第13話 潜在能力

 物語の設定。

 キャラクターの設定。

 強さの設定。


 ――その全てが記された設定帳。


 ここに、強くなるための手掛かりがあるはずだ。


 『ほう? 俺もこれで見つかったのか!』


 ミラとの生活も、意外と悪くない。

 常に話しかけてくるのでうるさいことには変わりないが、それもまた日常の一部になっていた。


 「ミラは隠し設定だから、俺がいなかったらずっとあの武器屋で退屈な日々を送ることになってたんだぞ〜。感謝しろ!」


 軽口を叩ける仲になるくらいには、すっかり打ち解けていた。


 その時、ミラがふと真面目な声で言った。


 『おい、大和。この【戦争】って、本当に起きるのか?』


 ……あっ。


 そうだ、このまま物語が進むなら、戦争が起きてもおかしくない。

 いや、確実に起きる。


 そして俺は知っている。

 この戦争で、龍雷の母――サラが死ぬということを。


 「あぁ、俺が設定したからな」


 『なんでこんな設定つけるんだ?』


 その問いに、心臓を掴まれたような痛みが走った。

 罪悪感と後悔が、胸の奥で静かにうずく。


 今となっては、なぜその設定を入れたのか、自分でもわからない。

 けれど、当時の俺はそれを“物語のため”だと信じていた。


 ――物語に重みを出すため。

 ――龍雷を成長させるため。

 ――そして、作品を“売れる物語”にするため。


 「とにかく、今この設定を知っているのは……俺とお前だけだ」


 呟いた声は、どこか震えていた。


 『今なら、これを変えることができるよな!』


 ミラの言葉に、胸がざわめいた。

 ――設定を変える。

 そんなこと、本当にできるのか?


 龍雷のように、自分以外の誰かを救える強さがあるならまだしも、

 俺に、そんなことができるはずがない。


 龍雷の母――サラ。

 あの龍雷でさえ救えなかった命。

 それほどまでに、運命は重く、冷たかった。


 ……それでも。


 「変える。俺が作った設定なんだから、俺が変えないと」


 その言葉は、誰に向けたものでもない。

 自分自身の心に、叩きつけるように放った。


 その瞬間、胸の奥で小さな炎が灯った気がした。

 まだ頼りないけれど、それは確かに“意志”の火だった。


 「戦争は二週間後だ。それまでになんとかするぞ」

 『おう!』


 ――そして、二週間後。


 「よろしくお願いします!」

 「おう。そろそろ焔牙流の型は形になってきたんじゃないか?」


 設定帳で“戦争”を知ってからの二週間は、恐ろしいほど早く過ぎた。

 俺は二つの世界で生きている。体感時間にすれば、普通の人の二倍はあるはずなのに――

 それでも、何一つ決定的な解決策は見つからなかった。


 今日も、師匠――龍雷の父に稽古をつけてもらっている。

 そして今日の16時。

 “戦争”の火蓋が切られる。全冒険者への召集令が出されるのだ。

 もう、今日戦争が起こることは伝えられている。

 その瞬間から、龍雷たちの雰囲気は変わった。


 この二週間で、俺が変わったこと。

 それは――【焔牙流】の剣の型、すべてを身につけたことくらいだろうか。


 本来なら一年はかかると言われる流派。

 だが、師匠の教えは的確で、何より――ミラのサポートが大きかった。


 ミラがいなければ、ここまで来られなかった。

 ……本人に言ったら調子に乗るだろうから、絶対に言わないけど。


 今回の戦争には、師匠も、龍雷も、そして――龍雷の母、サラも参戦する。

 サラは超一流の回復魔法の使い手で、その力は戦場において欠かせない存在だ。


 その姿を、龍雷がどう見るのか。

 そして――俺は、この戦いで何を“変えられる”のか。


 今日は宿ではなく、龍雷の家にお邪魔して、朝ごはんを食べる予定だ。


 みんな俺を家族のように扱ってくれて、感謝してもしきれない。

 いつもは笑い声が絶えない、明るくあたたかな家。


 ――だが、今日だけは違った。


 空気が、重い。

 朝だというのに、太陽の光が鈍く見える。


 龍雷も、師匠も、いつものような活気がない。

 剣を研ぐ音さえ、どこか遠慮がちに響いていた。


 今日、この国は戦場になる。

 わかっていても、誰もその言葉を口にしようとしない。


 「おはよう、みんな〜!」


 張りつめた空気を破ったのは、明るい声だった。

 振り返ると、そこにはサラが立っていた。


 いつものように、微笑んでいる。

 まるで、この世界に戦争なんて存在しないみたいに。


 「ほら、そんな顔しないの。朝ごはん、ちゃんと食べた?

  空っぽの胃じゃ、戦えないでしょ?」


 柔らかな声と一緒に、湯気の立つスープが差し出される。

 その香りが、張りつめた空気を少しずつ溶かしていくようだった。


 龍雷は何も言わず、スプーンを取った。

 師匠も、無言のまま小さく頷く。


 その光景を見て、俺は気づく。


 ――この人がいるだけで、世界が少しだけ明るくなる。


 「はい! これ、大和くんの分ね!」

 「あ、ありがとうございます!」


 ニコッと笑い、スープを差し出してくれるサラは――まるで女神だ。

 光をまとっているようなその微笑みに、思わず見惚れてしまう。


 「今日の戦争……母さんも参戦するの?」


 龍雷が、不安を隠しきれない声で問いかける。


 「もちろんよ」

 サラはやわらかく微笑んだ。

 「私も冒険者だし、これでも回復魔法は超一流なのよ? それに……あなたたちがいるこの国を守りたいの」


 その声は、静かで、どこまでも強かった。

 母として、ひとりの冒険者として。


 龍雷は何も言わずに頷いた。

 けれど、その拳が小さく震えているのを、俺は見逃さなかった。


 「母さんは――俺たち二人で守るぞ!」


 師匠が龍雷の背中を軽く叩きながら、力強く言う。

 その言葉に、龍雷はわずかに笑みを浮かべた。

 まるで、幼い頃に戻ったような笑顔だった。


 ――二人で。


 その言葉が、胸の奥で静かに刺さった。

 当たり前のことなのに、どうしようもなく寂しさを覚える。

 自分は“家族”の輪の外にいる。

 分かっていたはずなのに、息が少しだけ詰まった。


 ――それから数時間。

 俺の脳内では、サラが死ぬ光景が何度も繰り返されていた。


 サラは貴重なヒーラーだった。

 だから敵は真っ先に彼女を狙った。

 龍雷たちは必死に助けようとしたが、それでも力が足りなかった。


 ――だから、俺が救うんだ。


 「冒険者は外壁の外へ集まれ!!」


 怒号のような召集の声が響き渡る。

 街全体がざわめき、鎧の金属音が連鎖のように広がった。


 「行くぞ」


 師匠の短い一声で、冒険者たちが一斉に立ち上がる。

 その中心に立つ師匠の背中を見て、思う。

 ――やはりこの人は、冒険者の頂点に立つ者だ、と。


 「相手は隣国【ダイストール】! 総勢十万の騎士を率いてくる!」


 誰かの声が響いた瞬間、地面が震える。

 遠くの空で、戦の狼煙が上がった。


 ――そして、戦争の火蓋は切られた。

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