅力に戦意を削がれるだと?! けしからん! このような茶番ミーティングは時間の無駄だ! 女の色香にほだされて作戦失敗などしおったら、軍法会議にかけられても文句は言わせんぞ!」

 

 続いてリレガー副司令官も退席すると、それに続いて秘書と他の高官も退室していった。アルーは口惜しそうにその場に佇む以外なす術がなかった。レアードが近づいてきた。

 

「アルー……やってくれたな……まったく」

「しかし、司令官」

「わかっている! お前の危惧する奴らの戦略は、確かにジワジワと効果を表していると俺も思うよ」

 

 アルーはレアードの言葉に救われた気がした。すると、それまで事の成り行きを静かに伺っていたブライトマン月面中央ベース総司令官が口を開いた。

 

「即座には信じ難い君の見解だが、言われてみれば思い当たる節もある。しかし、それはこの最前線で奴らと直接対峙した我々にしか理解出来ない事なのかもしれんな。レアード司令、少なくとも我々はアルー参謀長の意見を真摯に受け止めて、今後の作戦行動に細心の注意を払って欲しい」

「はっ! 了解しました」

 

 その日の夜に副総裁の一行は軍のスペース・シップで地球へ帰っていった。分析ミーティングの内容を上層部に対して案配いいように改ざん・ねつ造し、アルーの進言が全て削除された議事録と報告書を持って……。

 

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