『俺達のグレートなキャンプ142 宝塚歌劇団みたくカレー作るか』
海山純平
第142話 宝塚歌劇団みたくカレー作るか
俺達のグレートなキャンプ142 宝塚歌劇団みたいにカレー作るか
「ねえ石川、今回はどんなグレートなキャンプするの!?」
千葉が目をキラキラさせながら、テントの設営を手伝っている。その表情はまるで遠足前夜の小学生のようだ。汗を拭きながらも、その笑顔は曇ることがない。
「ふっふっふ...」石川は意味深な笑みを浮かべ、ペグを打ち込む手を止めた。「今回はな、千葉。俺たちは...『宝塚歌劇団』になる」
「は?」富山が荷物を下ろす手を止め、硬直した。その目は「またか」という諦めと「今度は何だ」という恐怖が入り混じっている。額には一筋の汗が流れ、それが嫌な予感を物語っていた。
石川は立ち上がり、両手を大きく広げて青空を仰いだ。その仕草は確かに舞台俳優のようだ。
「つまりだ!今夜のカレー作りを、宝塚歌劇団ばりに派手に、大袈裟に、華麗に演出しながら作るんだよ!」
「おおおおお!グレート!!」千葉が即座に拳を突き上げた。その反応速度は0.2秒。疑問を挟む余地などまるでない。
「待って待って待って」富山が両手を前に突き出して制止する。その顔は既に疲労の色を帯びている。「宝塚って...あの宝塚よね?男役と娘役がいて、バラを咥えて踊る、あの?」
「そうだ!」石川が富山の肩を掴んだ。「想像してみろよ、富山。夕日が沈むキャンプ場で、俺たちが華麗にカレーを作る。玉ねぎを切るのもドラマチックに!ジャガイモを炒めるのも情熱的に!そしてカレールーを入れる瞬間は、まさにクライマックス!『運命のカレーよ、ここに完成す!』って感じで!」
「やっべえ...めっちゃ楽しそう...」千葉が既に感動で目を潤ませている。
富山は深く、深く、深呼吸をした。「...で、具体的にどうするの」声が震えている。
「まず衣装だ!」石川がリュックから何かを取り出した。それは...きらびやかな金色と銀色のマント。明らかに100円ショップで買ったパーティーグッズだが、石川の目は本気だった。「俺が男役、富山が娘役、千葉は...そうだな、準主役だ!」
「なんで私が娘役...」富山が頭を抱えた。その肩は小刻みに震えている。
「だって富山、お前が一番宝塚っぽいじゃん!髪長いし!」
「それ基準!?」
「いいじゃないか富山!やろうよ!」千葉が富山の手を取った。その目は純粋な好奇心で満ちている。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!って俺いつも言ってるし!」
「千葉くんはいつもそう言うけど...」富山の声は諦めの色を帯び始めている。
すると、隣のテントサイトから中年男性が顔を出した。その表情は興味津々だ。
「あの...今『宝塚』って聞こえたんですけど...」
「おお!」石川が即座に反応した。「お兄さん、俺たち今夜、宝塚歌劇団方式でカレー作るんスよ!一緒にどうっスか!?」
「え、マジで?面白そう!」中年男性の目が輝いた。「うちの嫁も呼んでいいっスか!?宝塚大好きなんスよ!」
「もちろん!グレートなキャンプはみんなでやるもんだ!」石川が親指を立てた。
富山が小声で呟く。「...また巻き込んでる...」その顔は既に真っ青だ。
夕方5時。キャンプ場の調理スペースに、なぜか10人以上が集まっていた。石川の「グレートなカレー作り」の噂が、なぜかキャンプ場全体に広がっていたのだ。
「皆さん!」石川がマントを翻しながら叫んだ。その姿は確かに舞台俳優のようだ...いや、やはり100円ショップのマントを羽織った青年だ。「本日の演目は『情熱のカレー〜愛と野菜の物語〜』でございます!」
拍手が起こる。なぜか観客席ができている。ファミリーキャンパーたちがレジャーシートを敷いて座っている。子供たちは目を輝かせている。
「石川...これ、もう後戻りできないよね...」富山が青ざめた顔で囁いた。頭には石川が作った造花の冠が乗っている。
「大丈夫だって!グレートなキャンプに不安は不要だ!」千葉が銀のマントをはためかせながら親指を立てた。その笑顔に一片の曇りもない。
石川が調理台の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「それでは...始めましょう。運命のカレー作りを!」
そう叫ぶと、千葉がなぜか用意していたスマホから『ベルサイユのばら』のテーマ曲が流れ始めた。
「曲まで用意してたの!?」富山が驚愕の表情を浮かべる。
「当たり前だろ!宝塚には音楽が必須だ!」石川がまな板の前に立ち、包丁を取り出した。その動きはゆっくりと、そして大袈裟だ。「さあ、第一幕!玉ねぎとの邂逅!」
石川が玉ねぎを手に取り、高々と掲げた。夕日に照らされた玉ねぎが金色に輝く。
「おおおお!」観客から歓声が上がる。
「この玉ねぎよ!」石川が玉ねぎを見つめながら叫ぶ。「君は今から、涙の向こうの希望へと変わるのだ!」
「何言ってんの!?」富山がツッコミを入れるが、もう誰も止められない。
石川が玉ねぎの皮を剥き始める。その一枚一枚の皮を剥く動作が、なぜか詩的だ。ゆっくりと、情熱的に、そして...確実に泣き始めている。
「くっ...これが...玉ねぎの運命か...!」石川が目を押さえながら叫ぶ。涙が本当に流れている。
「それ演技じゃなくて本当に染みてるだけでしょ!」富山がツッコむ。
「いや、これも演出のうちだ!」千葉がフォローに入る。「玉ねぎを切る者の苦悩を表現している!グレートだ!」
隣のサイトの中年男性の妻が感動で涙を流している。「素晴らしい...本当に素晴らしいわ...」
「え、なんで泣いてるんスか奥さん!」中年男性が困惑している。
石川が玉ねぎを切り始めた。一切れ、一切れ、まるでバイオリンを奏でるような動作だ。観客は固唾を飲んで見守っている。
「よし!玉ねぎカット完了!」石川が包丁を空中で一回転させた。キラーン、という効果音が聞こえた気がした。いや、千葉がスマホで効果音を鳴らしていた。
「第二幕!人参との出会い!」石川が今度は人参を取り出した。
「まだ続くの!?」富山が頭を抱えた。
石川が人参を手に取り、まるでダンスパートナーのように優しく扱う。そして突然、人参を富山に差し出した。
「富山!君にこの人参を託そう!」
「え!?私!?」富山が後ずさる。
「そう!娘役の君が、この人参を切るのだ!愛を込めて!」
観客から「おおお!」という歓声が上がる。子供たちが「がんばれー!」と叫んでいる。
「ちょ、ちょっと...」富山が人参を受け取り、まな板の前に立つ。その手は震えている。顔は真っ赤だ。
「さあ富山!君の愛を!人参に!」石川が後ろから煽る。
富山が深呼吸をして、包丁を握った。そして...なぜか急に堂々とした動作で人参を切り始めた。その動きは意外にも優雅だ。
「おお!富山、やるじゃないか!」千葉が感動している。
「うるさい!もうやけくそよ!」富山が叫びながらも、人参を綺麗にカットしていく。観客から拍手が起こる。富山の顔が更に赤くなる。
「第三幕!じゃがいもの運命!」石川が今度はじゃがいもを5個取り出した。
そして突然、じゃがいもでジャグリングを始めた。
「うおおおお!?」千葉が驚愕の声を上げる。
「石川、お前いつの間にジャグリングできるようになったの!?」富山が呆然としている。
「キャンプ140回目で練習したんだよ!」石川がじゃがいもを空中で回しながら笑う。「グレートなキャンプのためならなんだってする!」
観客が総立ちになって拍手している。子供たちが「すごい!すごい!」と飛び跳ねている。
石川がじゃがいもを一つずつキャッチし、まな板に並べる。その動作一つ一つが計算されているかのようだ。
「そして...じゃがいもよ!君たちは今から...黄金に輝く希望へと変わる!」石川が叫びながらじゃがいもの皮を剥き始める。その速度は異常に速い。まるで職人だ。
「速い速い速い!」千葉が実況する。「これが石川のベテランキャンパーとしての実力か!」
あっという間にじゃがいもの皮が剥かれ、カットされていく。観客から「おおおお!」という歓声が途切れない。
「第四幕!炒めの舞!」石川が炒め用の大きな鍋を火にかけた。油を入れ、そこに玉ねぎを投入する。
ジュワアアアア、という音とともに、いい匂いが立ち込める。
「この音よ!」石川が鍋を振りながら叫ぶ。「この香りよ!これぞまさに情熱!」
石川が鍋を振る動作が、まるで踊りのようだ。左に振り、右に振り、時には空中で回転させる。玉ねぎが鍋の中で優雅に踊っている。
「おおおお!鍋が踊ってる!」子供が叫ぶ。
「石川、それ危ないから!」富山が心配そうに見守る。
「大丈夫だ!俺を信じろ!」石川が笑いながら、今度は人参を投入する。更にいい匂いが広がる。
そして、じゃがいもも投入。鍋の中で野菜たちが美しく混ざり合っていく。
「千葉!音楽を!」石川が叫ぶ。
「了解!」千葉がスマホを操作すると、曲が変わった。今度は『愛の賛歌』だ。
「第五幕!水との融合!」石川が大きなやかんから水を注ぐ。その動作がスローモーションのように見える。水が鍋に注がれ、湯気が立ち上る。
キャンプ場全体が、この「カレー劇」に釘付けになっていた。通りかかったキャンパーたちも足を止め、観客席に加わっている。もはや20人以上が見守っている。
「煮込みの時間だ!」石川が蓋をして、大きく深呼吸する。「この15分が...最も重要な15分!野菜たちが愛を深める時間!」
「詩的すぎる!」千葉が感動している。
富山が呟く。「...なんか、だんだん本当にいい感じに見えてきた...」その顔には、もはや諦めを超えた何かがある。
15分後。
「さあ!運命の時だ!」石川がマントを翻し、カレールーの箱を取り出した。その動作はまるで宝剣を取り出すかのようだ。
観客が固唾を飲んで見守る。
石川が鍋の蓋を開ける。湯気がふわりと立ち上る。その湯気の中から、石川の顔が神々しく現れる。
「完璧だ...」石川が呟く。
そして、カレールーを一つずつ、丁寧に鍋に入れていく。まるで儀式のようだ。ルーが溶けていく様子を、全員が見つめている。
「溶けろ...溶けて...一つになれ...」石川が優しく鍋をかき混ぜる。
カレーの香りがキャンプ場全体に広がる。子供たちが「いい匂い!」と叫んでいる。
石川が鍋を大きく振る。最後の一振りだ。そして...
「完成!」
石川が鍋を高く掲げた。その瞬間、なぜか夕日が雲の間から差し込み、鍋を照らした。
「うおおおおお!」観客が総立ちで拍手喝采。子供たちが飛び跳ねている。中年男性の妻は涙を流している。
「ブラボー!ブラボー!」誰かが叫んでいる。
千葉が石川に駆け寄る。「やったぜ石川!グレートだ!最高にグレートだ!」
富山も、なぜか感動で目を潤ませながら近づいてくる。「...認めるわ。これは...グレートだったわ...」
石川が観客に向かって深々と礼をする。千葉と富山もそれに続く。拍手が鳴り止まない。
「皆さん!」石川が叫ぶ。「このカレー、みんなで食べましょう!グレートなキャンプは、みんなで分かち合うものだ!」
「やったー!」子供たちが歓声を上げる。
キャンプ場の管理人まで駆けつけてきた。「君たち...すごいね...30年この仕事してるけど、こんなカレー作り初めて見たよ...」その目は感動で潤んでいる。
夜8時。焚き火を囲んで、大勢のキャンパーたちがカレーを食べている。あちこちで笑い声が聞こえる。
「美味い!めっちゃ美味い!」子供が叫んでいる。
「宝塚カレーって名前にしようぜ!」誰かが提案する。
石川、千葉、富山は焚き火の前に座って、自分たちのカレーを食べていた。
「なあ、石川」千葉が言う。「これ、今までのキャンプで一番グレートだったんじゃない?」
「ああ」石川が笑う。「みんなが一緒に楽しんでくれたからな。これぞグレートなキャンプだ」
富山が溜息をついて、でも笑顔で言う。「...もう、次は何するつもり?怖いもの知らずね、あなた」
「次か?」石川が星空を見上げる。「次は...そうだな...フラメンコ踊りながらバーベキューとか?」
「はあ!?」富山の声が夜空に響く。
「いいね!やろうやろう!」千葉が即座に賛成する。
遠くから、さっきの中年男性の声が聞こえる。「俺もフラメンコやりたい!」
「巻き込まれてる...」富山が頭を抱える。でもその顔は、どこか楽しそうだ。
焚き火が静かに燃えている。星が綺麗だ。カレーの匂いと、笑い声と、そして石川の次なる突飛なアイデアが、キャンプ場の夜を彩っていた。
「俺達のグレートなキャンプ」は、今日も、明日も、きっと続いていく。
石川がマントを脱ぎながら呟いた。「次のキャンプ場、もう決めてるんだ」
「どこ?」千葉が目を輝かせる。
「長野の山奥。そこでな...」
「聞きたくない!」富山が耳を塞いだ。
でも、その目は笑っていた。
キャンプ142回目の夜は、こうして更けていった。宝塚歌劇団みたいなカレーの余韻と共に。
そして翌朝、石川は既に次の「グレートなキャンプ」の準備を始めていた。リュックからフラメンコ用の扇子を取り出しながら、ニヤリと笑っている。
「おい石川、それマジで持ってきてたの!?」富山が驚愕する。
「当然だろ?グレートなキャンプに準備不足は禁物だ!」
千葉が拍手する。「さすが石川!もうワクワクが止まらない!」
富山が空を見上げて呟いた。「...私、なんでこの二人とキャンプしてるんだろう...」
でも、その顔は確かに笑っていた。
次のキャンプ場へ向かう車の中で、三人は既に次の「グレート」を話し合っていた。石川の奇抜なアイデアに、千葉が興奮し、富山が心配する、いつものパターンだ。
でも、それがいい。それが「俺達のグレートなキャンプ」だ。
「キャンプ143、いくぞおおお!」石川が叫ぶ。
「おおおお!」千葉が応える。
「...はいはい」富山が小さく笑う。
車は次のキャンプ場へと向かって走っていく。道中、石川は既にフラメンコの練習を始めていた。
「運転中に踊るな!」富山が叫ぶ。
「大丈夫大丈夫!」石川が笑う。
グレートなキャンプは、まだまだ続く。
おわり
『俺達のグレートなキャンプ142 宝塚歌劇団みたくカレー作るか』 海山純平 @umiyama117
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