第二話 恋に警報

 とりあえず、その姿の吾妻を連れて歩けない。

 なにしろ、服装がやばいのだ。

 しかしそれはどうにかなった。

 転移の力を持つ流河がその場にいて、彼は優秀だ。

 白倉と九生の部屋に移動することにして、転移後、流河はまだ引きつった顔で言った。

 九生はあのあと外出したらしく留守だ。

「と、とりあえずさ、服、どうにかしなきゃ」

「だな。えっと」

 白倉と顔を見合わせ、流河は見たくなさそうに吾妻を見上げる。

 皮肉にも、女になった吾妻の身長は白倉や流河より若干まだ高かった。

「あ、やだ。すごい複雑。

 俺、普通なら女の子ってだけで好きだし、ましてこんな美人だし、でも吾妻クンってだけでやだ」

 流河はその場にしゃがみ込んで額を押さえる。

「やー、気持ちわかるけど、逃避したところでどうにかなるわけじゃないしな」

「うんそれはわかってる」

 白倉の言葉に、流河は立ち上がって頷いた。

 吾妻は現在、白倉のシャツとズボンを着ているが、白倉より高い身長と裏腹に若干肩や腰などが細いので、やっぱり微妙だ。

 状況がわかっているのかいないのか、のんびりとしている。

「服どうしよ?

 購買にも服は売ってるし、ブティックが寮にも入ってるけど、…男子寮に女物はないしね」

 女物の服が置いてあるブティックは女子寮にしかない。購買も同じく。

「…ていうか、どのみち先生方に言わないとだし、先生方に頼んだらどう?

 同じようにあの部屋入って被害に遭ったの大勢いるんだろ?」

「あ、そっか」

 そうだよね、と流河は頷き、じゃあ今から報告してくるね、と部屋を後にした。

 転移の力を使うだろうから、戻ってくるのも早いだろう。

 部屋に残された白倉と吾妻に妙な間が生まれる。

「…白倉」

 少し高めの、女にしては低い声は、甘さと艶やかさが滲んでいて、なんというか色気がある。

 呼ばれて白倉はびくりと身体を震わせ、おそるおそる吾妻を見た。

「そんな顔しないでも、形変わっただけだから。

 中身僕だし」

「うん。…それはわかってる。けどなんか」

 そこで言葉を切って、白倉はまた視線を逸らした。

「気持ち悪い?」

「や、違う」

「なら」

 急いて問うと、白倉はまた怯えた風に吾妻を見る。

 それが吾妻は気にくわない。

 が、彼の潤んだような瞳、赤く染まった頬に気づいて、あれ?と思った。

 視線をまた逸らして、背中を向けた白倉を背後から、声もなく抱きしめると悲鳴を上げた。

 面白くなる。

 こんな顕著なリアクション、男だったら絶対しない。

「白倉ー? この姿、どう?」

「み、耳元で話すなっ」

 動揺しまくった声で叫ばれ、吾妻の頬が緩む。

 赤い頬にちゅ、とキスしてやると、白倉は変な悲鳴を上げた。

 耳も赤くなる。

「ちょ、頼むから、はなして…」

「じゃあ、キスの理由おしえて」

「む、むり…っ」

 顔を覆いながら、必死な口調で、どこかたどたどしく言う白倉に、怒るよりもおかしくなった。

 可愛い。

「どうして? 話す気だったでしょ?」

「…そうじゃなくて…っ真面目な話だから」

「そんなの知ってるよ」

「だから、こんな……っ」

 白倉は身をよじって逃げようとするが、吾妻の力の方が今も強いのか、女だからと妙な遠慮が働いているのか、腕の中から抜け出せない。

「…こんな?」

「せ、背中あたってる…っ!」

 白倉は泣きそうになって言った。

 確かに、白倉の背中に吾妻の豊かな胸が当たっている。

 面白がって、背中に更にぐいと押しつけると、悲鳴がまた出た。

「…白倉も男だったんだねえ」

「ちょ、そんな感想いいからはなして」

「いや。これまでの恨みは晴らす」

「俺なんかした!?」

「いや、なんとなく言っただけ」

 吾妻は不意に、口元を緩めて笑い、白倉の身体を離す。

 ホッとした白倉の隙をついて、肩を掴み後ろを向かせて、白倉の顔を胸元に埋めるように抱きしめた。

「―――――――――――――!!! ――――――――――!!!」

 声にならない悲鳴を上げて逃げようとする白倉がおもしろくて、吾妻は手を離してやった。

「…!」

 白倉は素早く吾妻から離れ、隣の部屋の扉をあたふたと掴んで開き、隣の部屋に逃げ込んだ。

 顔だけ見せた格好で、情けなく「たのむから………」と訴える。

 さっきの扉を開く手も、ノブをなかなか回せず、それで更に焦って、がちゃがちゃ音を鳴らして。

 可愛いなあ、と吾妻は真剣に思う。

「そんな魅力的なの?」

 そんなことを聞きながら、しかし、解せないとも思った。

 普段、どんな女から羨望と熱い恋の視線を寄越され、時にアプローチされても平然と微笑んでいる男が白倉だ。

 吾妻は当然面白くないが、白倉がどんな美少女相手でも頬を染めることもなく冷静に対応するので、あまり危機感はない。

 この容姿端麗、眉目秀麗な白倉に声をかける時点で、女の子側には自信がかなりなくてはならない。みんな決まって、ある一定ラインを越す美人揃いなわけだが。

 だから、女の子からの視線もアプローチも、平気だと思っていた。

「……ていうか、中身が吾妻なんだもん……………」

 ああ、確かにそういう意味では複雑か、と思う。

「それに、お前あちこちあれだし…俺のこと好きなのは知ってるし、」

「胸とか?」

「わ――――――――――っ!」

 吾妻が何の気なしにシャツの胸元のボタンを外そうとしたので、白倉は絶叫した。

 隣の部屋に顔も引っ込めてしゃがみこんだらしい音。

「…冗談だよ」

「…マジやめて。ほんと泣きそう」

 すごく動揺した声。だから本気でやばいのだろう。

 でも、相手は自分の好きな人で、こんなに顕著に自分の挙動で戸惑う姿は見れなかったから、どうしたっていじめたくなる。

「白倉」

 今は裸足だ。

 近寄って、閉まってはいない戸口にしゃがみ込む。

 真横に見える白倉の顔が、これ以上ないほど真っ赤に染まった。

「こっち見て」

「いや」

「どうして、見慣れればいいでしょ?

 元に戻るまで、そんな風に避けられてると、僕はつらい」

「……………」

 悲しそうに言うと、白倉は少し心配した風に吾妻を見る。

 不安と、心配。それから意識しているような顔。

 眉尻を下げて、唇を参ったように歪めて。

 堪らない顔だと思う。

 手をそっと掴むと、顕著に震える。

 全く力のこもらない腕を引っ張って引き寄せると、身構えたまま、自分の方に倒れてきた。

 なんか、今の白倉は警戒して身を固くする小動物みたいだ。

「怯えなくても、僕は僕だよ」

「わかってる……」

「だから」

「怯えたわけじゃないし」

 白倉は思ったよりしっかりした声で言った。

 身体を離すと、やはり動揺して潤んだ瞳が自分を見上げる。

「…駄目なんだ。男の方全然平気だったのに…落とし穴だ」

「なんで?」

「……女のお前駄目。

 ……なんか俺のタイプど真ん中っぽくて、どきどきしてるから…ほんとはなれて」

 言い終わると、白倉はぷいっと顔を背けた。

 耳まで染まった姿。首も赤い。

 吾妻はしばらくぽかんとしてしまった。想定外すぎて。

 しかし、理解すると唇が歪む。綻ぶ。嬉しくて。

 自分が好みのタイプだと言った。しかもストライク。

 それを聞いて喜ばないはずがない。

 だって白倉は自分の好きな人。

「白倉」

 自分を呼ぶ声が、確かな喜びに弾んでいて、白倉は視線を寄越した。

 その白く、今は朱に変わった頬を手で包んで、そっと唇を重ねた。

 白倉の瞳が、見開かれたまま止まる。

 ゆっくり離して、手も退ける。吾妻が微笑むと、白倉はその場に座り込んだまま、泣きそうな顔をした。

「好みじゃない?」

 笑って言ってやると、白倉は右手を振り上げた。が、宙で止まって、身体の横に降りる。

「アホっ! だから、本気なったらどーすんの!?

 考え無し! ばかっ!」

 潤んだ翡翠と赤い目尻でこちらを見て、あまりに舌っ足らずに詰る姿が可愛くてしかたない。

 吾妻は嬉しそうに笑って言った。

「だから、本気になって?」

「………………」

 吾妻の台詞に、白倉は唖然とする。赤いまま。

「今決めた。

 元に戻るまでの間に、絶対白倉のこと落とす」

 これは、好機だ。

 今まで友人としてしか自分を認識しなかった、彼に自分を意識させる好機。

「………っ……………」

 白倉は金魚のように口をぱくぱくさせたあと、両手で顔を覆った。

「………ならんもん」

「なって」

「ならんもん~……………………」

 弱々しく反論しながら、白倉は混乱しまくって、小さく泣きだしてしまったので、流石に吾妻は後悔して、頭を優しく撫でた。




「元に戻れるかそもそもわからないんだけど、暢気だね。彼は」

「今は彼女やろ」

 当面の衣類を受け取って戻ってきた流河と、事情を聞いた岩永と夕が隣の部屋で顔を見合わせる。

「ちゅうか白倉しか頭にないんやな」

「え? なに、白倉の童貞もらう気?」

 夕が小声で聞いて、岩永に音が出ないよう叩かれる。

「両方もらう気なんやない?」

「…」

「君たちも、暢気だね………」

 流河は一人、白倉の気持ちがわかった気がして肩を落とした。






「でさ、吾妻クン、どこに住むの?」

「ん?」

 ちゃんと服を着替えた吾妻を見て、流河は若干馴れてきたのか普通に問う。

 まだ春だから、薄い長袖の胸元の露出していない服に、女性用のジーンズ。

 足がすらりと伸びていて、その稜線は確かに女性のなだらかさだ。

 というか、胸だけでなく尻も大きいので、目のやり場が本当に困ると夕は思う。

 露骨に困っているのは白倉で、彼は部屋の在らぬ方向を注視している。

 岩永は全然気にならないのか、普通に吾妻を見て平静を保った。

「ああ、それ?」

「うん。女子寮に特例で行くかい?」

 先生に聞いたら、無理じゃないんじゃない?と流河。

 吾妻は愁いを帯びた顔をして、首を左右に振った。

「俺はいいけど、向こうが複雑でしょ」

「…あ、そっか」

「部屋着姿とか見られたら、僕はそのうち男に戻るから、僕は気にしないけど、向こうは気にするよ」

「…だよね。軽率だった。ごめん」

 流河は片手を上げて謝る。吾妻は「いいよ」と笑った。

「せやけど、いくらセキュリティがええからって、男子寮に女がおるんはやばくあらへん?」

「僕だよ? 問題ないよ」

「お前はな。ただ、俺らはええけど…」

 岩永はそこで、相変わらず吾妻を見ない白倉を視線で示す。

「ああいうヤツの方が多分多いし、実力行使に出ぇへんヤツばっかやないやろ?

 性欲処理とか」

「怖いこと言うな」

 岩永のえぐい言い方に、夕は眉を寄せた。

 吾妻は全く気にせず、

「なら、誰かの部屋にいればいいんじゃない?

 信用できるヤツの」

 と案を出す。白倉の肩がぴくりと震えた。

「…まあ、それが最善策か」

 岩永は頷いてから、ふと、気づくと吾妻を見ていやいやと首を左右に振っている白倉に気づく。

 そして、吾妻の輝いた笑顔を見て、納得した。

「てことで、白倉、しばらくよろしく!」

「いやだ―――――!

 絶対そう来ると思った―――――――!」

 背後に素早く後退って、泣きそうな顔で嫌がる白倉に詰め寄り、吾妻はその身体を壁に押しつける。

 白倉の悲鳴が響いた。

「別にいいでしょ。

 ナニするってわけじゃなし」

「そういう意味じゃない!」

「え? してほしい?」

「すんな! 絶対すんな!」

「…とか言って、…嫌じゃないだろ? ほら」

 片手を白倉の顔の横につき、片手で髪を掻き上げて、蠱惑的に微笑んだ吾妻に、白倉は首まで真っ赤に染めて、吾妻の肩に力無くもたれてしくしく泣きだした。

「てことで決定なー」

「……………………なんでそうなんのぉ…………」

 勝った、とガッツポーズしながら白倉を抱く吾妻を見て、流河と岩永、夕は顔を見合わせた。

 顔を近づけ合い、声を潜める。

「…どうよ? あの、今までと雲底の差のガンガン攻めモード?」

「ちゅうか、ポジション逆やない?

 あれ、吾妻の方が男立場やん」

「ちゅうか、混乱して泣く白倉なんかいつぶりに見たっけ……」

 流河、岩永、夕の順だ。

 三人は顔を見合わせた後、まだ泣いている白倉を抱きしめる吾妻の、今は岩永より少し小さな身体を見つめた。

「……まあええか。白倉が童貞奪われてから考えたらええやろ」

「さらっと怖いこと言うなあ岩永クン………」

「ありえなくないから、怖いな、それ」

 三人はまた顔を見合わせて、ため息。

「あれ? でもいいの?」

 流河が不意に、吾妻に向かって言った。

「へ?」

「白倉クンの部屋じゃなく、吾妻クンの部屋に白倉クンがいかないと――――」

「…?」

 疑問符を浮かべる吾妻に、流河は苦笑した。

「忘れちゃったのかな? ここは、九生クンの部屋でもあるんだよ?」

「……白倉、僕の部屋行こうな!」

 吾妻は白倉をきつく抱きしめて、必死に言った。

 もちろん、九生とこの格好で過ごすのは嫌、という至極真っ当な意味ではなく、白倉と九生を同じ部屋になんて、というかなりずれた意味で。

 ちなみに白倉はまだ泣いていた。




「お前、ベッドで寝ろ。俺はソファで寝るから」

「え―――――――!!!」

 夜十一時。白倉に、やっぱり視線を逸らされたまま言われ、吾妻は不平の声を上げた。

「仕方ないじゃん!」

「なにが仕方ない?」

 吾妻は白倉の前で、寝台の上にあがると内股で座り、首を傾げた。

 計算尽くなのだが、それだけで白倉は真っ赤になった。

「…だから、寝てる間に」

「ん?」

「…………………ったらお前どうする…………?」

 白倉は赤く染まった、泣きそうな顔で言った。

 小さすぎた声だが、「勃ったら」と言った。

 そこまで意識されているのは嬉しい限りだ。

 今は別に抱かれてもいいし、最終的に自分が白倉抱けるなら。

 あと、白倉の処女と童貞両方もらうのも悪くないと本気で思う。

 それくらいには惚れているので。

「……まあ、白倉が嫌なら仕方ない」

 吾妻は視線を外して、胸元の服を片手で掴んで、寂しげに瞼を伏せる。

「…吾妻?」

「…んー……ちょっと、女だからかな? 不安定になってる。

 …元に戻れるか、わからないしね。虚勢張ってないと、保たないよ」

「……あ」

 白倉は胸が突かれた顔で、立ち尽くす。

 自分の白金の髪に手を突っ込み、逡巡したあと、吾妻に近寄った。

 寝台に腰掛ける。

「…すまん。嫌がってばっかで。お前が一番大変なのに……」

 吾妻だって、女になるのは嫌だろう。怖いだろうし不安だろうし。

 なのに好みだから困るとかいう理由で自分は背けてばかりで。

「ごめん」

 しかも、好みなんて言われたら、吾妻は悲しいだろう。

「だから、な、…一緒に寝て欲しい」

 寂しさと不安の滲んだ、頼りない声は、今は高い。さっきまでの色香はまるでなく、ただ不安に揺れて、愛らしい。

「駄目?」

 視線を向けると、泣きそうな黒い瞳とぶつかった。

 吾妻の手を進んで握ると、細かった。小さかった。

 普段、絶対に自分より大きくて、自分の手を全て包み込むあの手が。

「…うん。俺でいいなら、傍にいるから」

 勇気づけたくて堪らなくて、笑って頷いた。

 吾妻が内心、勝利の旗を振ってハイテンションで今すぐ雄叫びをあげたい気持ちを堪えていたことは、当然知らない。

 岩永は後日それを聞いて、「いらん才能まであるんやな、お前」と言った。




 寝苦しい。

 何故だろうと思った。

 朝だ。鳥の声がする。

 もぞりと寝返りを打とうとしたが出来ない。

 なんでだ、と瞼を無理矢理押し開けた。

 眠い所為で視界が利かない。

 だが、徐々に意識がはっきりしてくると、視界が利かない本当の理由に気づいた。

「っ―――――――――――――!!!」

 浅黒い肌、が目の前にある。

 なにか柔らかいものが頬を包んでいる。

 理解して白倉はシーツから飛び出して、寝台から飛び降り、壁の端っこまで逃げた。

「……な、な、な………」

 今さっきまで、自分の顔が埋まっていたのは吾妻の胸だ。

 背中向けて寝たはずなのに。

 しかも吾妻はシャツ一枚で、ノーブラだった。

「…ん?」

 吾妻が腕の中を満たしていたぬくもりの喪失に気づいて、瞼を開けて、起きあがる。

 寝癖の頭と、寝ぼけた顔。男の時はぼけてるなーくらいしか思わなかった顔が、可愛いと見える自分をどうにかしたい。本気で。

「…白倉、なんでそんなとこいるの?」

「ていうかなんで俺抱いてんの!?」

「さみしいから」

 即答されて、白倉はぐっと言葉に詰まった。

「じゃ、じゃあなんで下着…」

「サイズがあわんかったみたいで、苦しかった」

「……………」

 白倉は反論の手だてを失って、その場にしゃがみ込んだ。そういうことならしかたない気もする。

「あれ、白倉、」

 吾妻は不意に寝台から降りると、白倉を指さしてから、指を徐々に下に降ろした。

「…シたくなった?」

 白倉の股間を示している。若干、窮屈そうなそこ。

 白倉は真っ赤になって首をぶんぶんちぎれそうな勢いで左右に振った。

「朝だから。生理現象!」

「…ぬいてあげよっか?」

「は!? え、え!?」

 あまりに予想外すぎて、完全にパニクった白倉の眼前に立つと、色っぽく笑う。

「口で。うまいよ?」

「…ええええ遠慮します…………」

「じゃ、手?」

「………」

 言葉の見つからない白倉を壁に追いつめて、吾妻は不意に自分の胸元を見る。

 ここ?と胸を指さしたら、白倉は泣いた。




「ちゅうかなあ、吾妻って、アホか?」

 そのころ、岩永たちに事情を聞いた九生が、吾妻の部屋のリビングでそう言った。

 寝室の会話が聞こえたので。

 岩永が昨日、白倉から万が一と、合い鍵を受け取っていたのでそれで入った。

「…アホかもしれん」

「馬鹿じゃの。救いようがなか」

「助けてやらんの? 白倉」

 いつもなら速攻割って入るのに、と夕。

 九生はどこか冷めた顔で、

「お前はなんで助けてやらんのじゃ?」

「…やあ、…なんか、吾妻が怖いし」

「白倉が童貞奪われてからでもええかなあと」

 夕はうろたえ、岩永はドライに言う。

「九生は?」

「…最終的に泣きを見るのは吾妻じゃ。

 今の楽しんどる自分が道化だと知るじゃろ。わかっとるから止めん」

 九生の意味深な言葉に、夕と岩永は顔を見合わせ、首を傾げた。


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