ギャル配信者と遺体回収屋

斧名田マニマニ

第1話 底辺職でコツコツ稼ぐ

ダンジョンの入口は、今日もやかましかった。


あちこちで配信者がスマホを掲げ、声を張り上げている。


「はいどーも〜! 最強勇者候補チャンネル、今日も潜りますッ!」

「伝説のドロップ狙うからな! スパチャ待ってるぜ!」


こんなふうにダンジョン前で騒ぐのは、底辺配信者だと決まっている。


俺、雨宮はそんな配信者たちの騒ぎを横目に、ダンジョンから出てきたところだ。

作業着姿にキャップを目深にかぶり、肩に大きな麻袋を担いで。


刺激に飢えている視聴者は、ダンジョン前での雑談なんかに興味はない。

それをわかっている人気配信者たちは、こんなところでグダグダせず、唯一無二の撮れ高を期待して、ダンジョンの深層部へ潜っていくのだ。


--12年前、世界のあちこちに突如としてダンジョンが現れた。

都市の地下、海底、廃ビルの奥深く。


モンスターが跋扈し、未知の鉱石や魔法素材が眠るその空間は、瞬く間に『危険』と『富』を併せ持つ新たなフロンティアとなった。


国家はダンジョンを管理下に置こうとしたが、早々に限界を悟った。

代わって主役になったのが、命知らずの探索者たちだ。


命を賭けてダンジョンに潜る探索者たちは、財宝を掘り当て、歓声を浴びる存在となった。


以来、人々の価値観は変わった。

地位も学歴も関係ない。

潜って、当てた者が勝つ。

危険に挑む勇気こそが、最大のステータスになったのだ。


やがて、そんな探索者たちの活躍を見たいという欲望が生まれた。

血と汗と悲鳴が飛び交う現場を、画面越しに楽しみたいという者たちが現れたのだ。


こうして今、探索者による〈ダンジョン配信〉は社会現象となった。


モンスター討伐、レアアイテム探索、深層巡り。

視聴者にウケると思えば、探索者たちは命がけでなんでもやる。


目的は、財宝でも名誉でもない。

――注目だ。


フォロワーを増やし、チャンネル登録者を伸ばし、トレンドの頂点に立つ。

それがこの時代の成功者の条件になっている。


ちなみに俺は探索者でも配信者でもない。


(俺の目的は、こいつだけだ)


背中に背負った麻袋に視線をちらりと向ける。

袋の重みが肩に食い込む気がした。

中身は財宝やレアアイテムなどではない。

俺が背負っているのは、冷たくなった人間の骸だ。


◇◇◇


「……はい、依頼人のDNAと一致しました。間違いありません」


俺が持ち帰った袋の中の遺体を確認し、受付の職員が淡々と告げる。

ここは《探索者支援局》の回収管理課。

探索で戻らなかった者の遺品や遺体を鑑定し、持ち主を確かめて家族に引き渡す部署だ。


俺は回収管理課の下請けを行う、いわゆる回収屋だ。

ダンジョンの深層で命を落とした探索者を引き上げ、遺品と一緒に地上へ運び戻すのが業務内容だ。


仕事は汚く、臭く、危険だが、そのわりにお役所からの請負なため報酬は安い。

だから、この仕事を引き受ける者はほとんどいない。

しかも縁起が悪いと言って、探索者たちからは毛嫌いされる。

はっきり言って、底辺職扱いだ。


それでも、死者の帰りを待っている遺族がいる。

家族や仲間が、せめて遺体だけでも連れ戻してほしいと願っているのだ。


(俺もかつて、そうだったから……)


だから俺は潜るのだ。

誰かの"最期"を拾うために。


「それにしても、さすがですね、雨宮さん。深層の遺体回収を、一人で難なくやってのけるなんて……。本当に、あなたがいてくれて助かります」


そんな言葉とともに、職員が報酬の袋を差し出してくる。

仕事を成し遂げたという達成感が生まれる瞬間だ。

俺はそれを受け取ると「じゃあまた明日」とだけ返して踵を返した。



◇◇◇


翌日。

新たな依頼書を片手に、俺はまたダンジョンの深層部へ向かっていた。


入口は、かつて大都市の地下を結んでいた巨大ターミナル駅だ。

今では完全に閉鎖され、崩れかけたホームと錆びついた線路だけが残っている。

頭上の案内板には、半分剥がれた行き先表示──「○○線 終点」の文字。

風もないのに吊り広告がゆらゆらと揺れ、ガラス片が床で微かに鳴った。


そのホームの先、線路が途切れる暗闇の奥がダンジョンの入口だ。

地上の構造物を呑み込み、魔力の瘴気が吹き出している。


ダンジョン深層へ進ほど、湿った空気が肌にまとわりついてきた。

一歩踏み出すたびに、ぬかるんだ地面が鈍く鳴き、濁った水が足元で波紋を広げる。


壁面には青白い苔がびっしりと張りつき、魔力を帯びた微光が闇の輪郭を歪めていた。

まるで光そのものが生きているかのように、ゆらゆらと呼吸している。


ここまで到達できる探索者はごく限られている。

卓越した実力と幸運がなければ、深層部へは辿り着けないのだ。


人気配信者の中には、この領域まで潜る猛者もいる。

命を賭けた映像は、それだけで再生数が跳ね上がるからだ。


だが、底辺配信者の姿を見ることは絶対にない。

彼らはここに来るまでに、死んでしまうからだ。


「さてと、目的地はこの先の第七区画だったな」


念の為、依頼書を確認しようとした矢先——。


「いやあああああっ!!!」


若い女の悲鳴が、奥の通路から響いた。


叫び声が響いた瞬間、体が反応した。

考えるより先に足が動く。

現場を放ってはおけない。


闇の中、金髪の少女が立ち尽くしている。

派手なメイクに、片手の手持ちカメラ。


(彼女は……)


超有名な女子高生配信者――水無瀬リオ。

《心霊配信リオまるTV》の看板キャラクターだ。


「怖いけど行っちゃう」というスタンスと、ゲラなリオまるの明るさがウケていて、いまじゃ同接十五万を超える人気チャンネル。


そんな水無瀬リオが、今はスマホを構えたまま顔を引き攣らせている。

全身が小刻みに震えているのに、彼女の足は地面に縫い付けられたように動かない。

水無瀬リオの挙動は、明らかに不自然だ。

そんな彼女の視線は、俺の背後にある闇の奥を凝視していた。


(……またか)


俺は小さく息を吐いた。


深層では、がたまに起こる。

原因はわからないが、放っておけば彼女は確実に死ぬ。


どうやら、回収人をする上ではまったく役に立たないを使うことになりそうだ。


「おい!」


声を張り上げ、駆け出す。


◇◇◇


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