第4話

 義政さんから貰った情報をもとに俺は今、長野県鳩松はとまつ市の山中を歩いている。

 

 向かうのは、異常封鎖機構の拠点があるとされる放置された廃村の跡地。人気の少ない夜の時間帯を選び、慎重に森の奥へと進んでいた。


 季節は秋に差し掛かり山の空気が冷たく感じたが、俺の内に燃えたぎる復讐心のおかげでそこまで寒くなかった。


「……本当に復讐するつもりなの? 私はあなたの手が血で汚れていくのを見たくないわ……」


「さっきからそればっかりで聞き飽きたよ。何度も言ったように、これはお姉ちゃんのためでもあるんだよ? 奴らを全員殺せば、おばあちゃんの無念も晴らせるし、俺たちも襲われずに済むんだから」


「でも、それであなたは人として大事なものを失うわ。そうなったらもう遅いの。お願いだから考え直して」


「あーもう、うるさいな! お姉ちゃんは俺の復讐のために力をくれたんじゃないの!? 俺が守ってあげるって言ってるんだから、いい加減言う通りにしてよ!」


 会話がすれ違い、言い合いになってしまう。


 彼女の声は穏やかだったものから、恐れと震えが混じったものへと変わっていた。


「いい加減にするのはあなたの方よ! このままだと、本当に取り返しのつかないことになるのよ!」


「はぁ!? 何だよそれ! お姉ちゃんも菅原家の連中のように、俺のことを悪者扱いするのかよ! 俺がいないと何もできないくせに!」


「いつからそんなに聞き分けの悪い子になったの! 今のあなたは非常に幼稚で浅はかよ!」


「ッ、うるさいうるさい! 自分だって罪を犯して使になったくせに! 黙って俺に力を貸していればいいんだよ!」


「――ッ!?」


 俺はお姉ちゃんを冷たく突き放し、無理やり会話を終わらせた。


 姉であり母である彼女と、こうして言い争いに発展したのは、たぶん人生で初めてだろう。


 彼女が俺を心配する気持ちはわかるが、俺にも譲れないものがある。だからこそ、心の中で不満と葛藤が募っていった。


「あぁ、むかつく! 全部お姉ちゃんのせいだ!」


 近くの木に向かって拳を叩きつけた。だが、敵に気づかれないよう力を抑えたため、音は小さく、拳は幹に少しめり込むだけで済んだ。


 頭に血が上っていたとはいえ、まだ理性は残っていたらしい。


 ――そうして、お互い無言のまま歩き続けた後、やがて斜面の途中で、谷下を覗ける少し開けた場所に出た。


「これが機構の拠点『日本第一支部』……正直、菅原家の情報はあてにしてなかったけど、思ったより役に立ったか……」


 木々の間から見える谷間の廃村は不気味そのもの――かと思いきや、想像とは真逆のものだった。


 目を凝らせば、無数の監視カメラと警備兵、それから建設途中の施設群がいくつも見えた。


 これほど大規模な工事が進んでいるのにも関わらず、近隣の村や町の住民はこの場所について何も知らない。知っていたとしても、「呪いの逸話がある禁足地」と噂を立てる程度だ。


 敵は思った以上に情報操作に長けている。普段、退治する怪異や妖怪とはまるで話が違う。


「ふん、相手が誰だろうと俺のやることは変わらない。俺たちを襲ったことを心の底から後悔させてやる!」


 俺は正体を隠すため、憎悪を象徴する般若の面を被り、それから報復の儀を決行した――。



~~~~~~~~~~~~~~~



“警告! 現在、第一支部は敵からの襲撃を受けています! 機動部隊は直ちに敵の排除にあたってください。それ以外の人員は避難区画へ退避してください――”


 耳障りな警報が鳴り響く中、俺は敵を次々と刀で斬っていく。

 

 相手はライフルで応戦してくるが、全く脅威ではない。人知を超えた反応速度で動けば当たらないし、そもそも避ける必要すらない。


「……銃弾を受けても傷がすぐに治る。この力があれば、もう誰にも負けない! 俺は神になったんだ!」


 興味が湧いた俺は、敵の攻撃をあえて受けてみたが、僅かな痛みを伴う以外何も感じなかった。


 それどころか、敵があまりにも弱く手ごたえがないせいか、復讐のしがいがないとさえ思えた。


 もはや、お姉ちゃんと同化した俺は神そのもの――ただの人間相手がどう足掻いても俺に敵うわけがないのだ。


「化け物かよ……くそっ!」


 仲間が殺されてもまだ心が折れておらず、抵抗を続ける兵士たち。果たしていつまでそれが保てるのやら。


「化け物、か……素敵な誉め言葉をありがとう!」


 俺は兵士たちに向かって呪符を投げた。


 すると、紙媒体を中心に漆黒の闇が広がり、辺り一帯を侵食した。


「急に目が見えなくなった!? ぜ、全員、どこにいるんだ!?」


「ああぁぁあああ!?」


「な、何が起きているんだ!? 誰か返事をしてくれッ!!」


 目から光が奪われ、最後の希望の光も失う。最後の一人が仲間に向かって呼びかけるも、返ってくるの沈黙だけだ。


「安心しろ。すぐに会わせてやるよ、あの世でな!」


「――ッ!? い、嫌だぁ、助けて――」


 暗闇の中でもがく兵士の叫び声はやがて途絶えていく。

 

 俺は戯言同然の命乞いなんかに聞く耳を持たない。


 奴らが得られる赦しは、死ぬこと――それ以外の償いは認めない。


「刀はもう限界か……ナマクラなんかよこしやがって」


 外部にいる敵を一掃し終える頃には刀の刃こぼれが激しく、もう使い物にならなくなっていた。


 しかし、刀がなくても俺にはまだ呪符と短剣などが残っている。何より圧倒的な神の力がある以上、そもそも武器など必要がない。持ち前の体術だけでも敵を薙ぎ払える。


「ふぅ、後は施設内の敵を殺すだけか。案外、簡単なことなんだな」


 絶え間なく流れる警報のメッセージを聞き、おそらくまだ敵がいるであろう隔離区画――シェルター内に向かう。


 そいつらも血祭りにあげれば、おばあちゃんの無念も少しは晴らすことができるだろう。


「何するの、お姉ちゃん?」


「ここから先は行かせないわ! 今すぐ引き返しなさい!」


 建物内に入ろうとした途端、体に宿っているはずのお姉ちゃんの魂が具現化した。彼女は俺の前に立ちはだかり、何があってもここから先へ進ませないつもりだ。


 今日に限って、彼女のことがとても鬱陶しく感じた。


「そこをどいてよ。じゃないと奥にいる敵を始末できないだろ?」


「いいえ、そうはさせないわ。あなたは自分の心を殺しているのよ! 手遅れになる前に私があなたを止めるわ!」


「ふぅん、どうやって止めるの? また説教でもするつもり?」


「……使いたくはなかったけれど、あなたの体を操らせてもらうわ」


 お姉ちゃんの姿は光の粒子になって消えていく。


 次の瞬間、俺の体が金縛りに遭い、俺の意思とは勝手に体が動いた。そして、建物とは真逆の方向、山の方へとゆっくりと歩いていった。


「何勝手なことしてんだよ! まだ俺の復讐は終わってないんだぞ!」


「あなたは歯止めが利かなくなっている……こうするしかないのよ……」


 あと少しというところまで来たのに、目的から遠のいていく。まだ他の機構の支部を壊滅する必要があるというのに――お姉ちゃんの勝手な都合で邪魔をされてたまるか!


「俺の体を、返せぇぇッ!!」


「――ッ!?」


 俺は神経を集中させ、強引に支配を振り切った。


 お姉ちゃんはそれに対し、隠しきれない驚きを見せていた。


「はぁ、はぁ、余計なことをしやがって! 道具のくせに俺に指図するな、!」


「そんな……運命は変えられないの……」


 俺は今まで大好きだった姉のことに強烈な憎悪を向け、彼女を呼び捨てにした。それが利いたのか、はたまた俺の反抗的な言動がショックだったのかは定かではないが、彼女はそれ以上俺に干渉してこなかった。


 これで心置きなく殺戮ができる。


「恨むなら、自分の家族を恨め」


 施設内にいた戦闘員以外の人物たち――非力な彼らの家族、つまり相手がその妻や子供であっても俺は一切の容赦をしなかった。


 一瞬、彼らのことを死んだおばあちゃんと重ねてしまったが、そんな淡い感情はすぐに消え去った――。

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