第二話 神界の社畜たち
――神界、それは完璧な秩序の上に築かれた、静寂の国。
魂の階層が厳格に定められ、上位神から下位天使まで、一秒の狂いもなく働き続ける。
“永遠の機構”とも呼ばれるこの世界では、呼吸することさえ仕事だった。
白銀の街並みの中、ひときわ無機質な光を放つ一室がある。
それが「異界干渉課 第零派遣部」。
神の代わりに“異世界の不良データ”を削除する部署であり、俗に「粛清課」と呼ばれている。
そしてそのデスクのひとつに、いつも通り――いや、“まだ生きているのが不思議なほど”働き続ける社畜がいた。
「セイン主任、また徹夜ですか? データの修正、三百件残ってますよ」
「んー……放っとくとバグ広がるからね。終わらせる。」
白髪をまとめ、軍帽を机に置いたセインは、淡々とスナイパーの照準を合わせていた。
照準の先にあるのは標的ではなく――別の異世界のスクリーン。
バグった文明、暴走した勇者、崩壊した魔法理論。
彼女はそれらを“コードの修正”ではなく、“射撃”で解決していた。
――パン。
一発。
映像の中で都市が静かに消滅する。
「……はい、修正完了。無駄に派手だったけど。」
「主任、また銃でデバッグしてますよね?」
後ろから声をかけたのは、糸目の少女――セイラだった。
書類の束を片手に、にこにこと笑っている。だが、その笑みの下に隠された“無”の気配は誰にも見えない。
「だって楽なんだよ。バグごと削除すれば早いし。」
「なるほどです~。でもまた天使長に怒られますよ?」
「怒鳴られても、どうせまた派遣先送り込まれるんだし、同じでしょ。」
その瞬間、部屋の空気が震えた。
黄金の羽を持つ女神が、静かに現れる。
光を纏ったその姿は、あまりに神々しく、同時に冷たかった。
「――セイン、セイラ。次の任務よ。」
セインはため息をつき、スナイパーを肩にかけた。
セイラは書類をそっとデスクに置き、手を組む。
「対象世界は“エルフェリア”。魔王と呼ばれるバグが発生。現在、神聖値は限界を突破。聖女召喚は十六回失敗。勇者適性者、全滅。」
「要するに、世界が詰んでるってことね。」
「正確には、“放棄対象”です。あなたたちの仕事は救済ではなく――粛清。」
セインの目が静かに光った。
セイラはいつものおっとり笑顔のまま、淡々と尋ねる。
「粛清、ですかぁ……またですねぇ。」
「ええ。神の秩序に逆らう世界は、再構築のために消去する。
あなたたちはその“執行者”。」
「了解。」
「承知しました~。」
女神は静かに微笑み、金の印を二人の掌に刻んだ。
それは“召喚リンク”――異世界へ強制転移するための鍵。
「セイン、あなたはもう少し優しくなりなさい。下界の者たちは脆いわ。」
「努力はしてるよ。殺す時はできるだけ一撃で済ませてる。」
「……そういうことではないのだけれど。」
女神が軽く目を伏せ、セイラの方へと視線を移す。
セイラは相変わらず、柔らかく笑っていた。
「セイラ、あなたの“狂気”は抑制して。前回の世界では、全生命が自壊したでしょう。」
「気をつけます~。でも、師匠以外が話しかけてくると、うるさいんですよねぇ。」
「……あなたたちは本当に、神の造った“最高傑作”にして“最悪の兵器”ね。」
静寂が満ちた。
そして次の瞬間、二人の身体が金の光に包まれる。
「セイン、セイラ――あなたたちの次の仕事は、“世界の削除”です。」
光が弾ける。
神界の空気が歪み、時間が一瞬止まった。
最後に聞こえたのは、セインのぼやきだった。
「……また残業か。報酬、上げてくれればいいのに。」
「師匠、帰ったら猫カフェ行きましょうね~。」
そして、二人は消えた。
――神界第零派遣部、派遣任務発令。
対象世界:エルフェリア。
任務名:粛清。
狂乱少女達の粛清 〜異世界召喚されたのは女神から派遣された魔王を殺す最恐少女達でした〜 @karabanano
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