第1章:新たな世界の始まり
渋谷の最後の灯りが、彼女の瞳の奥でくすぶっていた。
あの伝説のスクランブル交差点。
かつて人の波が絶え間なく流れていたその場所は、
いまや動かぬ死体と瓦礫の山に埋もれている。
昨日まで派手な広告を映していた巨大な電光掲示板は、
今は黒く沈黙を守っていた。
焼け焦げたその表面は、まるで巨大な骸骨の眼窩のようだ。
空気は重く、鼻を突くほどに辛辣だった。
焦げた煙。
溶けたアスファルトの匂い。
そして――それらに混じる、甘くねっとりとした異臭。
喉の奥を掻きむしるような、不気味な甘さ。
綾菜は、その混沌の真ん中に立っていた。
頭の中が、現実を拒絶している。
震える指先が、胸当てのプレートをなぞった。
冷たい。
無機質で、どこかよそよそしい。
その金属は、かすかに青い光を帯びていた。
――これは、服なんかじゃない。
落ちた先の悪夢の一部だ。
思い出せるのは、あの眩い閃光だけ。
あれが、日常をぶち抜いて、私をここへ連れ去った。
そして、次に訪れたのは――
耳を劈くような、静寂だった。
それだけ。
東京のど真ん中で――
今、支配しているのは、静けさだった。
一歩、踏み出す。
ブーツの底が、何か柔らかいものに沈み込む。
綾菜は、ゆっくりと下を見た。
そこにあったのは、柴犬のぬいぐるみ。
誰かの落とし物。
きっと、お守り代わりだったのだろう。
だが今は、赤黒い水溜まりに浮かんでいた。
その色は――水じゃない。
視線を横に滑らせる。
絶望の姿勢のまま、固まった人影たち。
流行りのツナギ姿の女の子。
バッグを死に物狂いで抱きしめたまま、動かない。
逃げようとして、手を繋いだまま凍りついた中学生のカップル。
どの顔にも、傷一つない。
まるで、誰かがスイッチを切ったみたいに。
ただ――止まっている。
「……ここで、何が起こったんだ?」
綾菜の手が、自然と背中の剣の柄に伸びた。
こいつも、説明のつかない存在だ。
けれど、握ってみると不思議と馴染む。
まるで――最初から、自分のものだったみたいに。
2
その瞬間――。
静寂を切り裂く、新しい音が響いた。
火の爆ぜる音じゃない。
崩れ落ちる轟音でもない。
――湿った、吐き気を催すような「グチャリ」という音。
壊れた駅の入り口の角から、それは聞こえてきた。
綾菜は、全身を強張らせる。
煙の渦の中から、何かが這い出してきた。
人……いや、もう人間とは呼べない何か。
その肌は死人のように青白く、半透明。
黒い血管の網が、皮膚の下で脈打つように透けて見える。
動きは大げさで、操り人形のように優雅だった。
死体の一つに身を寄せて、身じろぎする。
――あの音が、再び。
食べているのではない。
吸収しているのだ。
犠牲者の肉が溶け出し、化け物の体に溶け込んでいく。
脈打ちながら、ゆっくりと膨張していくその姿。
綾菜は、骨まで凍るような恐怖に縛りつけられた。
……でも、その恐怖の奥から、何かが湧き上がってくる。
古くから備わる、本能的な衝動。
――これを、止めなきゃいけない。
そんな確信が、胸の奥で燃え上がる。
指が、剣の柄をきつく握りしめた。
一人きり。
世界の廃墟のど真ん中で。
選んだ覚えのない鎧を纏い、知らないはずの剣を携えて。
その時――。
化け物が、無貌の頭をゆっくりと上げた。
空っぽの眼窩で、綾菜を「見つめる」。
そして――
「綾菜! 綾菜、起きて!」
その声が、耳を裂いた。
無限のゲーム - 絶望の先にある勝利』 @SlowAleen67
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