第三話 共犯者の企み事

「村崎っ!!」

 NOA男子寮、309号室。

 大声で部屋に飛び込んできた同室の友人に、リビングで雑誌を読んでいた村崎志津樹は顔を上げて、何事だという顔をした。

「お前、なにしてんだよ!」

「は? なにが?」

 ものすごい剣幕で問いつめる高尾というルームメイトに、志津樹はついていけずに怪訝な顔をした。

「聴いたぞ!

 お前が三年の岩永って男の先輩に告白したって!」

「…………」

 高尾の言葉を聞いて、志津樹は無表情でポケットからスマートフォンを取りだした。

 その待ち受け画面をじっと見る。

「おい、人の話聴いてんのか?」

 志津樹の行動をいぶかしんだ高尾が尋ねたのと同時に、志津樹はスマートフォンの画面を閉じて、机の上に置く。

「噂流れるの早くない?

 俺、もう丸一日経ったのかと思って日付確認したよ」

 のんびりとした口調で、しかし確かに驚いた様子で志津樹は言った。

 高尾はそれに脱力して、呟く。

「そうだよな。お前そーゆーヤツだ…」

「どうも。

 で? 早くない?

 告白したの今日の放課後だよ?」

「俺からしたら転入した当日に先輩に告白するお前が“早い”よ」

 高尾は頭を抱えて床に座り込んでから、呻いてまた立ち上がる。

「人の多い場所で告白しただろ。

 加えてあの先輩は有名人らしいし」

「…あー、そういやたくさんいた」

「だったら人気のない場所まで踏みとどまれ」

 志津樹は頭を掻いて、「うーん」と呟く。

「…兄さんが見ようと思えば見れる場所じゃないと、意味ないと思ったんだよ」

「…は?」

 高尾には意味不明なことを言って、志津樹は悩んだ。

「確かにあの人のこと好きだよ。

 だから告白したんだし。

 だから余計わかんない」

「…お前の言ってることがわかんねー」

 兄から何度も聞いた“嵐”の話。

 あまりに賛美するから、志津樹の中でも美化されていた。

 賛辞の半分は兄の欲目だとわかっていたが、それでも兄の人格を信頼している。

 あの兄がここまで惚れ込む時点で、さぞ立派な人なんだろうと思った。

 一言も兄から聴いていない。

“嵐”と別れたこと。記憶を失っているということ。

 だから、出会って信じられなかった。

 兄は、あんなに愛していた相手を、記憶を失ったからと捨てるような人だったろうか。

 一年しか経っていないのに、その相手への愛情を完全に捨てきれる人だったろうか。

 岩永が自分の好みのタイプで、“好きになってみたい”と思ったことは否定しない。

 だが、半分は、岩永の言い分を嘘だと確かめたかった。

 人の多い放課後の中庭。

 兄がもし目撃すれば、止めに入ると思った。

 でも、兄は来なかったし、今も自分の部屋に来ない。

 問いつめもしない。

 高尾が知っているなら、噂だって聞いているはずだ。

 兄だけの異変なら、自分の思う兄と現実の兄は違ったというだけだ。

 しかし、岩永の方もわけがわからない。

 抱きしめただけで、泣きそうな顔をする。

 兄を覚えていないなら、いくら好きじゃない相手であってもあそこまで怯えない。

 精々戸惑うくらいで、ましてあっちは先輩で、「からかうな」と笑う余裕くらいあるはずだ。

 男として自尊心があるなら、尚更余裕を持って振る舞うはずだ。

 あの反応は、「恋人がいて、恋人を裏切ってしまった」ような反応じゃなかったか?

 でも記憶がない?

 それが本当なら、余計おかしい。

 なんで、あの人は兄を好きなんだ?

 兄を恨むことなく、なんであんな綺麗に「好き」だなんて言える。

「…ほんっとわかんない」

「俺もわかんねーよ。お前が」

「真面目に聴いてよ。

 俺の問題でつまづいてる場合じゃないんだから」

 志津樹はソファの背もたれに寄りかかって、天井を仰いだ。

「…あ、そうだ。

 お前がなんか“吾妻二号”って呼ばれてたんだよ」

 高尾がふと思い出した風に言った。

「なにそれ」

「今年四月に転校してきた三年の“吾妻”って人が、出会ったばっかの生徒会長に告白して、バトルったんだって」

「…それもまたわっかんない」

 なんで告白したあと戦うんだ?と志津樹は首をひねる。

「………ちょっと待って。

“吾妻”? 吾妻なに?」

「下の名前はわかんない。けど、今年の転校生で三年生だから、可能性はある」

「……」

 高尾の言葉に、志津樹はまた天井を仰いだ。

 お互いしばらく黙る。沈黙が落ちる。

 志津樹がふと呟いた。

「…はやく会いたいな」

「な」

 二人で顔を見合わせて、言葉にした。待ち遠しいように。

「一体いつNOAに来るんだろう。…藍澤さん」




「……………」

 寮の202号室。

 寝室で頭を抱えていると、扉がノックされた。

 寝室の扉をノックしたのが、流河だとわかるので、岩永は了承の返事をする。

「平気…?」

 流河が気遣った顔で部屋に入ってくる。後ろ手で静かに扉を閉めてから。

「…それは、もうばれとんねんな…」

 寝台に座ったまま、岩永は呟いた。

 自分が気落ちしている理由を、流河は知っているのだろう。

 まだ、志津樹に疑問をぶつけられたその日の夜なのに。

 しかし、流河は情報通だ。

「…いや、ね。

 実はさ、抱きしめられたとこをばっちり目撃しちゃったんだ。

 校舎の上からだったから、止めに入れなくてごめんね?」

 流河の気まずそうな言葉に、岩永は驚きでよっぽど噴くかと思った。

 なにも飲んでなかったから噴かなかったが。

「見たん!?」

「ご、ごめん。まさかあんなことになると思わなくて」

「流河が噂……なわけないわな。ごめん」

 自分と一緒でいろんなことに驚いている風な流河の顔を見て、岩永は言葉を途中で撤回した。

 悪い、と表情と声で心底語る岩永に、流河はふと柔らかく微笑んだ。

「大丈夫だよ。わかってる」

「…おおきに」

「…まあ、噂の広まりは早かったけどね。しょうがないんじゃない?

 時間帯が時間帯だったから」

「せやな…」

 流河も岩永も吃驚したことだが、既に生徒達の間で「岩永が二年の転校生(男)に告白された」という噂が流行中だ。

 あの時の時間帯が、まだ生徒が多く校舎に残っている時間だったせいだろう。

 窓の外を見ている生徒も多かっただろうし、コートでゲームをしている生徒も多かった。

「…そ、それにそんな大反響じゃなかったし!」

 沈んだ空気に流河は焦ってそう言う。岩永は首を傾げた。

「あのね、本人にすっごく悪いんだけど、“二番煎じ”扱いであんまみんな驚かなかったみたい」

「…二番煎じ?」

「ほら、前科者がいるじゃん。

 転入前日に生徒会長にプロポーズしてバトルったのが」

 腕を組んで苦笑した流河の言葉に、岩永はすごく納得した。

 思わず「あ、あー…」と長く伸ばした声が漏れる。

「吾妻クンの二番煎じみたいな感じなんだよみんな。吾妻クンの方がインパクト強かったからさ。

 だから、そんな騒がれないと思う」

「……吾妻に感謝?」

「しなくていいよ。あの時、彼はそんなつもりなかったんだし」

「それもそやな」

 頷いて、岩永はふう、とため息を吐く。

 少し、先ほどよりは落ち着いて。

「よかった。少しは整理できた?」

「ん? ああ、ありがと」

 流河がポケットに入れていた缶ジュースを手渡したので、岩永は両方の意味で礼を述べる。

 プルタブを開けて喉に流し込んだ。

「ただ、これで村崎に変なこと言うヤツがおるんやないか不安」

「変な?」

「…俺と付き合っとったやんか? …確か。

 それをみんな知っとるし。村崎、変なこと言われへんかな…」

「…大丈夫だよ」

 缶をぎゅっと握って、不安げな顔をする岩永に、流河は笑いかけた。

「せやかて」

「大丈夫。確かに、そんな無神経なヤツがいないとは言い切らないよ。

 でも信用して欲しいな。

 キミの周りには俺や白倉クンたち、仲間いっぱいいるじゃん。

 みんながそういう連中ほっとくかい?」

 寝台に座った岩永の前にしゃがみ込み、安心して、と明るく笑う。

 岩永はその笑顔に、堪らなくホッとした。

「…そやな」

「ね? だいじょーぶ」

「うん」

 にっこり微笑みかけて、流河は内心思う。

 心配するのは、あくまで村崎への迷惑で、それによって村崎がどう思うか、という展望はないんだな、と。

「…ねえ」

「ん?」

「つかぬこと聞くけどさ」




 それは流河が問題のシーンを目撃するおよそ数十秒前。

 職員室の傍の廊下で、窓の外を見ている吾妻と白倉を見つけた。

「あ、白倉クンに吾妻クンー! 二人揃ってどーしたの?」

 明るく笑いかけた流河に、吾妻だけが視線を寄越して指で窓の外を指す。

「? なにかあるの?」

 流河が首を傾げ、窓の傍に立って外を眺め、岩永の姿を発見したまさにその瞬間だった。

「「「!!?」」」

 驚きは三人分。

 岩永の肩を掴んだ志津樹が、岩永を抱きしめて、突き放された。

 岩永の茫然自失顔がここからでもはっきり見える。

 それから考えても、今のは間違いなく。

「…………告白、された…?」

 流河がおそるおそる、引きつって聞いた。

 白倉と吾妻は窓から視線を逸らさぬまま、

「された、なぁ…」

「されたね…」

 と答えた。

 志津樹が軽く頭を下げて、岩永から離れていく。岩永は見送るでもなくその背中を見遣って、まだ呆然としていた。

「はい、白倉会長」

 流河が手を挙げて、唐突に言った。

「なんだいきなり」

 窓の外から視線を逸らさないままの白倉に、流河は未だ引きつった顔で問う。

「現状把握しましょう。

 あれは二年の転校生だね?」

「そう」

「村崎クンの弟クンだよね?」

「そう」

「…憶測だけど、遊びであんなことする性格じゃないよね?」

「静流がやたら褒めてた弟クンだから、ないな」

「……じゃ、本気ってことだね?

 岩永クンにそういう気持ちがあるってことだね?」

「十中八九」

 聞いている吾妻は、内心よくそんなぽんぽん質問を思いつくなと思う。

 頭の回転は自分も速いが、弁があまり立たない。

 流河は両方長けていそうだ。

「オッケー。状況整理完了。

 吾妻クン、白倉クン」

 流河はぱん、と手を響かないように叩くと、二人を見つめてにっこり微笑んだ。

 どこか魔性という言葉がぴんと来る、艶やかな笑み。

 流河は普段、明るく人懐っこい笑みばかり浮かべているから、そんな顔をされるとその気がなくともドキッとする。

「村崎クンがどんな状態になってても、手出し無用ね。

 俺と優衣クンで全て請け負います。

 岩永クンと弟クンにはノータッチでよろしく」

「……流河?」

 うっかりドキッとしてしまった白倉は、反応が遅れて、歩き出した流河に慌てる。

 流河に眼を惹かれた白倉になにか言いたげにした吾妻も、流河を呼び止めた。

「なにするの?」

 流河は足を止めて肩越しに振り返った。やはり、魔性を秘めたような顔で。

「いい加減、村崎クンが馬鹿でやんなっちゃうの。

 だから、鬼だけど村崎弟は村崎クンのカンフル剤として利用します」

「……え」

「俺は、まだおとなしめな方よ?

 優衣クンとか、もっとやばいからね☆」

 流河は最後にウインクして、いつものように明るく笑う。

 そして固まっている白倉と吾妻を置いて歩いていってしまった。

「………あれ、やっぱり、村崎って岩永のこと…」

 その場に残されて数分後。やっと我に返った吾妻がそう呟いた。

 以前から気になってはいた。

 村崎の岩永への感情。

 嫌っている、疎んじているというよりは、未練を抱えすぎた結果冷たい態度になっているような気がして。

 あと、村崎は未だにあの事件に苦しんでいる様子だった。

 岩永のことを吹っ切っているとは思えない。

「…好き、だろうな」

「だけど…」

 白倉の背中を見つめ、吾妻は言葉を一旦切る。

「…避ける理由が」

 言いかけて、吾妻は口をつぐんだ。

 岩永が記憶を失った。それだけでも充分だ。

 だけど、「今の岩永も、村崎を好きなのに?」という疑問が頭を掠める。

 自分のことを全て忘れた。それだけで充分すぎるのに。

「……だから、」

 白倉は全てわかったように、苦笑した。

「流河や御園は、今の静流が嫌いやねん」




「――――村崎クンが、それに嫉妬するかも、って考えない?」

 真顔で、下から見上げられて問われ、岩永は一瞬、理解の及ばない顔をした。

「……れはないわ」

 そして、理解すると、傷付いた顔をする。

「…ごっつ、嫌われとるもん」

「未練があるかもしれないじゃん」

「あらへん。…報いないん、ようわかっとるもん」

 そうだ。

 自分は、報いがないことをよくわかっている。

 記憶の最初から、村崎は冷たかった。

 そうだ。

 優しくされた記憶も、笑いかけられた記憶もない。

「……なあ」

 泣きそうになりながら流河を呼んだ。

 流河と視線が合う。

「…俺、なんで村崎が好きなんやろ…」

 心細げに言うと、流河は目を瞑った。

「…わかっとる。そうや。わかっとるんや。

 村崎が絶対俺を見ぃひんこと。

 俺が村崎の記憶を思い出さへん限り、絶対俺を見ぃひんってこと。

 どうあっても“今”の俺ではあかんってこと」

「…岩永クン」

「ほな、やのにどうして俺は村崎を好きになったんやろ…」

 不安そうに揺れる岩永の表情を見上げて、流河はため息を吐きたくなった。

 村崎がしっかりしていれば、こんな疑問を岩永が抱く必要もないだろうに。

「意地悪な言い方するけど、理由がわからなかったら、村崎クンを好きではいられない?」

「……」

「キミも、記憶がなければ恋愛は出来ない、と言うかい?」

 流河は微かに呆れている様子だった。

 自分の発した言葉の矛盾に気づいて、岩永は息を吐く。

 流河の言葉を聴いている間、息を止めていたらしい。

「…あかん」

 そう答えると、流河はひどく驚いた。

「…記憶がなくても好きなんやもん。

 理由わからんけど、好きなんやもん。

 …好きやからしゃあないねん」

 言葉を続けると、流河は瞬きして、それから安堵したように笑う。

「…そうやな。

 記憶なくて、理由わからんけど、どうしても俺は村崎が好きやねん。

 わからんからって、じゃあやめるなんて出来ひん」

「うん」

「好きやから、好きなんや」

 はっきりと言葉にする。

 流河は立ち上がると、岩永の頭を優しく撫でた。

「うん。よくできました」

「…おおきに。助かった。あやうく迷走するとこやった」

「いーえ」

 流河は柔らかく微笑んで、小さな声で言う。

「ほんと、キミはえらいよ。

 誰かさんに、見習わせたい」

「…それ、村崎?」

 岩永の問いにも、流河は微笑んだままだ。

「好きなら、好き。

 それだけでいいのに、ね」

「…………」

 流河の呟きが誰に向けられているのか、岩永はわからずに首を傾げた。

 村崎だろうか。

 でも、そんなはずはないか。




 拳が壁にめりこむ音がした。

 たまたま運悪く廊下を通った生徒たちがびびる。

 その人物を見て、怯えて離れた。「ほら、村崎は岩永と」「岩永って今日」とか話す声が遠ざかる。

 村崎は重く息を吐いて、握りしめた指を解くと、壁から離す。

 よりにもよって、自分の弟が岩永に告白するなんて。

 あの弟だから、遊びやその場の流れはありえない。

 本気だと、誰より自分がわかる。

 だから、嫌だ。

 心穏やかでいるには、岩永への思いは、根が深すぎて。

「うっわー。壁えぐれとるやん」

 眼前でした声に、村崎はハッとして前を見る。

 優衣がそこに立っていた。

 村崎の視線に、にこりと微笑む。

「なに怒っとるん?」

 流河と優衣は自分への態度が似ているが、流河と決定的に違うのは、優衣の方がより毒舌できついという点だ。

 嫌味を隠さない。

「…知っとるクセによういうわ」

「え? それこそなんで?

 岩永って、自分はもう嫌いなんやろ? なに怒るん?」

 苛々する。怒りが刺激される。拳を握って堪える。

 優衣の言葉は、常に自分に対し直接的で攻撃的で、痛い。

「…あー、そっか。ごめん」

 不意にわざとらしく謝った優衣は、明るく笑った。

「逆やんな?

 大好きな弟クンが、嫌いな男に告白したんが嫌、てことか」

 傷を抉るような台詞に我慢は切れた。

 拳を握った手を、避けようのない距離に立つ優衣の顔面に振るった。

 だが、迫った拳を前に優衣は不敵に笑む。

 その姿は一瞬で消えて、拳は空を切る。

 村崎から百メートル以上離れた向こうの自販機の影から、優衣の姿が飛び出した。

 とん、と床に着地して、優衣は得意げににやにやとしている。

「わかっとるやろ?

 俺の能力はいろんな意味で、自分と相性悪いねん。

 俺の方はええけど」

 村崎は唇を噛んだ。自分が力を使っても、通用しない。

 優衣と自分の能力は、優衣の言うとおり相性が悪い。優衣にとっては勝ちやすく、自分にとっては負けやすい。

 たまに超能力で、どうあっても勝てない能力がある。

 それは、戦い方や使い方、能力的にどうしても相性が悪いからだ。

 自分と優衣の能力は、そういう関係に当たる。

「で? どないするん?

 そいつはやめとけ――――て言う?

 自分と岩永。もうなんの関係もあらへんのに?」

「黙れ」

「嫌やわ。黙らへんよ。

 やって、一度二度忘れられたくらいでそっぽ向いて話もせぇへん。

 あいつが一番きっつい時に逃げ出した。

 最悪の腰抜けの言うこと、誰が聞くかいな」

「――――黙れ!」

 村崎が怒鳴って、手を振るった。

 床から出現した岩が襲いかかる前に、優衣の姿は消えている。

 息も荒く、村崎は傍の壁を叩いた。

「…黙れ」

 その場には、自分しかいない。

 誰にわかる。

 全て、消えてしまった。なにもかも、自分が。

 彼の中で。

 殺されてしまった。彼の中で、彼の中の自分が全て。

 自分への思いも、なにもかも。

 あの日の、自分を好きでいてくれた彼はいないのだ。

 一度二度?

 他人に、なにがわかる。




「…あ」

 岩永が不意に、声を上げた。

 流河が紅茶を煎れている時だ。

 岩永は寝室で、学校で使っている鞄の整理をしていたらしいが、寝室から出てきた彼は青ざめていた。

「お守り見てへん?」

「お守り…って村崎クンに昔もらったヤツだよね?

 ないの? 俺は見てないけど」

「…あらへん。どこにも」

「………」

 岩永は泣きそうな顔で、その場にしゃがみ込んだ。

「どないしよ…村崎が拾ったら、絶対捨てられる……」

「……や、うーん。

 でも、さ。他の人が拾う可能性も高いじゃん?」

 流河はさっきの台詞を繰り返す。

「キミには味方が多いんだから」

 そう言って、笑いながらも、思う。

 もしそれが、村崎を動かすのに利用できるなら、する。

 鬼でもいい。

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