第14話 そよ風と虚仮威し

 精算カウンターで全て預けると伝えて、査定用紙に入金済みのサインをもらって食堂に向かう。

 エールのジョッキを持って空いた場所を探していると嫌な視線を感じたが無視して空いた場所に向かった。


 「おい、お前はライナスに居たレオンだろう。なんでこんな所にいるんだ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、ニタニタと笑うマルコだった。


 「とうとう、お前も街から放り出されたのか。少しは風魔法が使えるようになったか?」


 「まぁ、サブマスに暫く街を離れていろと言われたので、旅をしています」


 「風魔法使いなんて使い道がないので無理もないか。夏にそよ風でも吹かせて小銭を稼ぐ位しか用がないからな。そうだ、お前に似合いの二つ名を付けてやろう〔そよ風のレオン〕なんてのはどうだ。役立たずの風魔法使いには似合いの二つ名だろう」


 俺を指差してケタケタと笑いながらふんぞり返っている。

 ライナスでの失敗を知っている俺が、この街で自分の間抜けな所業を喋られたくないのだろう。

 まぁ良いさ、奴の親切には親切で返してあげよう。


 「素敵な二つ名をありがとう。お礼にお前にも二つ名を付けてあげるよ〔虚仮威しのマルコ〕ってのはどうだ。音だけで威力も命中率も最低。しかも勝てもしないブラックベアに、ヘロヘロのファイヤーボールを射ち込んだ馬鹿。お陰で仲間二人が死に、一人は大怪我で冒険者を廃業した。それを人のせいにしようとしたが、生き残った俺達にバラされてライナスを追放になったんだよな。ゴブリン程度にしか通用しない音だけの火魔法使い〔虚仮威しのマルコ〕って、素敵だろう」


 周囲で俺達の話を聞いていた者達から失笑が漏れる。


 〈聞いたかよ。そよ風のレオンに対して、虚仮威しのマルコってよ〉

 〈小僧だが返しが凄ぇなぁ〉

 〈いやー、ファイヤーボールがなんちゃらと威張っているが、ゴブリンにしか通用しないのかよ。虚仮威しのマルコってよく思いつくな〉

 〈小僧に言い返され震えている奴って、やっぱり虚仮威し程度の火魔法か〉

 〈それよりも、ゴブリンにしか通用しないファイヤーボールを、ブラックベアに射ち込むって相当な馬鹿だぞ〉

 〈仲間を殺して追放されて、それでも懲りないタイプかよ〉

 〈俺の所にも売り込みに来たが、話が大きいので断ったよ。大口を叩く奴って信用ならないからな〉


 〈よっ、虚仮威しのマルコ、この街じゃお前は必要ないぞ〉


 遠くからの野次にドッと笑いが起きたが、真っ赤な顔で俺を睨むのは筋違いだぞ。

 揶揄われたくなければ人を揶揄うなよ。


 「へぇーそよ風のレオンか、洒落た名だな。お前は一度その風に当たってみろ。こいつはソロで中型のホーンボアとブラックウルフ7頭を討伐して、解体場に転がしているぞ」


 またまた、気配を感じさせずに俺の後ろに立つおっさん。

 ごついがたいなのにどうやって気配を消しているんだか。


 ひっそりと笑ってテーブルに座ると、エールを一気飲みしてお代わりを貰いに立ち上がる。


 「虚仮威しの、この街ではお前の相手をする奴は居ないぞ」


 項垂れるマルコの頭上から、優しいとも思える声だが威圧感が凄い。

 スゴスゴと食堂を出て行くマルコに嘲笑が追い打ちを掛けているので、二度とこの街には戻れないだろう。


 俺の三人前位の食事とエールのジョッキを持って戻ってきたおっさんは、エールを半分程飲んでから声を掛けて来た。


 「レオン、2、3日俺達と周辺で狩りをしないか。獲物の分け前は必要ないが、狩りの腕を見てみたいのでな」


 「この街の事は知らないので、案内してくれるのなら良いですよ。但し、襲われない限り野獣は狩らないのでお任せします」


 うっそりと笑っているが、バード類の事を口にしないのは他の冒険者達の目を気にしてくれているのだろう。

 仲間のおっさん達も騒ぐでも威張るでもなく静かなもので好感が持てる。


 「俺は〔剛力〕のリーダー、オルガだ。明日の朝西門で会おうか」


 * * * * * * *


 一晩ホテルに泊まり、市場で朝食をかき込んだ序でに三日分ほどの食料を買い込んでから西門に向かった。


 巨体の七人組で少し小柄な者も居るが、それでも俺から見れば大男の団体さんがやってくる。

 合流して入場門を通ると、大男の後ろにチビの俺が続くものだから警備兵が変な顔をしていた。


 「レオンの好きな場所で良いぞ」


 「この街は初めてで何も知らないのでお任せします」


 歩きながら改めて紹介されたがパーティー名〔剛力〕筋骨隆々の七人組で、リーダーの

オルガ。

 先頭を歩く斥候役のアレンは躁弓スキル持ちで、続くベックは短槍を手にしているが剣もそれなりに使えるとの事。

 七人の中では小柄・・・俺が見上げるサイズだが、氷結魔法使いのボルドは強弓を手にしている。

 ダリングは短槍、序でガルブは短槍を手にしているが弓もそれなりの腕だそうだ。

 メイブンも強弓を手にしているが、肩から斜めに重そうな剣を担いでいる。

 全員ランク3のマジックポーチ持ちのようで、街を出るとそれぞれが武器を手にしている。


 俺は先頭を歩くアレンの後に続くが、真っ直ぐ近くの森に向かっているじゃないの。

 まぁ獣は狩らないと言ってあるし、近接戦闘はごっついおっさん連中にお任せだな。


 などと呑気に考えていたが、アレンが足を止めて合図をしている。

 ん、と思い俺も周囲を観察するが索敵に引っ掛からない。

 アレンが俺の顔を見るので、判らないと肩を竦めておく。

 少し歩くとゴブリンの群れを見つけたが、俺の索敵範囲が約60~70m程度なので、アレンは俺よりも広い80m前後の索敵範囲のようだ。


 俺も練習してそれなりに索敵範囲が広いと思っていたが、素直に凄いなと思う。

 他のパーティーに参加してみるもので、殆ど足音を立てず気配を消して歩く術も習得したい。

 それに手にしている短槍の柄はぶっとく、穂先は黒光りしていて長い。

 2m前後の身長と思われるが、熊人族の血でも入っているのか筋骨隆々の腕には細く見える。

 2.5m程の短槍だが、穂先だけで70㎝は有ると思われるし、短槍と強弓を見れば野獣の討伐が専門だと聞かずとも判る。


 なのにゴブリンすら見逃す気がないようで、稼げるときに稼ぐ冒険者の鑑のようだと感心したが、感心した俺が馬鹿だった。

 ゴブリンの潜む手前で止まると、俺を前に押し出すではないか。


 「俺達は小物は低ランクの奴らに残すことにしている。つまらんだろうが、風魔法を少し見せてくれんか」


 「俺も向かって来る奴以外の小物に手を出さないので、目を回す程度で良いですか?」


 皆が興味津々のご様子なので、そろりと前に出てゴブリンの姿を確認し「ゴブリンの小便垂れ」と口内で呟きながら〔つむじ風!〕と一匹ずつ包み込みくるくると回してやる。

 魔力を一つ使い、目が回る程度に威力を抑えた紡錘型のつむじ風で次々とゴブリンを包んでいく。

 ブツブツと口内詠唱の真似事をしながらなので少し手間取ったが、それでも一分も掛かっていない。


 後ろで見ている剛力の連中が吹き出しているし、アレンは何処かに行ってしまった。


 「おいおい、ゴブリンが踊っているぞ」

 「なんとまぁ・・・」

 「短縮詠唱か、それにしても見事だ」

 「目が回ったのか、座り込んでしまったぞ」


 アレンが向かった先から多数の人の気配が近づいて来るので見ると、低ランクと思われる冒険者達を連れてきている。


 「レオン、良いか?」


 「はい、今なら目を回していますので、止めを刺せば良いだけです」


 俺の返事を受けて「それじゃ、ゴブリンを片づけておいてくれ」と伝えている。

 ふらふらのゴブリン八匹、魔石一個3,000ダーラなので嬉しそうに最敬礼している。


 彼らに手を振り森に向かっていると、遠からチキチキバードの鳴き声が聞こえてくる。

 昨日より東寄りで初めての場所だが、此の辺りも鳥さんが多そうだ。


 森の境からは俺を前に押し出すと、好きな方向に向かえといい加減な指示を出してくる。

 ブランジュ街道の南の森なので、野獣は剛力にお任せすることにしてそのまま森の奥、南へと向かう事にした。

 計算外は俺の足で、魔力を纏っているとはいえ森は馴れていない。

 索敵よりも足元が気になるが、それでも全周警戒と気配察知を駆使して森の奥へと向かった。


 草原と比べて野獣の気配が濃く、餌となる小動物も多いなと感心していると後ろから肩を叩かれた。

 アレンが指差すので首を振ると「何故だ」と問いかけて来る。


 「剛力の皆さんでは物足りないと思って、俺は討伐は趣味じゃないし襲って来ない奴は無視します」


 後ろで吹き出している奴がいるが無視して前進する。

 木の上の気配に目をこらすと、進行方向の枝の上に横たわる黒い影。


 「あれは何ですか?」


 「ブラックキャットだな。昼に姿を見せるのは珍しいが、何かを狙っているな」


 言っている側から羽ばたきの音が聞こえてきたので振り向けば、グリンバードが枝先に向かっている。


 「俺はグリンバードを獲りますので、猫ちゃんはお任せします」


 グリンバードを包み込んで膨らます〔酸欠、真空〕改め〔バルーン〕は見せたくないので、巣に降りようとするグリンバードを〔つむじ風!〕で包み手元に引き寄せる。

 猫ちゃんがびっくりして枝から立ち上がったところを、弦音が連続して響き数本の矢が突き立つと枝から落ちていく。

 それを眺めながら手元に来たつむじ風を解除し、目を回してよたよたと羽ばたいているグリンバードの、首を掴んで捻る。


 「見事なものだし、何故傷一つない鳥ばかりだったのか良く判ったよ」


 「風魔法にはがっかりしましたが、それなりに稼げるので満足しています」


 「そりゃーそんな使い方をすれば、楽して稼げるよな。俺の氷結魔法とはまるで違うので、参考にもならんな」


 獲物の回収に向かった三人が戻ってきたので再び歩き出すと、獣の咆哮が聞こえてきた。

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