第七話 次回に続く?

 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の試合終了を決める事項は、二つある。

 一つは、片方のHPが全てなくなること。

 もう一つは、片方の超能力を操るエネルギーがなくなること。

 大抵は前者が多いが、後者もなくはない。

 肉体を動かす力-「体力」と同じように、超能力にも力を操るエネルギーがある。

 体力に限界があるように、そのエネルギーにも限界があり、体力に個人差があるように、そのエネルギーにも個人差がある。

 それは大概はランクに比例し、低いランクの能力者はエネルギーの最大容量値が低く、ランクが上位のものは最大容量値が高い。

 特に吾妻は「底なし」の部類だ。

 話に聞くと、流河も「底なし」の部類に入る(?)らしい。

 何故「?」がつく、と聞いたら、「媒体」を使う能力者ほど一度に放出する力の量が少ないし、調整をうまくすればかなり長持ちする。流河はそれに大変長けたうえで、最大容量値も高いらしい。

 見物していた時波たちの話では、流河はいつもよりかなり放出する力の割合を多くしていたそうだ。それでも、現実完衛は敵わなかった。

 ランクの差だ。

 流河が最後に意識を失ったのは、それもあると言う。

 力の消耗が激しかったから、疲労困憊したのだろう、と。

 試合終了時に意識を失う大抵のパターンが、それか、もう一つ、最後の一撃で壁に叩き付けられたりした場合。

 超能力の衝撃は戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉では、実際に身体には当たらない。

 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉は大変優秀で、今まで負傷者が出たことはほぼないという。

 ただし、相手が吾妻のような広範囲を浸食する能力者の場合、多いのが、最後の一撃が壁まで吹っ飛ばすような大技で、壁にぶつかった「肉体的な」衝撃で意識が飛ぶ、というパターン。

 それでも、身体に異常が出ないようには補助されるから怪我にはならないとはいえ、痛いことは痛いし、眼が回る場合は回る。

 流河は、両方で意識が落ちた。




 医務室を訪れた吾妻は、奥の寝台に眠っている流河の顔を見下ろし、考えるように視線を伏せた。

 背後で扉が開く。誰か入ってきた。流河の友人だろうか。

 すると、吾妻の腕を叩く手の感触。振り返ると、白倉だった。

「白倉」

 吾妻は名前を呼んで、それから顔が熱くなるのを自覚した。

 顔が赤く染まったのだろう。白倉は気まずそうな顔をする。

「どうだった?」

 それでも、彼はここに来た本題だろう台詞を口にした。

「…試合?」

「うん」

 間に流れるのは、なんともいえない甘いような酸っぱいような、微妙な空気だが、話の内容は色気がない。

「…驚きの連続っていうか」

「うん」

「すごく驚いたけど」

 吾妻は口元に手をやった。

 手で隠した口元が、笑う。楽しげに。

「すごく、楽しかった…かな」

 白倉も、その言葉の意味はわかったので、「そう」と嬉しそうに微笑んだ。

「最初の戦闘試験の感想としては、上々だ」

「うん」

「よかった」

「…うん」

 頷く声は、震えてしまった。白倉が驚いた顔を向ける。

 やばい。

 だって、この部屋の空気。甘いような、なんとも言えないような。

 だって、自分にしたキス。あれは、なに?

 どう受け取ったらいい?

 冗談なんかじゃない。そんなこと、白倉はしない。

「…ところで」

「へぇっ?」

「………」

 変な沈黙が、その場の妙な雰囲気を一気に掻き消した。

 唐突に真面目な口調で話しかけられ、吾妻が大変間抜けに裏返った声を発したので、白倉は無言で吾妻を見上げてきた。

 なんとも言えない顔をして。

「…『へぇっ』ってなんだよ。聞きようによっちゃ『ふぇっ』って聞こえる」

「ごめん。ついうっかり」

「うっかりなあ」

「…ごめん、掘り返さないで」

 吾妻は自分の顔を両手で覆ってしゃがみ込む。

 その耳が赤い。これは、羞恥だ。

 それを見て、白倉は見えないように、くすりと笑った。

「…で、な」

「…」

 頭を切り換えるように、真面目に聞こえるよう発音された白倉の声。

 吾妻は顔を上げる。

「お前、嵐となんかあった?」

 白倉の、不安そうな顔と眼が合い、吾妻は今度は言いようのない後悔が戻ってくるのを味わった。

 黒い瞳が、辛そうに伏せられる。

「…あの、怒ってた?」

「…怒ってないけど、なんか気にしてる風だったから」

 吾妻は、怒っていてくれた方がマシだと思った。

 自分が悪いのだから。自分が無神経に言ってしまったことなのだから。

 でも、怒ることすらしなかったのは、自分に気を遣ったのか、あるいは怒れないほど深刻な場合。

 後者ならば、胸が塞がれるような気分になる。

「…あ、の、…頭、剃っとる、老けた、村崎とかいう」

「ああ、静流」

「…そいつとのことで、僕が無神経なこと言った」

「…そうか」

 白倉は翡翠の瞳を何度も瞬いて、最後に納得した。

 責める口調ではなくて、吾妻は驚く。

「…別に、責める気で聞いたんじゃないし」

 吾妻の表情を見てとって、白倉は微かに笑った。

「それに、その顔見たら、自分が悪いの理解してるみたいだから」

 それならかまわん、と優しい口調で言った。

 胸が痛くなる。なんて言ったらいいかわからない。

「白倉も、みんな、器がでかすぎだよ」

「みんな、なあ」

「僕が話した『みんな』」

「九生は?」

「そこはわからん」

 そこははっきり言い切らなかった吾妻に、白倉は小さく笑う。

「………謝る。今日中にちゃんと」

「そうか」

 白倉はやっぱり、優しい声で背中を押すのだ。

 それに、泣きたいような気持ちになる。

 辛くて、切なくて、安堵して。

「…」

 吾妻は立ち上がる。

 白倉はまた、自分より高くなった頭を見上げた。

「……そういや、なあ」

「うん」

「…あれ、」

 白倉が歯切れ悪く口にした。

「…本気にすんな?」

「……」

 吾妻は自分の足下を見つめていたので、そのまま目を見開いてしまった。

 勢いよく白倉の方を向く。

「……キス?」

 吾妻に具体的な呼称を出され、白倉は怯えたような顔をした。

 頷く。

「………ああ、まあそうだね。今の白倉に僕への恋心があるはずない。まあそういうこともあるね。まあ、そうだ。男だし、女々しいことは言わない」

 そしたら吾妻がぶつぶつ明らかに気にした女々しい口調で続けたので、白倉は逃げたくなった。

「お前、ファーストキスじゃないじゃん?」

「なにを根拠に」

「顔かたちで」

 だからいいだろう。と断言したい白倉を見下ろし、吾妻は傷付いた顔をした。

「まあ、はじめてとは言わないけど、好きな人とのキスは特別だよ。

 誰でも。誰でも」

 二度繰り返されてしまい、白倉はますますいたたまれない。

「ああ、白倉もはじめてじゃなかったね」

 だが、蔑みの混じった声で言われた言葉にかちんと来て、吾妻を見上げる。

「はじめてに決まってる!」

 怒鳴りつける勢いで言ったら、吾妻は眼をまん丸にして白倉を見つめた。

 ひどく驚いた様子で、自分を見下ろす。

 しまった。いやこれでよかった? しまった? どっちだ?

 傷付けるのは嫌だし、誤解されるのも嫌だし、でも傷付けたくないし。

 白倉の中で相反した気持ちが渦巻く。

 吾妻の唇が動いた。なにかを話そうと。しかし、


「お取り込み中申し訳ないんだけどー、そーゆーの、別室でやってくんない?」


 という、呆れた声に割り込まれ、吾妻と白倉は顔を真っ赤にして寝台の方を振り向いた。

 そこには上体を起こして、シーツの中で立てた膝にひじを突いた流河。

「気持ちよく寝てるのにさー、人の頭の上でバカップルよろしくな会話されたら起きるよ。眼が覚めるよね」

「…すまん。でも、バカップルじゃないから」

 白倉は赤い顔のまま、すまなそうに返す。

「じゃ、……なんだろ?

 馬鹿…馬鹿」

 流河はなにか言葉をひねり出そうと考え込む。

 吾妻は顔を赤くしたまま思う。無理に言わなくていい。

「…ああ、バ片思い」

「…………大きなお世話だよ」

 流河の言葉に、吾妻は力無くつっこんだ。

 流河は「まあいいや」と言って伸びをし、寝台から降りる。

 疲れて眠っていたらしいから、ある程度睡眠をとって回復したのだろう。

 吾妻は流河がここに運び込まれてから数時間後に訪れたから。

「果たし状は悪かったね。

 どうしても戦いたくてさ」

「別にいいよ。もう」

 改まって言われ、吾妻は急に照れくさくなった。

 素っ気なく返す。楽しかったし。

「だけど、予告通り当たったのは」

「嫌だなあ。俺言ったでしょう?」

 流河は指を、ちちち、と振って微笑む。

「ラッキー流河。どんな幸運をも呼ぶ男。そういうお話」

 自分を指さして、自信満々に堂々と言った流河に、吾妻はつられたように頬を緩ませた。

 それでいいか。もう。

「まあ、今回は負けたけど、次は負けないよ」

「…ん?」

「いやだなあ。高校卒業まで一緒なんだから、俺と吾妻クンがまた当たらないはずないでしょう?」

 眉をひそめた吾妻の頬を指でつつき、そのまま頬を横に押して、あらぬ方向を向かせて彼は楽しそうだ。

「次に当たる時までに、倒せるように強くなるので、期待してて」

 吾妻は視線を戻して、流河の笑う顔を見て、力が抜けたように笑う。

「…覚えとく」

「うん。じゃ、俺は自分の部屋に戻るよ」

 もう放課後みたいだしね、と言い、ひらりと手を振って、流河は医務室の扉に向かう。

 なんとなく見送った吾妻と白倉の視界の中で、彼はなにか思いついた風に足を止め、振り返って、

「ああ、そうそう、キミに送った果たし状は俺のものだけど」

 悪戯に笑む。

「果たし状をキミの額に張り付けた人間と、礼拝堂でキミが話した人間は、俺じゃあないかもよ?」

 意味深な言葉を残して、流河は「じゃあねー」と楽しげに手を振って扉を開け、いなくなってしまった。扉が閉まる。

「……???」

 意味がわからず固まる吾妻の肩をつついて、白倉は説明した。

「だから、単独犯じゃない、ってことだろ?」

「……え」

「俺もそう思うしな。お前の額に紙を貼り付けるの、流河の力だと無理だし」

「………………」

 つまりもしかして、また誰かに戦いを挑まれなければならない?

 その感情がありありと出た視線に、白倉は頷く。

「ここは、そういう学園だ」

 俺もそういった奴らに全く狙われてないって言ったら嘘だし。と白倉は淡々と言った。




 翌日、吾妻は食堂で岩永を捕まえて謝った。

 岩永は、自分を呼び止めた時の吾妻の顔で察したのか、優しく「構わない」と言う。

「諦め悪く映るんはしかたないし、でもまだ、諦める気はあらへんから」

 と、強い瞳で語る岩永に、吾妻も少し勇気づけられた。

 自分も頑張ってみよう。

 まだまだ、出会ったばかりだ。

 本当はあの言葉が気になる。

 過去になにがあったんだろう。もし白倉のことを指すならば。

 自信たっぷりかと思えば、不意に儚げに見える横顔。

 本当は、知りたいことが沢山ある。


 微笑んで落とされた、噛みつくような、あのキス。

 妖艶な、笑み。


 本当は、知りたい。

 キミの、沢山のこと。

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