第5話 記録の街

第5話 記録の街


電車は、真っ暗なトンネルを抜けて停まった。

車内の灯りが落ち、わずかな残光だけが床を撫でていく。

電車を降りホームの階段を登り切ると、街が見えた。

建物はすべて歪み、壁は磁気テープの断片で覆われていた。

風が吹くたび、テープがこすれ合い、途切れ途切れの声を吐き出す。


──ザザ……“今日も晴れでしょう”

──ガリ、ガ……“おかえり”

──……“また、遊ぼうね”


「……ここ、なんの街?」

《集積された音声の記録の街かもしれません。》


REMの声がやけに静かに響く。

その足元で、水たまりがざわめき、波紋が音を立てた。

歩くごとに音が増えていく。

笑い声、泣き声、母親の呼ぶ声。

どこかで聞いたことがある。


──“疲れていたんです……”

──“だから海に……少しでも息がしやすくなるように……”

──“でも、まさか……いなくなるなんて……”


「……これ、誰の声?」

《識別不能。アナログ音源の再生痕跡です》


声はどこかで途切れ、カチッ、と録音停止の音が響いた。

息をのんだ。

私は、この声が誰だか知っている気がした。

どこかで、次のテープが再生される。

雑音の向こうから、幼い声が流れ出した。


――"ママと遠くに遊園地がある海に遊びに行ったんだよ"

――"砂でお城を作ったり、アイスを食べたの"

──“でもね、カラスが鳴く時間になったらママが、もう帰ろうって言ったの”

──“でもね、でもね!遊園地でママとメリーゴーランドに乗りたくて”

――"だから目の前の電車に乗ったの"


自分の喉の奥が、凍りついたように固まる。


「……これ、私の……声だ…」

《確認できません。ただ……反応しています。あなたの脳波が》


遠くの壁面にペタペタと貼られた磁気テープがわずかに光を反射した。

大きな建物が見える。

磁気テープが風にゆらめいている。


「……あの日、わたし、電車に乗ったんだ。」


REMが何かを言いかけたが、再び再生された声がそれを遮った。



カチッ。


録音停止の音。

街のすべての音が、いっせいに静まった。


しんとした空気の中、

風にのって、波の音が聴こえた。

どこか遠く、海の匂いがする。


《次のエリアにアクセスできるポイントがあります。進みましょう》

「……うん。行こう」


電車の音が鳴り響く。

録音された声をなぞる様に海に向けて乗車した。

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