第8話 隠し武器
「冒険者登録ですか?」
「は、はい」
「では、こちらの書類に必要事項を書いてください!」
俺はギルドの受付まで辿り着き、冒険者登録を始めた。
龍雷たちは俺を案内したあと、ちょうど良さそうなミッションを探しに行った。
受付嬢はとても綺麗な女性。
栗色のロングヘアが揺れ、可愛さと色気が同時に漂う。
──眼福すぎる! この設定にしてよかった。
「は、はい、書けました」
「ありがとうございます! ヤマトさん、変わった名前ですね。極東の国の方ですか?」
極東の国──この世界でいう日本のような国だ。
「はい、そうです」
「いいですね! 今日からあなたも冒険者の仲間入りです! 新人さんなので、冒険者ランクはGランクにさせてもらいます!」
──冒険者にはランクがある。
下からG、F、E、D、C、B、A……そして、その上にS、SSがある。
ランクによって報酬や行動範囲が変わるのだ。
三大ダンジョン――陸、海、空――にも入場制限がある。
陸はCランク以上、
海はBランク以上、
空はSランク以上の冒険者しか足を踏み入れられない。
Cランクですら、相当なベテランでなければ辿り着けない領域。
Sランクともなれば、1万人に1人しか到達できないという、まさに伝説の世界だ。
「ありがとうございます!」
「はい! 困ったことがあったら、なんでも申し付けてくださいね!」
満面の笑顔に、顔が熱くなるのを感じた。
「大和ー! 終わったかー? いいミッション見つけたからやろうぜー!」
「あ、うん!」
龍雷たちに呼ばれ、受付嬢と別れた。
龍雷たちのところに行くと、彼らはミッションの紙を手に持っていた。
【ゴブリン退治、1匹につき銅貨2枚】
「簡単なミッション見つけたんだ! 大和、初めてだから丁度いいだろ!」
ゴブリン退治――初心者が必ず通るミッションだ。
「ありがとう! これならやれそう!」
「よし、決定だな! まずは大和の武器を買いに行こう! 出世払いでいいぞ!」
龍雷がニカッと笑い、お金の入った袋を手の上で転がす。
武器屋に到着し、ドアを開ける。
ギィィィ――開扉の音が、店内に響く。
「いらっしゃい」
奥のカウンターで武器の手入れをしていたのは、巨大な身体を持つ男だった。俺たちを睨みつける目には、圧倒的な威圧感がある。
「大和、ここで好きな武器選べ!」
響が次々と様々な武器を手渡してくる。どれもレベルが高く、強力そうだ。
だが、これらの武器には目もくれない。
――俺が欲しいのは、あれだ。
「マスター、あの奥の武器をください」
「あ? 何故だ?」
店主の目が鋭く光る。威圧感に、押しつぶされそうになる。
龍雷たちも、俺の行動にキョトンとしている。
「大和くん、なんでその武器なの? そんな小さい盾で何ができるの?」
冬香が不思議そうに尋ねる。
これこそ、俺が求めていた隠し武器――
【蜃気楼(ミラジェイラ)】
見た目は小さく、弱々しいボロ盾。だが、俺には分かる。この盾の真価を。
「あれは呪われた盾だぜ? 性能は低いのに、手に持つと不気味な声が聞こえる」
店主が説明する。
――そう、この盾には、俺だけが知っている秘密のオプションが仕込んであるのだ。
「まぁ、あれだったらタダでやるよ。気味悪くて早く手放したかったんだ」
店主はシッシと手で追いやるように、俺を武器へと導く。
ワクワクとドキドキが入り混じり、心臓が高鳴る。
見た目は弱々しい盾だが、この武器は使いこなせれば最強になる――そう、使いこなせれば。
手に取った瞬間、視界が真っ暗になった。
「おい! 大和! 大丈夫か!」
みんなの声が、遠く霞んで聞こえる。
今まで感じたことのない圧倒的不快感。五感の全てが、異常なまでに混乱していく。
『お前か、俺に触れたのは……』
目の前に、恐ろしいほどのモヤが立ち込めた。
――そう、こいつがミラジェイラの本体だ。
汗が止まらない。
「そ、そうだ。俺と一緒に行こうぜ」
負けじと声を絞り出す。
『お前に何ができる? 俺を満足させられるのか?』
ミラジェイラ。こいつは――娯楽に飢えた存在。
そういう設定にしていたはずだ。
「俺は、この世界を創造した者だ。お前が感じたことのない景色を見せてやる。……嘘じゃない。お前なら分かるだろ?」
『嘘は言ってない。面白いな、人間! 仕方なく従ってやってもいい!』
「じゃあ、よろしくな。ミラ」
『ふん、悪くない名前だ!』
――その瞬間、意識が渦を巻くように持っていかれた。
世界がねじれ、視界が歪む。
気づけば目の前には、英語の問題用紙。
周囲にはペンの音と、集中したクラスメイトたち。
『おい、なんだここは! 凄いぞ!』
――えっ? 声がする。
なんでだ?
『俺をそこらの武器と一緒に扱うな!』
ミラの声が頭の中に直接響く。
やばい、本当に聞こえてる。しかも英語の試験中だ。
俺は慌ててペン――いや、ミラを机の下に隠した。
『俺の声はお前にしか聞こえない! 安心しろ!』
ほっとしたのも束の間、脳裏をよぎる疑問。
……そんな設定、した覚えがない。
俺が作ったキャラなのに、勝手に“自分”を語っている。
――まさか。
設定していない部分は、それぞれが自我を持って、穴を埋めるのか。
ミラジェイラは、もう“プログラムされた存在”じゃない。
“意思を持つ存在”に変わってしまった。
「残りあと10分です。書き残しがないか確認してください」
試験監督の声が響く。
やっべぇ。
俺の回答用紙には、クラス、番号、名前だけ。問題欄は真っ白。
『俺が教えてやるよ』
は? 英語わからないだろ。
心の中でツッコむ。
『変幻自在を舐めるな。この世界の理くらい、読める』
その瞬間、脳内に答えが流れ込んできた。
単語、文法、構文――全てが自然に繋がっていく。
スラスラと、ペン先が勝手に走る。
……ヤバい。
これ、反則だ。
けど、止められない。
「――ふっ」
口角が勝手に上がる。
笑うな、俺。バレる。
そう思っても、どうしてもニヤけが抑えられなかった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が教室に鳴り響く。
騒がしくなったクラスの中で、俺は微かに汗を拭った。
今日は英語、国語、数学の3教科だけ。
――なのに、全部スラスラ解けてしまった。
全て自分で解いたわけではないのに、胸が少し熱くなる。
「大和くん、テスト難しくなかった?」
「え? あぁ、うん」
自分の答えで合ってるのかすら、まだわからない。
『俺のおかげだな! 感謝しろ!』
心の中で響くミラの声がうるさい。
……けど、何も言い返せない自分がいた。
「大和くん! このあとみんなでカラオケ行くんだけど、来ない?」
カラオケ、?
人生で一度も行ったことのない、陽キャの溜まり場。
でも――最近は、人と関わるのも悪くないと思えてきた。
「うん、行こうかな。姫野さんも行く?」
「大和くんが行くなら、行こうかな!」
“大和くんが行くなら”。
その一言に、思わずドキッとしてしまう。
「おー? おー? なんか二人いい感じじゃない?」
「ねー! いい雰囲気だよね!」
外野の声も、あまり嫌じゃなかった。
「ミラ、キーホルダーか何か、持ち運びしやすい物になって」
『ったく、人使いの荒いことだ!』
そう言いながらも、ミラは渋々言うことを聞き、
鈴のように小さなキーホルダーへと姿を変えた。
カラオケに着くやいなや――
「大和くんの歌、聴いてみたい!」
「確かに! 大和、歌ってー!」
トップバッターを任された。
「ミラ、なんとかならないの?」
『俺に頼ってばかりじゃなくて、少しは自分で何とかしろ』
脳内でそんな会話を繰り広げる。
曲を聴くのは好きだが、歌うのは別だ。
とりあえずカラオケの月間ランキング上位の曲を入れる。
「私この曲好きー!」
「いいよねー!」
姫野さんとその友達がそう言ってくれた。
「期待に応えられるように頑張るよ」
そして、音楽が流れ始める。
――歌い終わったあと。
「普通にうまいね」
「うん、平均って感じ!」
……うん、上手くはないらしい。
『ははは! 面白いものを見せてくれるとは、本当だったようだな!』
脳内で爆笑するミラを黙らせながら、
俺はただ、早く帰りたいと願っていた。
――けれど、姫野さんがマイクを手に取った瞬間。
照明の光が彼女の髪をすくい、
金色の粒のようにきらめいた。
最初の一声が響いた瞬間、
空気が一変した。
「上手すぎ……」
「声、綺麗すぎ!」
「点数98点だって!」
そんな周りの声も、もう遠くに感じた。
ただ、彼女の歌だけが、まっすぐ胸に届く。
マイクを握る手、揺れる睫毛。
その姿は、まるで――夜空の中で光る、お姫様みたいだった。
「綺麗だ……」
気づけば、言葉になっていた。
なんだかんだあったけど、カラオケは楽しかった。
――現実世界も、悪くない。そう思えた。
『……ふん。惚れたな。』
ミラの声が、どこか楽しげに響いた。
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