マーガレット咲く野原で【女神《ルラ》戦記・前日譚第4弾】〜フエルサ・デル・リオモンテスの両親の物語。甘く、切ない恋の行方

マツモトコウスケ

第1話 デル飛空艇工房

 ルラヴィア公国、第三の都市バルデナール。

 商都として知られるこの街の郊外に、小さな飛空艇の修理工場があった。


「デル飛空艇工房」


 田園風景の中の、赤いトタンのトンガリ屋根が目印だ。

 昔、飛行船の格納庫に使われていたらしい。

 幅に比べて前後に長く、高い屋根の建物。

 工房の前には、修理を待つ機体があふれんばかりに並んでいる。

 建屋の裏側には廃棄された古い機体が置かれていて、こちらは部品取りに利用されている。


 デル飛空艇工房には、バルデナールの大学から、たくさんの学生が訪れる。

 人気の店だから?


 いや。


 彼らの目当ては、デル飛空艇工房の看板娘、レナータ・デルに会うことだった。

 いつも笑顔で、工房の職人たちのあいだを、ひらひらと飛ぶ蝶のように走り回るレナータ。

 家のこと、工房のこと、いつも忙しそうに立ち働いていた。

 父親である親方や職人たちが、いつも油まみれで働いている中で、ブラウスにチェックのスカートという姿のレナータは、いつもキラキラと輝いて見えた。 


「やあレナータ! 今日もきれいだね」


「レナータ、こんど僕とデートしないか?」


「レナータ!

 二人乗りのカバルタを買ったんだ!

 後ろに乗りなよ!」


 そのたびに、父親のエステバンの怒鳴り声が工房に響くのが、デル飛空艇工房の日常だ。


「おいお前ら!

 うちの娘にちょっかいだすんじゃねえ!

 それにな! お前ら看板が読めないのか!?

 うちは飛空艇の修理工場だぞ!

 冷やかしはお断りだ!

 帰った帰った!」


 学生たちが押し寄せるようになったきっかけは、飛空艇専門誌の取材を受けたことだった。


 ——デル飛空艇工房が自主制作した、一人乗りの飛空機、”モデロ1ウノ”。

 これまでの飛空機より軽く、扱いやすいのが特長だ。

 空力が小さい人でも飛ばすことができるように開発された。

 しかし、専門的な訓練を受けていない市民が、いきなり一人で飛空機を飛ばすのは難しい。

 飛空士の補助と指導が受けながら練習飛行ができるように、二人乗りの飛空艇”モデロ2ドス”も開発中…… 


 その記事に添えられた写真の一枚に、むさくるしい巨人エステバン・デルと並んでレナータが写っていた。

 そのレナータの笑顔に、心を射貫かれる若者が続出したのだ。

 若者たちは蛮勇を発揮して、バルデナールの街から続々とデル飛空艇工房を訪れた。


 最初は、あの美少女を一目見たいという野次馬根性で。

 そのうち、レナータに声をかける者が現れて、花束を持って来るやら贈り物をするやら、なんとかしてレナータの気を引こうとする若者で、デル飛空艇工房は連日大盛況となっていった。


 今のところ、レナータのハートを射止めた学生は、まだ、いない。


 ◇


「親父さん…… これ、どうですか?

 流れてる空力の量を可視化できたら、なんかの役に立つかなと思って作ってみたんですけど」


 ひとりの若者が、エステバン・デルに声をかけた。

 アンドレアス・リオモンテス。

 こいつもバルデナール大学の学生だが、他の連中とはちょっと雰囲気が違う。

 数週間前、雑誌が出た前後にやってきて、ここで働かせてほしい、と言ってきた。


 今、工学部で飛空工学を学んでいて、卒業したら飛空士になりたい。

 飛空艇の構造や仕組みは教科書で学んできたが、実際の機体に触って理解をしたいのだ……と。


「へえ、面白いじゃねえか。

 お前さん、ちょっと空力流してみろよ」  


 アンドレアスが、装置から生えている導管に触れて、静かに空力を流し込んだ。

 導管がブルブルと震え、装置に付けられたメーターの針が振れ始めた。


「ほお! なるほど!


 こりゃあいいかもしれないな?

 導輪の近くと、翼の近くに付けておけば、空力がどれくらいロスしているか見えるようになる」


「そうなんですよ。

 出してる空力が足りないから飛べないのか、空力は十分流しているのに、機体側の問題で飛べないのか、原因の切り分けができるはずです」


「よっしゃ! その装置、うちが買い取るぜ! 

 『独占使用権』ってやつだ。

 どうだい? 50ルラは出すぜ?」


「冗談でしょう?

 50ルラあったら、上等なレストランでワイン付きの食事ができちゃいますよ? 

 勉強させてもらって、お給料までいただいて、そのうえさらにそんな大金、受け取れませんよ」


「なんだい、遠慮すんなよ!

 学生だって、物入りだろうが?」


「ええ……まあ」


「いいから持ってけ。

 おい! レナータ!

 母さんに言って、アンドレアスに50ルラ払ってやってくれ。

 この装置の、『独占使用権』を買い取ったんだ!」


「あら、いいお話?

 ママに言っておきますね。

 ……アンドレアスさん、洗濯物、ないですか?

 今洗ってきちゃいますけど。」


「あ、大丈夫です。ありがとう」


 レナータはにっこり笑って、そのままひらひらと歩いて去って行った。 


「なあ、アンドレアス……

 ここのところ、変なのがたくさん来て、レナータに声かけてるだろう?」


「ええ」


「どこの馬の骨かもわからない、あんな連中にレナータがなびくとは思わないが、父親としては心配でなあ。

 アンドレアス。おまえさんなら、安心なんだがな。

 この金で、レナータを、バルデナールのどっか評判のいいレストランにでも連れてってやる気は、ないか?

 金が足りないんなら、もっと、渡すぞ?」


 

   ◆

 

 

「あなた……

 レナータのことが心配なのはわかりますけど。アンドレアスくんにレナータのことを頼むなんて……

 アンドレアスくん、まだあのこと知らないんでしょう?

 レナータの不自由のことを知ったら、アンドレアスくんがどう思うか……

 レナータがかえって傷つくことになりませんか?」

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