第20話 新たな力

 王との謁見が終わり、俺たち三人は冒険者ギルドに来ていた。

 驚くことに、俺たちは今や完全に“英雄”扱いだった。


 「すげぇよ! 本当に戦争を終わらせたんだな!」

 「あんたたちのおかげで家族が助かった!」


 声をかけられるたび、胸の奥が少し温かくなる。

 正直、悪い気はしない。

 けれど今の俺の頭の中は、別のことでいっぱいだった。


 「……始まりの器って、なんだ?」


 『始まりの器、俺含め七つ、この世界に存在する。その様子だと知らないようだな、作者様よぉ?』


 なんか煽られている気がする。

 それはそうと、やはり“俺が設定していない部分”は、この世界の理として補完されているらしい。


 「この腕輪はどんな効果があるんだ? こいつは喋らないのか?」


 『話せるのは俺だけだ。こいつは【始まりの器】のひとつ。俺の能力に【身体強化】が追加される。お前自身の基礎能力が底上げされるってわけだ』


 「身体強化……?」


 『簡単に言えば、速く、強く、鋭く、だ。扱う剣も反応も、すべて一段階上がる』


 「……なるほど、そりゃありがたいな」


 腕輪を見つめると、ほんの一瞬だけ、微かな光が脈打つように揺れた。

 体の奥が熱を帯びる。力が確かに流れ込んでくる。


 (これなら……)


 師匠の背中。

 龍雷の放つ魔力。

 いつも遠くに見えていたあの二人に――少しは、近づけるかもしれない。


 「……よし。勝負、挑んでみるか」


 心の奥で燃えるような感情が、ゆっくりと形を取り始めていた。

 胸の奥が熱く、そして心地よく震える。


 「師匠、龍雷。戦闘訓練に付き合ってくれない?」


 そう言った瞬間、二人の顔に笑みが浮かぶ。

 どこか嬉しそうに――まるで、弟子の成長を心から楽しみにしていたかのように。


 「おお! 俺も大和の力、気になってたんだ!」

 「あの理解不能な攻撃と防御も、ぜひ見せてもらおうか!」


 二人ともノリノリだ。

 師匠の目は、とても穏やかで、それでいて鋭い。

 龍雷はすでに掌に魔法を宿し、やる気満々だった。


 ――俺も負けていられない。


 戦争の時に見せた【冷氣】と【熱氣】。

 あの力が何なのか、俺自身もまだ掴みきれていない。

 けれど、それを確かめる絶好の機会だと思った。


 「場所は……訓練場でいい?」


 「構わん。久々に、全力でやるとするか」


 師匠の声が、静かに響いた。

 その瞬間、俺の胸の鼓動は早鐘のように鳴り始めた。

 戦いではなく――挑戦の始まりだ。

 

 訓練場は、人で溢れていた。

 砂塵の舞う広い広場のあちこちで、冒険者たちが剣を振るい、魔法を放っている。

 戦争の勝利に感化された者たちが、己を鍛え上げようと集まっているのだ。


 だが――俺たち三人の姿が現れた瞬間、場の空気が変わった。


 「……あれ、剣聖ダビル様じゃないか?」

 「龍雷もいるぞ! それに、あの黒髪の青年は……大和か!」


 ざわめきが走り、訓練の手を止める者が次々と出てくる。

 やがて、誰かがぽつりと呟いた。


 「……英雄たちの手合わせか?」


 その一言が火種となり、瞬く間に歓声が広がった。


 「おい、見ろ! 三人が向かい合ってる!」

 「俺は大和に賭けるぜ!」

 「いや、龍雷だろ! あの魔法の威力は桁違いだ!」

 「何言ってんだ、剣聖様が本気出したら終わりだ!」


 熱気が渦を巻く。

 観客の声が次第に一つの大きな波となり、訓練場全体を包み込んでいく。


 砂の匂い、汗の匂い、金属が擦れる音――

 そのすべてが、俺の鼓動と混ざり合って高鳴っていた。


 (……やっぱり、この空気、嫌いじゃないな)


 師匠はゆっくりと剣を抜く。

 龍雷は静かに蒼炎刀を顕現させる。

 そして俺は、ミラを手に取った。


 「三人の混戦でいいか?」


 師匠の提案に、俺たちは無言で頷く。


 どこかの冒険者が「開始ー!」と叫び、戦いの幕が上がった。


 最初に動いたのは龍雷だった。


 「【ヴォルテニア】!!」


 蒼炎刀を持つ手とは逆の手に、圧縮された炎の球を生み出す。

 それは空気を焦がしながら一直線に俺へと放たれた。


 「ミラ、行くぞ!」

 『おうよ!』


 俺はミラに呼びかけ、あの戦場で見せた“巨大な氷の盾”を思い描いた。

 あの時は、怒りと悲しみと恐怖が入り混じって、感情が極限まで高ぶっていた。

 その激情が、ミラに力を与え、世界を覆うほどの盾を生み出したのだ。


 だが今の俺は違う。

 心は穏やかで、戦場のような激情はない。


 「【冷氣・零ノ守】!」


 ミラが姿を変え、俺の前に現れた。

 けれどそこにあったのは、掌ほどの小さな盾だった。


 『……悪いな、大和。今のお前の“心”じゃ、この程度が限界だ』


 ミラの言葉が、静かに胸に刺さった。


 ――俺の心が、ミラの力を決める。


 戦場では、目の前でサラが倒れ、仲間たちの悲しむ顔を見た。

 あの瞬間、胸の奥に湧き上がった怒りと悲しみ、そして無力さ。

 それらすべてが渦巻いて、ミラを最強の盾に変えた。


 だが、今の俺には――あの激情がない。

 ただ、強くなりたい。その想いだけだ。


 感情が足りない。

 けれど、感情なんて意図的に生み出せるものじゃない。


 なら、俺はどうすればいい?


 龍雷が放った炎の球が、唸りを上げて迫る。

 俺は小さな盾を構え、衝撃を正面から受け止めた。


 ――ギィンッ!


 火花が散り、熱気が頬をかすめる。

 なんとか相殺はできたが、腕がしびれるほどの衝撃だった。


 それでも、龍雷の魔法を防げたのは事実だ。

 “そこら辺で売ってる盾”よりは、ずっと強い。

 けれど――“守る”にはまだ足りない。


 「おいおい! この前と比べてずいぶん鈍ってんじゃねぇか!」


 龍雷が煽るように笑い、蒼炎刀を構えた。

 その姿に、胸の奥が少しだけ締めつけられる。

 ――まだ、遠い。けれど、今なら届くかもしれない。


 『おいおい、大和! あれ試そうぜ!』

 「あっ、そうだったな」


 身体強化――王から授けられた腕輪の力。

 体内で熱が走り、全身を蒼白い光が包み込む。


 「【身体強化】!」


 軽い。

 体が羽のように、思考よりも先に動く。


 「行くぞ、龍雷ッ!」

 「来いよ、大和!」


 二人の間で火花が散る。


 「【焔牙流・赫焔衝かくえんしょう】!」


 上段から振り下ろした剣が、蒼炎刀とぶつかり合う。

 轟音とともに熱風が訓練場を飲み込んだ。


 「くっ、このままだと……熱に押される!」


 蒼炎刀が唸りを上げ、空気が焦げる。

 皮膚を焼くほどの熱量――このままじゃ、剣が溶ける。


 「【冷氣・氷葬ノ太刀ひそうのたち】!」


 冷氣が走り、俺の剣先から氷柱が生まれる。

 無数の氷刃が、白い閃光のように龍雷を包み込んだ。


 「これは、蒼炎刀だけじゃ防ぎきれねぇな!」


 龍雷はそう言って、蒼炎刀を霧のように解いた。

 その瞬間――空気が、張りつめる。


 (……やばい、来る)


 俺の作った“龍雷”が、使うはずの奥義。

 それは、理性を焼き尽くすほどの力技。


 「【天魔の咆哮】!!!」


 龍雷の体から蒼炎が噴き上がり、咆哮が天を裂いた。

 訓練場の石畳が砕け、空気が震える。


 ――まずい。

 避けられない。受けるしかない。


 「【熱氣・烈陽ノ守れつようのまもり】!」


 ミラの刃が紅蓮に染まり、俺の全身を包むように炎が立ち昇る。

 龍雷の咆哮と、俺の炎が激しくぶつかり合い、光が爆ぜた。


 数秒の沈黙。

 やがて、熱の奔流が消えたとき――俺はまだ、立っていた。


 「……や、やった」


 龍雷の咆哮を、正面から防ぎ切った。

 全身が震えていたけれど、心は熱く燃えていた。


 『なぁ、作者様。今の、お前……めっちゃ“いい感情”してたぜ』


 「……そうか。やっぱり、“氣”は心なんだな」


 戦いの中で、俺は確かにそれを感じた。

 ――この力は、俺の感情そのものなんだ。

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