可愛いエディに

まっちゃん

第1話 可愛いエディに

 鏡の前で髪をまとめた後、彼女は手首を小さな装置に差し込み、話しかけた。


「今日のネイルを幾つか提案して。」

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」


 彼女が装置に手を入れると、AIは爪の形状・色・健康状態をスキャンしていった。


 「睡眠不足、または不眠症の傾向が出ています。睡眠時間の確保をおすすめします。ネイルは明るめの色を優先上位として五パターン提案しました。」


 (仕事を減らさないとそのうち倒れるかなぁ。)


 彼女はぶつぶつ言いながら、画面を何回かスワイプし、タッチした。微細な霧が『シュー』と吹きつけられ、爪の表面が滑らかに整っていく。「パチン」と音を立てる爪切りは、今や携帯性でのみ市場に残されていた。


 グラデーションが整う頃、AIの音声が柔らかく響く。「施術が終了しました。本日のおすすめカラーはこちらです。」

 「オーケー。エディ、今日の予定は?」


 エディと呼ばれた人型アンドロイドは、無機質な目を虚空に向けたまま、彼女のスケジュールを列挙する。


 「はい。本日は十時からプロジェクトW0352、十四時からプロジェクトQ6027のミーティングです。」


 「オッケー。いつもありがと。」

 「行ってらっしゃいませ。」


*****

 「そうね、今日はエディのネイルをお願い。」

 「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

 スキャンが始まる。

 「…」

 「どうしたの?」

 「…」

 「いつもより時間が掛かっているんだけど、どうしたの?」

 「これは何でしょうか?体温、室温です。皮膚はプラスチックとシリコンゴム、骨格はチタン系の合金と推定。生体以外の反応を認めます。データをサービスセンターに転送します。」


*****

 力なく項垂れる彼女に、技術者が言った。

 「まれに、こういったお客様がいらっしゃるのですが⋯」

 「はい⋯」

 「ネイルを与えたい気持ちは、わかります。ただ……アンドロイドには、体調も個性もありません。ですから、『どんなネイルが似合うか』というのは、結局――」

彼は言葉を探すように間を置いた。

 「あなたが決めることなのです。」


 エディの無機質な目は相変わらず虚空を向いていた。


---

(2025.10.06 了)

三題噺「AI」「爪切り」「不眠症」

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