第11話 実力差

 「おーい、大和ー! 手合わせしようぜー!」


 龍雷がガバッとドアを開けた。


 いつの間にか、俺は“こちらの世界”に戻っていた。

 ――そうか、あのあと眠ってしまっていたんだ。


 ふと、さっきまでの出来事が頭をよぎる。


 「そばにいる」――姫野さんの言葉。

 「守りたい」――俺の心の声。


 思い出した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。


 「ん? 大和、顔赤くないか? まぁそうだよな。昨日、生き物を殺したの、初めてだったろ」


 龍雷の表情がふっと真剣になる。


 「……少し話そうか。俺のこと、それに、これからのことも」

 「うん」


 龍雷は近くの椅子に腰を下ろし、真っ直ぐに俺を見た。


 「俺、この世界が好きなんだ。

  俺の真っ暗だった人生に、光を差してくれた場所だからな」


 その言葉には、懐かしさと少しの哀しみが混じっていた。


 「俺も、初めて魔物を倒したときは辛かったよ。

  自分の手で命を奪うなんて、想像もしてなかった。

  でもな……それをしなきゃ、大切な人が傷つくかもしれない。そう思った瞬間、迷いが少しだけ消えた」


 龍雷の言葉は、一つひとつが重く、胸の奥に沈んでいった。


 「この世界で“生きる”ってことは、命のやり取りを背負うってことなんだ」


 ――そうだ。

 全てを守れるほど、この世界は甘くない。

 だからこそ、何を守るか、誰を優先するか。

 自分で選び取って、行動しなければならない。


 「龍雷……ありがとな」


 そう言うと、龍雷はニッと笑い、


 「おう!」


 と短く返した。

 その笑顔が、なぜか胸の奥に温かく残った。


 「よし! それじゃ訓練するぞ!」

 「……訓練?」


 龍雷は俺の腕を引っ張り、外へと連れ出した。


 その手は、まるで――鳥籠の中でうずくまっていた俺を、外の光へと導くようだった。


 冒険者ギルドの隣にある訓練場へと足を運ぶ。


 「ほら、大和! あの不思議な武器を出してみろ!」


 龍雷が嬉しそうに言う。

 たぶん、ミラのことだ。形が変わる武器なんて、この世界でも珍しいだろう。


 「【ミラジェイラ・ブレード】!」


 俺が唱えると、キーホルダーの形をしていたミラが光を放ち、瞬く間に剣へと姿を変える。


 「おおっ! すげぇ! じゃあ俺も行くぜ!」


 龍雷はそう言うと、体の前に手をかざした。


 「蒼炎刀・解放!」


 青い炎が一瞬で彼の周囲に広がり、やがて一本の刀へと収束していく。

 龍雷が編み出したオリジナル魔法──【蒼炎刀】。


 青い炎を実体化し、超高温の刀を生み出す。まさに神業だ。


 彼は脳内に“世界最強の師匠”を飼っているので、魔法の腕は一流。

 さらに剣術に関しても、父親のダビルがこの世界で“剣聖”と呼ばれる存在で、小さい頃から直々に稽古をつけてもらっていた。


 つまり、魔法も剣も、どちらも桁違い。

 それらを融合させたのが、この【蒼炎刀】というわけだ。


 実際に目の前で見ると、迫力が違った。


 「まぁ、これ使うと怪我させちゃうから使わないけどね!」


 龍雷は軽く笑うと、蒼炎刀をフッと消した。

 代わりに木剣を取り出し、自然な動きで構えを取る。


 「木剣と真剣じゃ、壊れちゃわないか?」

 「魔法で強化できるから大丈夫だ!」


 ──そういえば、そんな設定だったな。

 自分で作った世界のルールを、少し忘れかけていた。


 「じゃあ、遠慮なく!」


 俺は地面を蹴り、出せる限りの速度で踏み込む。

 だが、その瞬間──龍雷の姿が視界から消えた。


 「剣聖の型・一の剣──光翼・天荒鷲こうよく・てんこうわし!」


 バキッ! ドカッ! ドゴォッ!!


 空気が裂け、衝撃波が全身を叩きつける。

 気づけば、俺の体は地面に転がっていた。


 「ご、ごめん! ちょっと強く撃ちすぎた!」

 「う、うぅ……痛っ……。」


 正直、痛すぎる。


 「とりあえず、これで自分の実力は把握できたか? まぁ、大和も父さんに稽古つけてもらえたら、“剣聖の型”をマスターできるかもしれないぞ!」


 剣聖の型――。

 この世界で最も優れた剣士を、人々は“剣聖”と呼ぶ。

 その剣聖が生涯をかけて編み出した究極の剣技。

 龍雷はそれを完全に習得している。


 父は剣聖、母は聖女、そして脳内には勇者。

 ──設定だけ見れば、もはや世界最強だ。


 「……ちょっと、チート設定にしすぎたかな?」


 ぶつっと呟いた俺の声は、訓練場の風にかき消された。


 『まだまだだな、大和!』


 ミラの声が頭の中に響く。どうやら煽られているらしい。


 「龍雷、もう一回!」


 そう言うと、龍雷はニコッと笑い、剣を構えた。


 「さぁ、どんどん来い!」


 ――そして俺たちは、何度も剣を交えた。


 ◇ ◇ ◇


 一ヶ月後。


 「ヤマトさん! 冒険者ランクE昇格、おめでとうございます!」


 ギルドの受付嬢が笑顔で拍手してくれた。

 ……まあ、実際は龍雷たちにおんぶに抱っこだったけど。


 この一ヶ月、現実世界では大きな変化もなく、

 姫野さんとの同居生活にもようやく慣れてきた。


 そして、こちらの世界では龍雷の稽古に明け暮れる日々。

 けれど、強くなった実感はまだ薄い。


 ミラも今のところ、形を変えるだけで、武器としての本領は見えてこない。


 「お前のこと、最強クラスの武器に設定したはずなんだけどな」

 『お前の扱いが下手なだけだろ!』


 ミラという存在にもすっかり慣れた。

 ……この一ヶ月、なんだかんだで相棒としては悪くない。


 「君が――大和くんかな?」


 ふいに、背後から声をかけられた。

 低く落ち着いた声。どこか威厳がありながら、優しさも滲んでいる。


 「はい、そうですが」


 反射的に返事をして振り返る。

 そこには、ラフな服装をした茶髪の男が立っていた。


 ――その顔を見た瞬間、胸の奥がざわついた。


 龍雷の父、ダビル。

 剣聖と呼ばれる、現時点でこの世界最強の男。


 「やっと会えた」


 彼が穏やかに笑った。

 その笑みが、どうしようもなく懐かしく見えた。


 俺には、生まれたときから“父”という存在がいなかった。


 だからだろうか――

 この物語を書きながら、何度もこの人を「自分の父だ」と錯覚してしまったのは。


 「龍雷が手紙を送ってくれてね。仲良くしてもらってるようで、お礼を言いに来たんだ」


 その声も、物語の中で描いた通りの穏やかさだった。

 落ち着いていて、優しくて――けれど、どこか絶対的な安心感を与えてくれる。


 「いえ、こちらこそ。龍雷くんには感謝しています。龍雷くんがいなければ、僕はきっと生きていなかったと思います」


 言葉を口にしながら、胸の奥が熱くなった。

 そうだ、俺はこの世界で――自分が生み出した存在に救われたのだ。


 「それで、龍雷が、君に稽古をつけてくれと言ってきてな」


 茶髪の男はにこりと微笑んだ。

 穏やかでありながら、どこか威厳を感じさせる表情だ。


 「……僕に、ですか?」

 少し緊張しながら問い返す。


 「そうだ。お前の潜在能力は龍雷にも見抜けなかったようだ。だから、父である俺の手で少しでも伸ばしてやろうと思ってな」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 ――この世界で、俺の力を信じてくれる人がいる。


 「お願いします!」


 この期待に応えられるよう、強くならなければ。

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