第四話 挑む預言者
トレーニングルーム。
一人、黙々とトレーニングに励む姿がある。
十個ある仮想戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の一つから出てきた彼を、腕を組んで迎えたのは同じ組の生徒。
「どうやった?」
素っ気なく問われ、彼は苦笑する。
大袈裟に落ち込んだ仕草をすると、眼鏡の男が鼻で笑った。
そんな柔な人間か、お前、と。
「うーん、白倉クンたちに勝てないのはしかたないんだけどね、今はまだ」
「まだ、な……」
なにか含んだような口調に、黒髪、眼鏡の御園優衣は視線だけ向けて、あまり興味を強く見せない。
「岩永は?」
「あれもちょっと難しい感じなんだよね。
正式なデータっていうけどさ、彼の場合、一年前の前提があるじゃない。
そのデータは入ってないんだもの」
「それ、余所で言うたら白倉にフルボッコやぞ」
「わかってます」
トレーニングルームには、今は二人しかいない。
声は潜められていない。
「キミの従兄弟には勝てるかな。
彼は俺より下位に入るから」
「ケンカか?」
「キミには売ってないよ」
優衣のランクは、夕と同格だ。
とはいえ、どっちが強いとは言いきれない従兄弟二人だが。
「残念なことに、吾妻クンのデータはないじゃない。
シミュレートできない」
「ああ、あいつまだ戦闘試験受けとらんからな」
「なんでだろうね」
いくら教師の采配次第とはいえ、吾妻が転校してきて約二週間。
そろそろ戦闘試験を組まれていいころだ。
いくらSランクとはいえ。
「…」
「お前、なに考えとる?」
優衣に不意に問われた。それは、男の妙な沈黙を、読みとった優衣の詮索。
「……これは予言と、他の誰かなら言うね。でも、俺は断言してもいいよ」
ポケットから取りだした扇子。開いて、彼は微笑む。
「吾妻クン。彼と一番最初に戦うのは、俺だ」
橙色の髪。彼は不敵に言い切った。
「ほな、楽しみにしとくわ。流河」
「うん、楽しみにしといて。是非」
扇子で自分を扇いで、流河はにこやかに言った。
その日の昼食は、購買で買って中庭で食べることになっている。
購買といっても、Sランクは無料だが。
噴水傍のベンチに座って、吾妻はパンを袋から取りだした。
「あれから、ちょっとは静かだな」
「ちょっと、な」
白倉の言葉に、吾妻は少し疲れたように答えた。
「宣言だけでなにもしないヤツもいるから」
夕の言葉に、吾妻はげんなりする。
「…あ、だけど」
「ん?」
「こいつは、絶対正面切ってくる」
「…」
確かな確信を持って、吾妻は言った。
夕と白倉が目を丸くする。
「なんとなくの、勘だけど」
「…そうか」
岩永は目を細め、そう返した。
「お前が言うと、ほんまっぽいな」
「ああ、ありがとう」
「あんま褒めてへんけど」
自分の買った焼きそばパンを食べながら、岩永は吾妻の礼に素っ気ない。
「せやけど、ハサミしか情報ないんやろ?」
「まあ」
「ハサミを地面に埋め込むくらいやったら、大抵の力はでけると思うで」
それを言われてしまったら、そうだと頷くしかない。
大抵の力は、使いようで可能だ。
たとえば、白倉の念動力や、夕の風も可能。
「まあ、実際は戦闘試験で戦いましょうってことなんやろ」
「…先生次第だよね?」
「それはそうや。
…やから、余程自信家なんちゃう? 自分と絶対当たるっちゅうアホ。
あるいは、宣戦布告した結果、相手が誰であれお前の精神が乱れて負けるとこが見たい、とか」
「あー………」
岩永の言葉に、吾妻は一応頷いたが、半信半疑だ。
そんな賭けや工作をするような、相手とは思えない。
「…」
パンを一口かじって、白倉を見る。
「この学園で、情報通って言ったら誰ね?」
「情報通?」
あいつは、そんなことをほのめかしていた。
「そうだなぁ。
けど、何人かはいる。一人には絞れない」
白倉はそう言う。岩永も頷いた。
お互い、吾妻に起こった事態を本気で捉えていないような態度だ。
口では、吾妻の問いが「犯人探し」だとわかっているのに。
あいつも、超能力を使ってきたが、誰かが罰されたという話はない。
ちゃんと調べたから確かだ。
今の週番は、自分と白倉のみ。
「…複数でいい」
「…たとえば、御園。九生。
引っかかる名前は一つだけだ。
御園。
九生はまずない。あり得ない。
他の名前は知らない。
「あと、流河か」
最後に出た名前に、膝に置かれた吾妻の指先がぴくんと跳ねた。
「そのくらいだ」
「……ふうん」
口では気のない返事で、パンをまたかじる。
飲み下せないなにかが、喉に引っかかる。
流河。
「……なあ、」
問いかけようとした瞬間、噴水の水が弾けた。
空に急上昇して、勢いよく降ってくる。
吾妻は隣の白倉の服を掴んで、離れた位置のベンチで腰を浮かせた岩永の腕の中に突き飛ばした。
手の平に炎を生みだし、噴水の根本に叩き付けた。
濃い蒸気が発生する。
手で炎を操作し、炎を追うように走る蒸気で、自分の前に壁を作った。
そのタイミングで飛来した閃光が、蒸気の壁に散っていく。
「………」
第二波は来ない。
吾妻は視線を校舎に向けたまま、無言だ。
身体が水に濡れている。
「やっぱり」
「吾妻、お前、大丈夫か…?」
夕が心配そうに近寄ってくる。
噴水はまた、正常に水を噴き上げ始めた。
これは、一応『正当防衛』で済む。そもそも自分は週番。
「……なあ」
「うん」
「『超能力使用禁止』。これどこまで?」
吾妻の、濡れた髪を掻き上げた手の下からの視線に、夕は一瞬息を呑んだ。
それで充分だ。
吾妻は歩き出す。夕の横を通り過ぎる。
「シャワールーム行ってくる」
「ああ、着替え持ってこうか?」
「頼む」
白倉を抱えたままの岩永に頼んで、その場を離れた。
広いシャワールームは、校舎内にいくつかある。
吾妻が使ったのは三階のところだ。
「吾妻」
シャワーのカランを掴んで、湯を止めたところで岩永の声がした。
「適当に持ってきたけど」
「ああ、ありがと」
個室のシャワールームから出て、岩永の持ってきた服の中にあったタオルで身体を拭く。
特に同性の裸など気にならないのか、岩永は個室から離れた椅子に座って、普通に吾妻の顔を見た。
「ようわかったな」
「うん?」
「攻撃箇所」
岩永は不意打ちに本題に入る。
それがさっきの襲撃だとわかって、吾妻はああ、と呟いた。
「本体は校舎内におったやつだろ。
噴水のは、ただの誤作動。超能力じゃない」
「誤作動起こしたのは、犯人やろうけどな」
「ああ」
岩永は足を組んで、膝に手を乗せる。
「発火能力は不便だから」
「ん?」
岩永はなんだ、と吾妻に視線を寄越した。
「あんた、聞きたかったんじゃないの?
僕がわざわざ噴水に近寄ったこと」
「…ああ。お見通しか」
「まあな」
吾妻はタオルで拭き取った身体に、下着を身につけながら答える。
「発火能力は、単体じゃ防御に使えない。
まして、あの状況はなんの力が来るかわからない」
「…蒸気の膜を使うしか、ってことか」
「白倉達は、出来る限り助けなかっただろうし」
「………。…」
岩永は顕著に押し黙ったが、「どうやろう」と沈黙の終わりに言った。
「あれは、犯人?」
そのうえで、吾妻は問いかけた。
「ちゃうやろうな。あれは果たし状に乗っかっただけの馬鹿や」
「だろうね」
椅子から立ち上がり、岩永はにっこりと笑った。
「まあ、がんばれや」
「……」
その笑顔に、不意に思い出した。
だが、聞くのを止めた。
シャワールームから出ていくようで、岩永は扉の方に歩いていく。
扉を開けた瞬間、扉を開けようと外にいた男と目が合った。
あの、村崎という男だ。片手に服。
自分が開けるより早く開いた扉に驚きはした様子だが、すぐに無表情になった。
「あ、…」
岩永の視線と表情が、露骨に戸惑う。
「…の、…なんかあった? 授業…」
問いかけに覇気はなく、既に沈み気味で、村崎という男は案の定無言で扉を閉めてしまった。靴音が遠ざかる。
「……」
岩永は無言で、扉の前に項垂れたが、吾妻の存在を思い出して笑った。
「…嫌われてるの?」
「……、うん」
直接的な質問に、岩永は微かに傷付いた顔をひらめかせる。
「なに、しても、あかん。…やから、生理的に」
「…あんたの態度が卑屈な気もするよ」
「……」
吾妻の言葉に、岩永は目を瞑った。
「あれじゃ、村崎ってやつも嫌がって…」
瞬いた瞳が、顕著に揺れる。
俯いて、岩永は呟いた。悲しそうに。
「そうやな」と、痛そうに。
先ほど閉まった扉を開いて、出ていってしまった。
また閉まる扉の音を聞いて、吾妻はしまったと思う。
そんな理由じゃない。きっと。
彼は本当に努力して、でもだめだったに違いないのに、つい。
「…ひどいこと」
言った。そう心底思った。
「そうやな」
背後からの声。本気で驚いたが、だんだん慣れてきた。
吾妻は声も上げずに振り返る。
「いつからいたの?」
「そんなん自分で考えぇ」
優衣だ。
腰に手を当てて、軽く笑っている。
シャワールームは一つ一つ、仕切があるから、そこの一つに隠れていればわからないが。
「人が悪い」
「そんなん承知済みや。俺は夕と違うねん」
笑んだまま言い切る。こいつも、面の皮が厚いと思う。
「…さっきの見たで。すごいな」
「…どうも」
「お世辞ちゃうって」
優衣はからから笑って、吾妻のシャツを着たばかりの肩を叩く。
「ええな、発火能力」
「どこが?」
「そうなん?」
てっきり、優衣は「ええやろう」と重ねてくると思った。意外な返事に、吾妻は少し驚く。
「お前が言うなら、そうやろ。
俺はええと思うだけや」
「……」
「あ、なにその変なヤツって視線」
「そのまんま」
「ひどいなぁ」
大袈裟に傷付いた演出の優衣の声を聞きながら、吾妻は乾いていくシャワールームの床を見た。
「…全然よくない」
「………」
「傷付けるばっかで」
せめて、白倉のような力だったら。
夕みたいな力だったら。
守ることは、出来たはずなんだ。
いつだって。
服をきちんと身につけて、吾妻はシャワールームの扉を開けた。
「お前がそう思うなら、しゃあないなあ」
優衣のそんな声が、耳に残った。
自分の本性は、炎に近いのかもしれない。
そんなことを思う。
岩永の傷付いた顔が、頭から離れない。
廊下を歩く足が止まる。
気配を読む。背後の気配以外、ない。
人気のない場所だ。考え事をしていると、どうもいけない。
「…」
神経がとぎすまされる。確信が芽生える。
こいつは、防ぎきるだろう。そんな確信は、今までに積んだ戦闘経験の勘。
振り向き様に発生させた炎が燃え上がって、廊下の壁を走る。
背後に立つ相手を包む。
炎の中に相手の姿が消えたと思った瞬間、炎が切り裂かれた。
なにかの軌跡だ。
男が振るう、なにかの軌跡に従って、炎が切り裂かれ、彼の持つ物に吸い込まれていく。
「ひどいなあ。殺す気かい?」
軽妙な口調。明るい髪。
「…あんた」
睨み付ける吾妻の視線を真っ直ぐ受け止めて、流河は微笑む。
片手に持つのは、紙と木で出来た扇子。それで廊下の端から端まで炎を切り裂き、全てを扇子に吸い込んでしまった。
「…手加減はした。だけど、あんた」
「…今度こそ、ホントの自己紹介しようか?」
彼は扇子を閉じて不敵に笑った。先日出会った時の、人なつこさは嘘のようにない。
鋭利な刃物のように光る瞳が自分を射る。
吾妻は彼が「犯人」だと確信する。
「三年一組。Aランク最上位。
能力は物質変換。
流河理人。――――キミに送った果たし状の主」
吾妻は一歩、流河から距離を取る。
流河は構えた扇子を振った。
「今戦ったりしないよ。言っただろう?」
『キミは近いうち、必ず俺と戦う』
「だけど、それはただの」
「予言じゃないんだ」
流河はどこまでも不敵に言った。
得体のしれない加護があるように。
「三日後の戦闘試験。
キミは必ず俺と当たるよ。
これは予言じゃない。現実だ」
空はまだ明るい。まだ昼間だ。
けれど、彼の背後に、暮れゆく夕陽が見えた気がした。
赤い閃光。逢魔の光。
不確かで、流河の言葉を助長する。
それはただ、屈折の加減で、そう見えただけの日差しだとしても。
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