第9話
「ははは……くそっ……」
俺は、傷つき痛む体を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がった。
乗客たちにボロ雑巾になるまで殴られ、飽きられると壁際に放置された。因果応報とはいえ、絶望の中で人間の醜い一面を目の当たりにした。
それは俺の中の憎悪を増幅させ、孤独をさらに深めた。
――やがて、汽車は徐々に速度を落とし、目的地に到着する。
扉が開くと同時に、眩しい光が目に突き刺さった。外は曇っていたにも関わらず、長い歳月を暗闇の中で過ごしていたかのような気分になった。
「全員、車両から降りた後、列を組んで歩け!」
銃を携えた兵士たち。そいつらの指示に従って列を成し、薄暗い森の間に作られた一本道を辿っていく。
そうして、歩かされること十数分が経過する。遠くにそびえ立つ巨大な施設と、それを囲む大きな鉄門、高い外壁が目に入った。
「なぁ、何だよあれ? 明らかにヤバいところだろ……」
「俺たちは……一体どうなるんだ……?」
不安と恐怖に駆られた人々が涙を漏らす。建築物に近づくにつれて、そのおぞましさが徐々に伝わってきた。
何重にも張り巡らされた有刺鉄線の網。数メートル間隔で設置された監視塔とサーチライト。それから敷地内を巡回する警備兵と軍用犬の群れ。
まるで、歴史の教科書に登場する暗黒の時代の象徴とも呼べる地獄が、そこに顕在していた。
「門を潜ったら、その場で整列しろ! もたもたするな!」
潜れば生きて出てこれない前門を潜り抜けると、刑務所の囚人のように整列をさせられた。そして、兵士たちと共に白衣を着た数人の医師たちが照射装置のような機械を一人ひとりに当て、何かを測定していく。
だがその後、俺だけなぜか集団の中から外された。
「兄ちゃんはこっちだ」
電車を襲った兵士の一人――軽い口調が印象的な奴に押され、他の人たちが意味深な数値を言い渡され、選別されていく様子を眺める。
すると、施設の中から偉そうな奴が護衛を引き連れて歩いてきた。
冷酷な笑みを浮かべる長身の若い男性。他の医師と同じように白衣を着ているものの、どちらかと言うと医者よりも科学者に近い感じがした。
「あーあー、おっかない人が来ちまったなぁ。先に殺された八人が羨ましい限りだぜ」
相変わらず冗談を交えながら話しているが、その言葉にはどこか憐れむも含まれていた。
もし奴が言っていることが本当なら、これから俺や乗客たちに待ち受ける運命は残酷なものになる。
「ギベル博士。異世界人たちの確保及び、魔力量の測定を終えました」
「ご苦労。報告はある程度聞いていたが、結果はどうだったんだね?」
「はっ、可が二十五人と一人。残りは全員不可です」
「たったの二十六人だけ……? はぁ、不良品がこんなにも……不可の者たちを研究棟に連れて行け」
「了解しました」
命令が下されると、兵士たちは不可を与えられた人々を右奥にある建物の方まで連行していく。途中、逃げようとする者もいたが、すぐに取り押さえられ、無理やり歩かされた。
普通なら、その光景を目にするだけでも身の毛がよだつはずが、俺は口元を吊り上げていた。理由は明白。俺に暴行を加えた奴らが泣き叫ぶ姿を眺めていると、気分が晴れたからだ。
ただまあ、これ以上嘲笑うのは流石に可哀想だと思ったから、せめて心の中で冥福を祈ってやった。
ざまあみろ、と――。
そうして俺のことをコケにした奴らは、二度と日を浴びることのない深淵の中へと姿を消した。
「ほぉ、これが例のフレイムシェパードを倒した少年か……しかも形は違えど、魔法を使用していたと……なるほど、確かに私の夢を叶えてくれそうな存在だね」
人々を見送り終えた俺の周りを、今度はギベルが興味深そうに観察する。先ほどから魔法や、自分の夢がどうのこうのと、理解できないことを言っている。
「人のことをジロジロ見つめて楽しいか? 変態」
「貴様ッ! 口を慎め!」
「まあまあ、銃を下ろしたまえ。私は自分が変態なのは自覚しているつもりだ。それに、彼からこうして私に会話を持ちかけている。これは立派な意思疎通の証だ」
俺の暴言に堪えかねた護衛が銃を構えようとするも、ギベルがそれを止めた。しかし、その紳士的な振る舞いの裏には、何とも言えない狂気があった。
「部下が失礼を働いて悪かったね。私はアレイン・ギベル、この研究所の管理者をしている。それと、私からすれば君も相当歪んでいるように見えるぞ?」
「変態に同類扱いされるのは心外だな」
「ふふふ、類は友を呼ぶとよく言うだろ? きっと私たちは良き友人になるはずだ。そろそろ、君の名前を私に教えてはくれないか?」
「……櫛名田景明だ」
「そうかそうか、カゲアキ君か! いやぁー、今日は新しい友人を得た素晴らしい日だ! 今ならどんな質問にだって答えられそうだ! 何か私に聞きたいことはあるかね?」
ギベルは心躍るように語り、俺との出会いを祝福する。
狂人に友達扱いされるのは癪だが、幸い奴が機嫌を良くしている。だから、この機を利用して情報を集めることにした。
「この世界、魔法、それからお前たちの目的について教えろ」
「おお、三つも質問をしてくるとは! それぞれ順番に答えていくとしよう!」
ギベルは姿勢を正し、少し間を置いてから説明を始めた。
「まず、この世界の名前は『バシレイア』。私の記憶が正しければ、君のいた世界――地球では、確か神の王国とも呼ばれているはずだ」
「……地球のことをどこまで知っている?」
「ふふ。知ってるも何も、我々はすでに何度も地球から客人を招き入れている。君を捕らえた兵士たちもその末裔だ」
「……」
「続けてもいいかね? 次に魔法についてだが、これは君が使用する呪術が最もそれ近いものだ。まあ、この世界で魔法が使用できる者は少なく、人間種はほとんど使えないと言ってもいい。ましてや天使にでも生まれない限りはね」
「天使……」
「ああ、そうだとも。他にもエルフや獣人などの種族が存在するが、中でもとりわけ魔法に秀でているのが天使たちだ」
まだ二つ目の質問だというのに、開示された情報量の多さに俺は圧倒される。
聖書に記された神の領域、魔法と種族の関係性――なぜか、一族に代々伝わる陰陽術が魔法の一種であると言われたことが不可解だと感じた。
そして、「天使」という言葉。それを聞いた瞬間、ニリアの姿が俺の脳裏によぎった。女神である彼女も、頭の上に天使の輪を浮かばせ、背中から白い翼を生やしていた。
偶然かもしれないが、仮に彼女がこの世界の天使だったなら、俺がバシレイアに転移したことにも辻褄が合う……。
「そして、君の三つ目の質問についてだね。我々の目的とは、君たち異世界人をバシレイアに転移させ、戦争の兵器として軍事転用することだ」
「転移はお前たちの仕業……それに今、兵器と言ったな。まるで俺たちに最初から人権がないように聞こえるぞ」
「実際、その通りだ。良くも悪くも、私の国――『グランデリニア帝国』は人間主義の国家で、今多数の国と戦争をしていてね。膠着した戦局を打開させるために、私は国の上層部から、神の力を宿した超人兵士の研究と生産を任されているんだよ」
「それで俺たちのことを選別していたのか……。だが、銃すら握ったこともない素人を一から兵士にするのは馬鹿げているな」
「正論だけど、随分と痛いところを突いてくるね。まあ、言いたいことはわかる。私も研究を通して、君たち地球人がこの世界の住人を凌ぐ魔力を持っていることを判明したが、貧乏くじを引くことの方が多い。困ったものだよ、まったく」
ギベルはため息を吐きながら、わざとらしく今回の転移の失敗を嘆いた。
ひとまずわかったことは、俺が飛ばされたこの世界――グランデリニア帝国は、肥溜めのようなどうしようもない場所だということだ。
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明星のネフィリム 冬椿雪花 @dio_voynich
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