第42話 破滅
近衛騎士達の居並ぶ前に一人立っているのは居心地が悪いなどと考えていると、王国騎士団の騎士に連れられて次の男が現れたが、その顔を見て足が震えだした。
クラウス支店の支店長で、奴隷の首輪をして自分の後ろに跪かされた。
これが何を意味するのかは聞かずとも判る。
青い顔で震えながら立つウォーレンスは、次に現れたフレミング侯爵の姿を見て呻き声を上げた。
フレミング侯爵もウォーレンスの姿を見て、ウォーレンスの緊急連絡を受けて以来無関係を装ってきた結果が試されると感じていた。
ブライトン宰相が姿を現すと、豪華なお仕着せを着た侍従が現れ「国王陛下です」と告げる。
威儀を正す近衛騎士達と、跪くフレミング侯爵とウォーレンス。
正面の椅子に国王が座ると、国王陛下に一礼したブライトン宰相がウォーレンスに尋問を開始する。
「マーティン・ウォーレンス、その方の後ろに控える男は、ウォーレンス商会クライス支店の支店長だが、何故ここに呼ばれているか判っていよう」
「宰相閣下、商いを致します私には多数の使用人を抱えておりますが、奴隷の首輪をした使用人は存在いたしません」
「そうか、だがクライス支店の地下室に設けられた秘密の部屋には、若い女性二人が奴隷の首輪を嵌められて隠されていた。地下室に態々秘密の部屋を作ってまで隠す必要があるのか」
「各支店の事は支店長に任せておりますので、詳しいことは存じておりません」
「そうか、その男の供述によれば、女性が地下室に監禁されてから数ヶ月以内にその方が店にやって来ると言っているぞ。帰るときには女性はお前の馬車に乗せられて店を出て行くとな」
糞ッ、散々面倒を見て良い思いもさせてやったのに、ペラペラと喋りやがって。
「所でフレミング侯爵殿、貴殿はマーティン・ウォーレンスと昵懇の間柄だそうだな」
「ブライトン宰相殿、彼は我が領都コルシェに店を構えておりまして、新年や我が子の誕生記念パーティー等には、豪商達の一人として招待しております」
「その程度の仲と言われるのですか」
「それ以上に何か?」
「コルシェの街ラジリエン通りの別邸に良く行かれているようだが、そこでウォーレンスと歓談されているのでは」
「確かに別邸は在りますが、執務の疲れや伴侶達が街の者との歓談に使用する家です」
「そうですか、それなら少しお借りしても宜しいですか」
「必要なときにご連絡頂ければ何時なりと」
「事後報告となりますが、陛下の願いで、既にバーラント公爵殿の騎士団をコルシェに差し向けております。快くお許し頂き感謝致します」
フレミング侯爵が呼び出される四日前に、バーラント公爵の騎士団が集結していたヘリエントの街から、王旗を掲げてコルシェの街に殺到していたことを知らなかった。
* * * * * * *
通達を受けた日の朝、ヘリエントを出発したバーラント公爵の騎士団300騎は100騎と200騎の先頭に王旗を掲げて疾駆し、ジェランドの街を「王家御用にてまかり通る!」と叫んで駆け抜けた。
コルシェの入り口では「王家御用にてフレミング侯爵家に向かう。先導せよ」と門の警備隊に命令し、狼狽える警備兵達を怒鳴りつけて案内を急がせた。
200騎の騎士団が通過すると、王旗を掲げた100騎の騎士達が続いたが侯爵邸には向かわず、顔を隠し腕に赤い布を巻いた一団と共にコルシェの街を疾走してラジリエン通りに駆け込んだ。
案内の男達が指し示す館の前に居並び「国王陛下の命により、当フレミング侯爵の別邸を接収する。開門!」と大声で命じた。
「見ればバーラント公爵様の騎士団とお見受けするが、国王陛下の命とは何事ですか」
「貴様には、この王旗が目に入らぬか! 愚図愚図言わずに門を開けろ。然もなくば王命に逆らう者としての罪は重いぞ!」
最後の一言に侯爵家の配下では逆らえる筈もなく、言われるままに開門した。
雪崩れ込んできた騎士と男達により邸内は制圧され、奴隷の首輪をした者達と使用人や護衛達を隔離していった。
* * * * * * *
ブライトン宰相の言葉を聞き、フレミング侯爵の顔色が変わった。
別邸は侯爵と嫡男以外は利用出来ず、表向きは他の豪商名義になっている。
だが時々侯爵家の馬車が出入りし、それ以外はウォーレンス商会の馬車が時たま訪れるだけなので、街の者が侯爵家の別邸と呼んでいることを知らなかった。
ウォーレンスが何を喋ろうと別邸のことは喋らない筈で、喋れば侯爵たる自分に類が及び助けてもらえなくなるので・・・考えが甘かったと項垂れた。
「フレミング侯爵殿、コルシェの街に派遣した部隊より、別邸のことで面白い報告が届いております。貴殿は暫く王城に留まってもらい、色々と聞かせてもらいますよ」
ブライトン宰相の言葉を聞き、完全に手玉に取られていた事を悟ったが、手の打ちようがなかった。
それは侯爵の傍らで跪くウォーレンスも同様で、何故こんな事になったのかと考えたが判らなかった。
近衛騎士達に引き立てられたフレミング侯爵は、玉座に座る国王と目を合わせたが、口を開く前にそのまま部屋から引き摺り出された。
* * * * * * *
「終わりましたか」
玉座に座る国王陛下と傍らに佇む宰相に声を掛けたバーラント公爵。
「バーラント公爵、そなたの知らせで醜聞を避けられた。礼を言うぞ」
「サザーランド王国の威信が地に落ちる所でした。ご助力、感謝致します」
「いえいえ、これは偶然から始まったことで、ウォーレンス商会の横暴に冒険者ギルドが不満を持っていた為に発覚したことです」
「しかし、最初に支店の男を捕らえることが出来なければ。今回の事件は発覚しなかったのでしょう」
「皮肉なことに、フレミング侯爵が冒険者ギルドにチキチキバードの大量捕獲を依頼した事に始まり、一人の冒険者が絡んでいます」
「ほう、面白そうな話だな。茶でも飲みながら聞かせてもらおうか」
興味を示した陛下の言葉で、国王陛下の執務室のソファーに座り、バーラント公爵が事のあらましを二人に語り始めた。
「先程話たチキチキバードを無事に納めた冒険者は、その後ウォーレンス会長の使いの訪問を受けました。ただこの使いの者が問題でして、件の冒険者と他の冒険者達が話ている所に行き、ウォーレンスの名を出してチキチキバードを要求したそうです」
「冒険者ギルドに依頼したのではないのですか」
「件の男と話していた冒険者達は、使いの者達から犬猫の如く追い払われたそうです。追い払われた彼らが、件の冒険者を追いかける使いの者達を見たのを最後に、双方ともコルシェの街には戻りませんでした。その後クライスの街に現れた所を冒険者ギルドのサブマスターが見つけて、ギルドマスターを通じて私に知らせてくれました。その時はウォーレンスの欲しがるチキチキバードやランナーバードを私の所へ寄越すだけでしたが、暫くしてクライスのウォーレンス商会で騒ぎが起きると知らせてきました」
「それが今回の発端です?」
「そう、ギルドマスターからの連絡で、冒険者ギルドのサブマスターの指揮する一隊と
配下の警備隊の者を潜ませました」
「ん、その方の配下と協力してではないのか?」
「ギルドからの連絡では、件の男がウォーレンス商会に招待されているので、そのまま向かうと連絡が来ましたが、危険なので事が終わるまでは絶対にウォーレンス商会に踏み込んではならないときつく止められました」
「たった一人でですか?」
「風魔法使いだそうですが、一人でビッグホーンボアとかブラックベアの討伐歴もあるそうです。当日の夜ウォーレンス商会に招かれた男が馬車で商会内に入って間もなく、建物内で騒ぎが起きたそうです。窓は破れ内部より様々な物が飛び出し、果ては人まで吹き飛ばされたそうです。騒ぎが収まりサブマスの合図で建物内に飛び込んだ者は、まるで建物内で嵐が起きたような有様だったと報告してきました」
「それ程の魔法使いなのですか」
「私も半信半疑でしたが、そこで地下室の隠された部屋から奴隷の首輪を付けられた女性二人を発見しました」
「つまり、ウォーレンスはその冒険者に手を出したばかりに、破滅することになったのですか」
「当人はその時、邸内に入ったが拷問部屋に連れ込まれたので反撃しただけだと証言しました。供述どおり拷問部屋で多数の者が死んでいましたし、邸内の騎士達は悉く大怪我をしていたのです。それに支店長の執務室も制圧されていたそうです」
「魔法使い一人でそのようなことが出来るのか。なかなか興味深い話であるな」
* * * * * * *
クライスとザンドラのウォーレンス商会は潰したが、王都までにレナンドとビリングの街があり、そこにもウォーレンス商会の支店が在ると思われる。
臭い匂いは元から絶たなきゃ駄目! って言葉もあるので、頭のウォーレンス様とやらを叩き潰したいが、警戒厳重だろうな。
冒険者ギルドに寄れば俺が王都に向かっていることが知られると不味いので、草原を突き抜けて王都に向かうことにした。
二つの支店は俺を引き摺り込んで失敗したが、親玉のウォーレンス様とやらは、俺が反撃してくるとは思ってもいないだろう。
ブランジュ街道を行けば王都まで一日半、王都に着いても右も左も判らないので、ある程度の道は覚えておきたい。
バルーンや竜巻を作らずに簡単に逃げ出す方法も考えておかねばならない。
取り敢えず、王都ルクレールに行ってお上りさんをしよう。
母さん達の土産も買って・・・懐の金は5,000,000ダーラ少々で少し心細い。
ウォーレンスとやらを気にするより、冒険者たるもの獲物を狩って稼ぎますか。
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