第十一章:不協和音
『全隊、前進。ただし、警戒レベルを最大に引き上げろ。あれが何であれ、友好的な存在とは思えん』
ヤヌスの冷静な命令が、吹雪の轟音を切り裂いて仲間たちの通信機に届いた。しかし、その声にはヤヌス自身も気づかぬほどの、微かな緊張が滲んでいた。
四人の狼たちは、雪と氷に覆われた斜面を、まるで一体の多頭の獣のように、滑らかに、そして慎重に進み始めた。目指すは、山頂に突き立つ巨大な黒い塔。それは、この純白の世界にあって、あまりにも異質な、宇宙の深淵から切り取ってきたかのような絶対的な「無」の塊だった。
近づくにつれて、異常はより明確に五感を侵食し始めた。
まず、音。
耳を劈くような風の音は変わらない。だが、その風の音のさらに奥、頭蓋骨の内部に直接響いてくるような、低く、不快なハミングが聞こえ始めた。それは音というよりは、脳幹を直接揺さぶられるような「振動」に近かった。
次に、光。
塔の表面を明滅する青白い幾何学模様は、近づくほどにその輝きを増していく。その光は、まるで生きているかのように、予測不可能なリズムで脈動していた。見つめていると、視界の端がぐにゃりと歪み、平衡感覚が狂い始める。
『ヤヌス! 空間の歪みが大きくなっていきます! GPSも、慣性航法装置も、全てが意味をなさない! ここはもう、我々の知る物理法則が通用しない!』
オラクルの悲鳴のような報告が、全員の耳に突き刺さる。彼女の言う通りだった。ヤヌスがヘルメットのバイザーに表示させているナビゲーションマップは、まるで発狂したかのように明滅と表示エラーを繰り返している。
『こちらジャガーノート。爆薬の設置ポイントを探っているが……駄目だ。この塔、あらゆるセンサーに反応しない。まるで、そこにあるのに、存在していないみたいだ』
『スペクターより。……照準が、定まらん。スコープの中の空間が、陽炎のように揺らいでいる』
仲間たちの焦燥に満ちた声。だが、ヤヌスは足を止めなかった。彼は、本能で理解していた。この異常こそが、敵の正体なのだと。
塔まで、残り50メートル。
その時、ヤヌスは足を止めた。
雪だ。
猛烈に吹き付ける雪が、塔の周囲、半径およそ10メートルの空間だけ、まるで目に見えない壁に阻まれるかのように、不自然に避けている。そこだけ、風も、音も、そして時間さえもが止まっているかのような、絶対的な静寂の領域が生まれていた。
ヤヌスは、ゆっくりと腰のホルスターから大型の拳銃を引き抜いた。
そして、その「壁」に向かって、一歩、足を踏み出した。
瞬間。
世界から、音が消えた。
そして、塔の表面を脈打っていた青白い光が、一斉に、血のような赤色へと変わった。
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