第2話 つまんない女

「はぁー……」


 全てを平らげた星原奏歌は、また退屈そうにスマホをいじり始める。

 楽屋でマネージャー(私)と二人きりだからって、人気アイドルあるまじきふてぶてしさだ。いや、人気だからなの……?


 …………あとそれ、私の分もあったんだけどな。これが巷で流行の食い尽くし系?


 いや、私の空腹なんて問題ではない。星原奏歌の仕事に支障がでなければいい……余ったら私の夜ご飯にでもとか思って多目に買ってたんだけどね。

 経費で食費を浮かせるチャンスが……いや、目先の小銭は忘れて切り替えろ、私!


「あ、あの、残りの収録もがんばりましょうね~」


 私は全力で笑顔をつくって言う。偉いぞ、私!


「……はぁ?」


 にらまれた。


 二人きりになって、やっと目が合ったと思ったらめちゃくちゃにらまれた! なんで、笑顔の私にらまれたの!?

 星原奏歌の表情は私と真逆で、大きくて綺麗な瞳が不機嫌さをちっとも隠していない。

 どうしてこんなに不機嫌なわけ……あれかな、食後にくつろいでいたのに声をかけられて鬱陶しかったかな?


「満腹のところ、すみませんでした……」

「全然、足りませんでしたけど」

「えっ、全然!? あれで!?」

「…………それでなに? まだ食べるものあるの?」


 どうしよう、担当アイドルが食べ盛り過ぎる。

 コンビニまで走ってくることもやぶさかではない。

 でも休憩はそろそろ終わるし、第一そんなたくさん食べて歌えるものなの? ……気持ち悪くならない? アイドルなんだから、食べ過ぎて体重が増えるのだって問題だ。


「あ~……その、あとで美味しそうなもの買って来るので、収録が終わったらゆっくり食べてください……」


 言いたいことはあったけれど、ヘラヘラ笑っておく。

 なにせ今日は、星原奏歌ソロデビュー曲の収録!


 グループで活動している彼女であるが、これだけの人気ぶりなのでソロでも――というのは当然の流れ。

 まさか私のマネージャー初出勤と、そんな大それた日が重なってしまうなんて。

 万が一にも機嫌を損ねるわけには……いやまあ、既にご機嫌斜めですが……どうにか、これ以上悪化しないでくれ……。


「なにか、言うことないんですか」

「え、なにかって? あっ、好み! ラーメンは……あれですけど、ケーキとかで好みを教えてもらえると……」

「聞いてたんですよね。わたしの歌。なにか、ないんですか?」


 急に話題が変わった。

 え、私に聞いている? 人気アイドルの生歌の感想? あとは黙ってやり過ごそうと思ってたところなのに、どうして!?


「ええ~……あーその、よかったです! 星原さんの声って透明感があって、それがソロだと存分に聞けるのですごく耳心地いいですよね~」


 変なことだけは言うまいと、必死に頭を回転させる。

 星原奏歌は歌が特別上手いわけではないけれど、独特な存在感のある声質が評判だ。収録中もディレクターさんが同じことを褒めていた。

 困ったら誰かと同じことを言えばいい。現物は究極の安全牌だ!!


「他には?」

「他って――……」


 星原奏歌が、真っ直ぐに私を見つめている。

 なんだよ、私になにを聞きたいんだよ……。新人に過度な期待しないでよ……。

 私のモヤモヤした気持ちとは裏腹に、彼女の瞳は息を呑むほど綺麗で透き通っている。


 ボーッとしていると引き込まれそうになって、一瞬、頭をよぎった。

 声出しやマイク調整を終えて、星原奏歌が最初に歌ったときだ。


 私はそれを聴いて、星原奏歌っぽくないと思った。ディレクターさんも「緊張しているのかな? 変に力入れなくて、いつも通りでいいからねー」って笑って、直ぐもう一度歌い直したけど――……私は、あの一回目の歌が一番良かったと思う。

 星原奏歌らしくない。でも、一番耳に残っている。


 でも私はアルバイトのマネージャーで、余計なことは言わないほうがいい。初心者が考えなしにカンするなっ!


「他は、特にありませんけど」


 そう言うと、星原奏歌はもう私を見てもいなかった。


「…………つまんない女」


 ただ一言、ぼそっとつぶやくのが聞こえた。


 えっ、……つまんない女!? どうして私が急にそんな評価をっ!?


 別にいいんだよ? いいだけど……私がおもしろい女自認してたら致命傷だったよ?

 あれ、それより私、もしかして、担当アイドルに嫌われている? え、まだマネージャー初日だよ?


 昨日初めましてで二日目だよ……気のせい……だよね? 私のこと、嫌いじゃないよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る