第一部第1話『"拗らせ王子"』
僕の名前は橋口 渉(はしぐち わたる)。
今年で16歳。絶賛、思春期まっ只中。
僕は、なぜか産まれたその日からの記憶が鮮明にある。
母の第一声も、産院の天井の色も、父が泣き笑いで写真を撮っていたことも。
……あと、母が心の声で「うわ、ブッサイク」って言ったことも。
これは一生忘れない。
そんな話をクラスでしてみたことがある。
入学してすぐの自己紹介で、ノリで口を滑らせたのだ。
「えーと、特技は……生まれた時の記憶があります」
数秒の沈黙のあと、クラスが爆笑に包まれた。
「中二病にも程がある!」
「産まれた瞬間覚えてるって、胎児エピソードも語れんの?」
「病院でWi-Fiでも拾ったん?」
あの日から、僕の呼び名は決まった。
“拗らせ王子”。
……まぁ、「王子」って付いてるだけマシか。
「拗らせ胎児」とかだったら登校拒否してただろな。
でも、あだ名なんてどうでもいい。
問題は、僕が怒ったりムカついたりすると──
相手に地味な不幸が訪れるということだ。
昨日もそうだった。
体育の持久走の時間、クラスの男子が僕にこう言った。
「なぁ拗らせ王子、お前走りながら産まれた時の記憶思い出すんじゃね?」
ちょっとムッとした。
ただそれだけ。
ほんの一瞬、イラッとしただけ。
結果、そいつは走っている途中で靴ひもが解け、
そのまま自分の足で踏んづけて──
思いっきり前転。
……まぁ、ここまでならただの事故。
だが運の悪いことに、転んだ先にミツバチがいた。
ハチのお尻の針が、彼の唇とディープキス。
「ぎゃああああ!!!」
泣き叫ぶ彼の唇は見事なタラコ仕上げ。
クラス全員が腹を抱えて笑った。
……いや、笑ってるけど、内心めちゃくちゃ焦ってた。
だって、僕がそのとき念じていたのはこうだ。
「持久走中に犬のうんこ踏んで、笑われますように。」
合っていたのは“持久走”の部分だけ。
なんでミツバチ?シュールすぎん?
僕の能力、ピントがズレるにもほどがある。
こういうことが、昔から何度もあった。
「父が頼もしくなればいい」
→髭と胸毛が急に剛毛に。ただ、体毛が薄く男としての魅力を感じていなかった母が急にメロメロになったのには驚いた。
「母に笑顔が戻ればいい」
→近所の犬が満面の笑み。しかも歯、めっちゃ白い。これを見た母が笑顔になったのは言うまでもない。
「平和な家庭を願う」
→家の前にハトが50羽住みつく。平和の象徴のつもりだろうが、フンの後片付けが尋常じゃない。
逆に迷惑極まりない。
こんな感じで毎回ズレる。
たぶん神様、アップデート放棄してる。
そんな僕が16年間どうやってバレずに生きてきたかというと──
基本、耐える。
人に何言われても笑って受け流す。
心を乱さない。怒らない。恨まない。
つまり、常に「悟りの境地」である。
ただ、それがなかなか難しい。
高校生にもなれば、口が悪いやつも増える。
ある日の昼休み。
僕が弁当を食べていると、隣の席の山並 春人(やまなみ はると)が言った。
「なぁ渉、お前の弁当、なんか刑務所みたいじゃね?」
「うるせぇよ。栄養バランス考えてるんだよ。」
「いや、茶色と白しかねぇじゃん。砂漠のオアシス探してる途中か?」
……この男、言葉のナイフを研ぎすぎている。
僕の弁当は確かに地味だが、刑務所扱いはひどい。
僕は深呼吸をした。
イラッとしたらダメだ。ミツバチ事件の二の舞になる。
そう自分に言い聞かせて、ゆっくり箸を進めた。
──その直後。
春人の机の上にあったプリンが、
ちょうど通りかかった女子の袖に引っかかり、
床に落下。
「ぎゃっ!? なにこれ……!?」
春人は慌てて拾い上げるが、時すでに遅し。
プリンは跡形もなく崩壊。
……いや、ほんとに偶然?
僕、心の中でちょっとだけ「プリンこぼせ」って思ったけど?
ズレてるようで、当たってる。
当たってるようで、ズレてる。
この中途半端な能力のせいで、僕の人生は常にバグり気味だ。
放課後。
教室を出るとき、女子グループの笑い声が耳に入った。
「拗らせ王子、また保健委員と話してたね。恋愛相談でもしてんの?」
「いや、あの人多分、霊感とかの相談だよ〜」
「うける〜、エスパーキャラ貫いてて逆に尊敬。」
……うん、わかってる。
悪気がないのもわかってる。
でも、そういうときに限って僕の中の“何か”がムズムズする。
結果、その後……
噂してた女子の一人が、カバンの中でジュースのキャップが外れて大惨事。
教科書ベチャベチャ事件、発生。
僕は心の中で頭を抱えた。
「ごめん、僕のせいかもしれない……いや、違うと思いたい。」
ここで何を思ったのかは言わないでおこう。
家に帰ると、母が夕飯を作っていた。
「渉、今日学校どうだった?」
「まぁ、普通かな。」
「そう、よかった。あ、冷蔵庫のヨーグルト取ってくれる?」
僕は無言で冷蔵庫を開ける。
そこには見慣れた銘柄のヨーグルト──“ビフィ快調”が並んでいた。
……母は、今だにお腹壊すんだよな。
16年前のあの“呪いの名残”かもしれない。
「ねぇ母さん、胃腸はもう大丈夫なの?」
「え? なに急に。元気よ、最近は。」
母はそう言って笑った。
けど、その笑顔を見ながら僕は思う。
“いつかこの力を、ちゃんと制御できるようになりたい”と。
どうせなら、人を笑顔にできるように使いたい。
ミツバチとかプリンじゃなくて。
──そんなことを考えながら寝た翌朝。
教室に着くと、クラス中がざわついていた。
「おい、聞いたか? 昨日の夜、春人んちの犬がしゃべったらしい。」
「そうなんだよ!」
「え、なにそれ!? 録音したって?」
「聞いてくれよ!“バウ”じゃなくて“ナンデダヨォ〜!”って言ったんだよ!」
「マジで寿命縮まるかと思ったよ!」
……いや、ちょっと待って。
確か昨日僕、
「春人なんて犬に吠えられて、ビックリしたあまり少し寿命縮めばいいのに」
って思ったよな?
僕は机に突っ伏した。
ズレてるけど、確実に起きてる。
はぁ。
今日も世界は、僕のせいでちょっとだけバグってる。
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