第30話 厄介事

 お茶を飲み終えて暫くすると復活した男から「小僧、ここまでやれば命はないぞ」と脅されたので、手頃な木の枝を切り取ってくる。

 良くしなる枝はヒュンヒュンと良い音を立てて、奴らに今後の運命を教えている。


 俺の横っ面を張り倒してくれた奴に、お礼の一撃を入れる。


 〈ビシッ〉と良い音がして、男の頬が切れて血が流れ落ちる。


 「つくづく命知らずな奴だな」


 「冒険者なもので、やられたら遣り返せが信条だからね。勝てる喧嘩は金を出してでも買え、と先輩から教えられているのさ」


 一発じゃ足りないようなので、今度は目を狙って水平に叩く。

 〈グゥッ〉と低い呻き声だけが漏れたが、何も言わなくなった。


 「お隣さん、ウォーレンス様って誰だ? 言わないと目を潰して草原に放置するよ。近くにゴブリンがいるので、喜ばれると思うけどどうする?」


 「お前はウォーレンス様を敵に回して、この街で生きていけると思っているのか」


 「あんた馬鹿なの。俺は冒険者で、コルシェの街は通りすがりなんだよ。ウォーレンスって奴の事なんて知らないので聞いているんだ。質問に答えろ!」


 なーんにも言わずに睨み付けてくるだけで、他の四人も同じなので方針変更。

 餌を探しているだろうゴブリンの所へ駆けていき、姿を見せて小石を投げてやる。

 即座に反応、餌を見つけたので喜びの雄叫びを上げて迫ってくるので、待たせている奴らの所へ駆け戻る。


 お使いの奴らは縛られているロープを外そうと藻掻いていたが、戻って来た俺の後ろを見て凍り付いている。

 取り敢えずお使いの五人と俺をドームで包むと、ゴブリン様一行はドームに群がり舌舐めずりをしている。

 その後ろにリングと名付けた防壁を立てておく。


 「どうかな、一応俺のドームで守られているが、希望者はゴブリンの餌にしてやるよ」


 俺の言葉に本気を悟った五人の顔こそ見物だったが、一人蒼白な顔になり俯く男に声を掛ける。


 「ウォーレンス様って誰よ。喋らないとゴブリンの餌だよ。喋って生き延びるか、骨までしゃぶられてあの世行きか、好きな方を選べ」


 蒼白な顔ながらも一言も喋ろうとしないので、脹ら脛にナイフを突き立ててからズボンを切り裂き下半身をスッポンポンにし、肩の付け根にもナイフを突き立ててから上着も切り裂く。

 俺が何をするつもりなのか理解した男が暴れ出し「止めてくれ! 喋る、喋るのでそれだけは止めてくれー」と喚く。


 「黙れヴァジル、喋ればどうなるか知っているよな」


 「知っているさ、だが生きながらゴブリンの餌なんて真っ平だ! なあ兄さん、知りたいことは全部喋るので俺を逃がしてくれ。ウォーレンス様には何も言わないし、街から逃げ出すからさ」


 「良いだろう。ウォーレンスって誰だ」


 「穀物商だ、ウォーレス商会の会長で、子爵様だと聞いている。御領主様、フレミング侯爵様とも懇意らしい」


 「それ以上喋るな! お前が逃げても此の国の隅々まで追っていくぞ!」


 「煩いなぁ、そんなに死にたいのなら、お前が先にゴブリンの餌になれよ」


 自分がゴブリンの餌になると判った男が大暴れするが、後ろ手に縛られ足も縛られていては長く続かない。

 首のロープを外し、太腿と両肩にナイフを突き立ててからドームの壁に凭れかけさせる。

 背後ではゴブリン達が喜びの雄叫びを上げているが、邪魔なので軽くつむじ風で回してやる。

 驚いたゴブリン達がドームから離れた瞬間、男の背後の壁に穴を開けて蹴り出し、即座に穴を閉じる。


 逃げたゴブリン達は背後のリングに遮られて逃げられず、暫くすると落ち着き蹴り出された男を見つけた。

 餌を見つけて駆け寄るゴブリンと「喋る、何でも喋るから助けてくれー」なんて言っているが手遅れだよ。


 手足が動かない男に飛びかかり喰らいつくが、服が邪魔で殴る蹴る顔に喰いつくと酷いことになっている。

 一人目は喰いやすいように服を剥ぎ取ったが、彼は喋る方を選んだ。

 男の服を剥ぎ取る趣味はないので、二人目は手を抜いたのが悪かったかな。


 〈ギャアァァ、頼む、助けてくれー〉


 服の上から噛みちぎられ、動かぬ手足で抵抗しているが長くは持ちそうにない。


 「さぁ、あちらはお食事中だけど、話の続きをしようか」


 横目でゴブリンに喰われる男を見て、震えながら必死で喋ったことは大して役に立ちそうもなかった。


 ウォーレンス様とは、穀物商ウォーレンス商会の会長で、子爵様だと聞いている事。

 ゴブリンに喰われている男の名はゼルダス、ウォーレンスの執事モルカンから指示を受けて俺に接触してきた事。

 ウォーレンス商会はコルシェの街が本店で、ブランジュ街道沿いの各街と王都に支店を持ち、それ以外にも店を出そうとしているとの事。


 別の男からの情報として、ウォーレンスは子爵ではなく子爵待遇との事で、冒険者のAランクと同じで貴族ではないらしい。


 俺やサディアス達に対する態度からまともじゃないと思い追及すると、表向きは執事から指示を受けてのお仕事らしい。

 つまりウォーレンス商会を騙っているが、正規の人間じゃなく限りなく裏仕事のほうらしく、それは口に出来ないようだ。


 ゴブリン達はお食事を済ませて、物足りなさそうに俺達を見ている。

 お代わりが欲しいのならたっぷりと食わせてやるさ。

 三人のアキレス腱を切り、腕や肩を斬り付けて闘えなくしてから全員のロープを外してやる。


 「おい、止めてくれよ」

 「喋れば助けてくれるんじゃないのか」

 「糞ったれ。お前はどの道追われることになるんだ」

 「助けるって言ったのに、死にたくない」


 素っ裸の男の喉を掻き切り、マジックバッグの中へ移動させておく。


 「ゼルダスを殺してお前達を生かしておく訳がないだろう。一人生かして返せば俺はお尋ね者になる。全員死んで証人がいなければ、俺はお前達と会ったが依頼を断って逃げ出したと惚けておくさ。誰かが見ていたとしても、逃げ出した俺を前達が追いかけていたと証言してくれるだろう」


 「畜生、始めからそのつもりだったな」


 「当たり前だろう。ゼルダスに殴られた瞬間、お前達の運命は決まったんだ。ゴブリンがお待ちかねだ、楽しませてやれよ」


 自分の周囲だけにシェルターを作ると、ドームの魔力を抜く。

 男達に飛びかかるゴブリン、俺にも襲い掛かってきたがシェルターに阻まれ〔つむじ風!〕に包まれて目を回している。

 その隙にリングとシェルターを消滅させると、煩いお食事会場から逃げ出した。


 一度森の中に行き、灌木が生い茂る見通しの悪い所で裸の男をポイする。

 お片付けは野獣に任せて、次の街に向かうことにした。


 * * * * * * *


 コルシェの次はジェランドだが、ジェランドの街もフレミング侯爵の領地なのでパス。 ジェランドの次ぎはヘリエントで、ヘリエントの街は公爵領だったはずだ。


 何時ものように草原と森の境をジグザグに進みながら狩りをする。

 他の冒険者達を避け、俺が王都に向かっている痕跡は残さないように心がける。


 三日目にはジェランドの街が遠くに見えたが、街道を行けば半日の距離。

 まさか姿を消した俺がこんなにのんびり進んでいると思うまい。

 次のヘリエントの街からは公爵領だが、用心のためにもう一つ先アデーレの街に向かうことにした。


 ランク3のマジックポーチに溜め込んだ食料も乏しくなってきたので、アデーレの街に急いだ。

 この間他の冒険者との接触は完全に断ち、狩りに専念したので相当溜まっているはずだが、数えていないので数を制限しながら売ることになる。

 解体場への通行手形である野獣はウルフ系とドッグ系以外にも、向かってくる奴も討伐したのでそこそこあるはずだ。


 * * * * * * *


 アデーレ冒険者ギルド、何処のギルドも大小の違いはあれど同じ作りなので間違えようがない。

 ナイフ一本腰に下げただけの俺は目立つが、素知らぬ顔で買い取りのおっさんに解体場へ行くと断る。


 「まてまて、小僧っ子が一人前に解体場と言っているが・・・」


 黙ってギルドカードを見せる。


 「これでもブロンズで、解体場に並べる獲物を持っているんだ。嘘だと思うのなら、そのカウンターの上に並べようか」


 「判った、行け!」


 俺をブロンズに昇級させてくれた、ライナスのサブマスに感謝。


 そこそこ並んで待っている最後尾に付くと、不審げな解体係がやって来る。

 毎度おなじみのやり取りにウンザリだが、これを済まさないと獲物が捌けないので声が掛かるのを待つ。


 「お前、新顔だが何を持ってきた?」


 「大きいのではオークやビッグエルク、小さいのでは鳥さん各種です」


 「鳥さん各種?」


 「レッドチキン、グリンバード、ランナーバード、チキチキバードですよ」


 「どれ位の数だ?」


 「30以上かな」


 「よし、こっちに来い」


 あー、やっぱりおなじみのコースになりそうだが、呼ばれたら行かない訳にはいかないねー。


 俺が解体係の後に続くと、お約束の声が掛かる。


 「よう、そんなチビ助を何故先に行かせるんだ!」

 「俺達を何時まで待たせる気だ」

 「どこぞのお坊ちゃまか知らねえが、ギルドの掟を知らないのかよう」


 「何だぁ、お前らが持ちこむ、傷だらけの野獣の査定には時間が掛かるんだよ。こついは金になる鳥を持ち込んだんだ、優先して当たり前だ糞馬鹿! 黙って列に並んでいろ!」


 あーあ、何て言い草だよ。

 恨まれるのは俺なんだが、見ろよ奴らの目付きを。

 まっ、気にしないけどね。


 指定された解体台にはチキチキバードを13羽置き、残りは隣りに並べていく。

 ランナーバード 15羽。

 グリンバード 9羽。

 レッドチキン 12羽。

少し離してオークを3頭。

 ビッグエルク 1頭。

 ホーンボア中 1頭。

 ブラウンシープ 1頭。

 プレイリーシープ 2頭。

 キラードッグ 6頭。

 ブラックウルフ 8頭。


 「こんなところかな」


 「殆ど傷がないが・・・」


 査定用紙に書き込みながら呟いているが、差し出したギルドカードを黙って受け取ると「食堂で待っていろ」の一言。

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