ゼロ・ソウル・アセット

Tom Eny

ゼロ・ソウル・アセット

ゼロ・ソウル・アセット


俺の人生には、有限の時がある。そして、愛した女(アイツ)の魂には、プライスタグがついていた。


俺の名前はケンジ。彼女への愛は、過去の罪を清算する、純粋な希望だった。しかし、その深い悲しみは、俺を**『永遠の資本主義』という名のシステムへと引きずり込んだ。俺の『愛』が、ここで初めて『資産』**として換算されたのだ。


アスカの死後、俺の前に現れたのは、元カノの体を持つ男、カツヤ。その冷たい目には、愛情の残滓もなく、ただ純粋な、事務的な蔑みだけがあった。カツヤの眼差しは、常に磨かれたクロム合金のように冷たかった。


「このシステムでは、現世の富が死後もソウル通貨として引き継がれます。富は、『生』と『死』の境界を超えて引き継がれる。アスカさんは資産がなかったため**『一般庶民の順番待ち』**リストの最下層です」


カツヤは続けた。「現世からソウル通貨をチャージすれば、彼女の魂に**『入札権』を与えられます。これは、愛する人への究極の献身**ですよ」


俺は迷わなかった。この非合理的な愛こそが、俺の最後の信念だった。


俺の有限の命は、ソウル通貨を稼ぐための道具となった。昼夜を問わず働き、睡眠は錆びたナイフで切り取られたように短かった。体の奥から軋むような痛みが響き、自分がただ動いているだけの**『機械』**になったように感じた。


カツヤは、俺の現金を薄いガラス板のような機械に滑り込ませた。機械は電子レンジのような低い唸りをあげ、硬質な電子音とともにソウル通貨残高を吐き出す。それは、愛の重さとは無縁の、無機質な冷たさだった。


「ケンジさんのソウル通貨残高は、まだ足りません。入札は激化しています。あと、倍率ドンでこの額が必要です」


俺の命は、カツヤの**「ソウル通貨供給の最終期限」**のためだけに存在していた。


そして、俺の体が老衰によって限界を迎える直前、俺は最後の入金を終えた。


「これで、アスカは最高の器を得られますか?」


「ええ、問題ないでしょう。あなたの莫大なチャージが、彼女の最良の器への入札を保証しました」


カツヤは、静かに、初めて微かな笑みを浮かべた。


その笑顔は、計算し尽くされた勝利の笑みだった。


俺のソウル通貨残高はゼロになった。俺は、愛する女性の魂に**「最高の安息」という遺産**を残し、自身の死後の転生権を放棄した。


意識が途切れると、俺の魂は濡れた石のように重くなり、冷たい霧の中に投げ出された。辺りは無臭の、何も希望しない空虚な冷たさに満ちていた。


目の前にはカツヤ。彼は、システム管理者としての金色の光を纏っていた。


「お疲れ様でした、ケンジさん。システム管理者として、あなたの献身に感謝します」


俺は震える声で尋ねた。「アスカは……最高の器に転生できたのか?」


「もちろんです。しかし、あなたのソウル残高はゼロです。あなたは最下層の**『貧乏な魂』として、次の転生まで永遠に順番待ちです。あなたの「献身」によって空になったあなたの器は、まもなく最高の価格で競り落とされます**よ。富裕層の次の転生のためにね」


カツヤは口角を上げた。その笑みは、俺のすべてを奪い尽くした、周到な勝利の笑みだった。


「一つだけ情報開示させてください。」 カツヤは声を落とした。 「これはサービスです」


カツヤは、俺の魂の耳元で囁いた。


「愛する女性(アスカ)があなたに近づいたのは、彼女が仕掛けたハニートラップだからですよ。彼女の資本戦略にとって、あなたの**『純粋な愛』は、最高の『投資』**でした」


言葉は霧のように意味を失った。俺の**『愛』という名の信念**が、音を立てて砕けるのを聞いた。


「ああ、そうか。俺が求めたのは贖罪なんかじゃない。ただ、最高の器を手に入れたアスカに『感謝されること』、その感情的なリターンだけを求めていたのだ。俺の愛も、結局は*『自己満足の投資』*に過ぎなかったと。」


「彼女は、あなたの**純粋な献身(非合理な愛)が、自身の資本戦略(合理的論理)**にとって最も価値ある道具だと知っていた」


「そしてあなたの過去の**『罪』は、あなたの『献身』という名のソウル通貨で、私がすべて回収させてもらいました。これは、私自身の完璧な復讐**でもあるのです」


カツヤは、元カノの顔で、裏切りと真実を俺に突きつけた。


「すべてを使い果たした気分は、どうですか?」


カツヤは問いかけた。


「愛は最も非合理で、最も尊いもの。そして、最も高価な代償を伴う、究極の情報料だったのですよ」


俺は、全てを捧げた本気の愛が、二人の冷徹な資本主義者に利用され尽くしたと悟った。愛を信じた代償として、俺は永遠の貧困を背負った。


俺の魂は、究極の後悔とともに、「順番待ち」の列へと吸い込まれていく。カツヤの金色の光は、俺の魂の灰色の冷たさの中で、ただ無関心に輝き続けていた。列は、俺が支払った有限の命の代償のように、地平線の彼方まで永遠に続いていた。諦念と微かな嗚咽だけが、低温の風に乗って響く。


遠く、冷たい霧の中から、システムの声が響いた。


「あなたの魂の、本当のプライスタグは?」

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