CAT

ShaDoww

話し方を忘れた猫

 にゃー、にゃー。


 外から猫の話し声がする。騒がしい奴らだ。


 彼らの声と共にあるじが起きる時間を迎える。


 吾輩わがはいもとい我輩わがはいは猫である。

 名前は…。


「おはよう、ミャーゴ」


 あるじの声が聞こえる。振り返ると主の姿がそこにあった。


 あるじの名はゆうき。我輩の飼い主であり、この家の一人息子だ。我輩わがはいが空腹で倒れそうだったの救ってくれた命の恩人である。


 ミャーゴという名前にひっかかるところはあるが優しく聡明な人物だ。


「今日も猫たちがよく鳴いているね。君も遊んで来るといいのに…。」


 ふん、我輩わがはいは、奴らみたいにはしゃぎたくないのだ。それに…。


「ケホッ、ケホッ、心配してくれてるのかい?僕のことは気にしなくていいのに。」


 あるじは病弱である。だから我輩わがはいは恩を返すために、今日もあるじに寄り添うのだ。


「そうか…ミャーゴは僕の側にいてくれるんだね。」


 そう言うとあるじは神妙な面持ちで我輩わがはいを見ながら続けた。


「ミャーゴはまだ声が出ないのかい…?」


 そう、我輩わがはいは声が出ず話すことができない。


 おそらく空腹で鳴き声を忘れてしまったのだと思う。

 正直、拾われる前のことはよく覚えていないが、おそらくよくにゃー、にゃーと鳴きながら、そこらの野良猫のようにしゃべっていたとはずだ。


 だから、我輩わがはいは野良猫たちと話したり遊ぼうと思ってもできないのである。まあ話せてもあるじそばは離れるつもりはないが…。


「ケホッ、ケホッ、ゴホゴホッ。」


 あるじが咳き込みだした。我輩わがはいは、心配そうにあるじを見つめる。


「大丈夫だよ、ミャーゴ。ちょっとむせただけだ気にしないで。いつも心配してくれてありがとうな。」


 我輩わがはいは寄り添うことしかできなかった。


 そんなある日、あるじの両親が帰ってきた。

 あるじの家は華族かぞくの家系なのだが、両親の人柄も良く、仕事や慈善活動にも、精力的に取り組んでいるため近隣の住民からの評判もいい。

 反面、家を空けることが多くあるじ一人で過ごすことも多いのだ。


 だが、あるじを放置しているわけではなく、むしろあるじの病気を治すためのお金を稼いだり、情報を集めるために奔走しているのだ。


「ゆうき、元気にしてた?」


 母上があるじを抱きしめながら話す。


「うん大丈夫だよ。母さん。」

「いつも家を空けてばかりですまないな。」

「気にしないでよ、父さん。僕のためって分かってるし。それにミャーゴもいるからね。」

「あなたもありがとうね」


 母上はそう言いながら我輩わがはいを抱き上げ頭を撫でた。我輩わがはいは尻尾を振って答えた。


「そういえばあなたの病気だけど…。」

「もうその話はいいよ。前の医者も匙をなげていたじゃないか。」

「違うのよ。三日月草みかづきそうって薬草なら効果があるかもって話だったの。ほら、って町の麓にあるでしょう。そこの山頂で冬の三日月の夜に生えるんですって何でもきく万能薬なの。」

「そんな薬草が…。」

「ただ希少みたいでな。自体登るのも困難な場所で採取は難しい。かといってお金を出せば買えるものでもなくてな。」

「そっか…。」

「父さんも今全力を尽くしているところだ。だから絶対に希望は捨てるなよ。」

「わかったよ。ありがとう父さん。」


 ~その夜~


「面白い話だったな、ミャーゴ。でも、きっと間に合わないよ。」


 そう、あるじの余命は近づいている。おそらく三日月の出る機会すらそう多くないだろう。


 だから…。


 次の三日月の夜、我輩わがはいあるじの眠りを見届けてひっそりと旅に出た。


 聞いた話では、夜にしか生えないらしい。移動時間も考えればリミットは数時間だろう。急げ、急ぐんだ。


 までもう少しだ。その時だった。


 うん?あの草むらに何かある?


 何の変哲もない草むらだったが、その中に何か光り輝くものが見えた。


 その瞬間、何故か分からないが光に引っ張られるかのように、体が草むらの方へと向かった。そしてその周辺を前足を使ってむさぼるようにあさった。


 すると…きれいな赤い石に装飾が施されたブローチが落ちているのに気が付いた。それは月夜の光を反射して美しく輝いていた。


 せっかくだ、これもあるじへの土産にしよう。


 っと道草を喰ってしまった急がなければ。


 そうこうしているうちにへと辿り着いた。

 

 話に聞いていた通り、登れる道も細く険しい山だが、それは人間だったらの話。我輩わがはいは猫である。あるじのためにも、必ず三日月草みかづきそうを手に入れるのだ。


 そんな覚悟を抱いて我輩わがはいは山を登り始めた。


 ~中腹~


 いくら猫と言ってもさすがにきつくなってきたな。だが、引き返すわけには行かない。ようやく恩返しすることができるのだから。


 そんな時だった。ふと目を横にやると水辺があることを確認できた。こんなところにあるとは幸運だ。せっかくだし少し休んでいくとしよう。


 こうして、水を飲んでいるときふと、水辺に映った我輩わがはいの姿が目に入ったのだが、何故か不思議と違和感を覚えてしまった。


 我輩わがはいはこのような顔だっただろうか?と。


 まあ今の我輩わがはいは、あの頃と違って色々食べさせてもらってるからな。違和感も覚えるか。


 さてミッション成功までもう少しだ。さあ、山頂へと向かおう。


 そう思い再び走り出したとき、ふと何者かの視線を感じ気がした。恐らく気のせいだろうそれよりも急がなくては、夜が明けてしまう。


 ~山頂~


 道中倒れてしまいそうにもなったが、なんとか山頂にたどり着くことができた。


 山頂の景色に浸る間もなく、我輩わがはいは周囲を見回した。すると、周囲の草の中で一際ひときわ目を引く植物に気が付いた。


 その植物は、三本の三日月のように細い緑色の葉に、白く丸い花を咲かせていた。その花は遠目に見ると満月のようにも見える美しい花だった。


 あれが三日月草みかづきそうに違いない。我輩わがはいはそう直感した。これを持って帰ればあるじも助かるかもしれない。


 我輩わがはいは、ついに見つけた三日月草みかづきそうを傷つけないよう慎重に、前足を駆使して採取することに成功した。後は元の道を帰るだけだ。


 こうして、我輩はチェックポイントを通過し、帰路に就くことにした。


 ~中腹~


 ふー、水辺がこの場所にあるのはありがたいな。もう少し休んだら出発するとしよう。この三日月草みかづきそうにも鮮度があるはずだ。ゆっくりくつろいでいる暇はない。水分補給を終えたら急いであるじの元へと戻るのだ。


 その時だった。またも視線を感じたのである。


 気のせいではないと思い、視線を感じた方向を見ると…。我輩わがはいと似た風貌の黒猫がいることに気付いた。


 深夜の闇に溶け込むかのような漆黒の色をした猫は、話すことも動くこともせずにただこちらを見つめているようだった。


 我輩わがはいを見ているのだろうか?少し近づいてみよう。それは好奇心に近いものだった。急いで帰らねばならないはずなのに、体は勝手に動いていた。

 

 そうして黒猫に近づくとそれまで何も動かなかった黒猫が口を開いた。


「よお、あんた次がラストチャンスだぜ」


 ん?この黒猫は何の話をしているのだろう?ラストチャンス?


「ここから出るためのチャンスの話さ。だが今回のプレイヤーは慣れてるな。今のところ見逃してるところが無い。ブローチも拾われちまった。」


 黒猫は淡々と話を続けた。


「あんたも運がねえな。この感じだとこいつ初クリア者になるぜ。…っと喋れないって設定だったか。」


 そう言ってこちらの事情を察したようだった。すると黒猫はこちらに問いかけるようにして話し始めた。


「お前、猫のくせして話せないんだろ。話し方を忘れたってことらしいが、おかしいと思わないか?鳴き声を話し方を忘れるか?喉がつぶれたわけでもねえのに。」


 何を言うかと思えば、我輩わがはいは空腹で死にかけたのだ。ストレスで声が出なくても不思議じゃない。そう考えていると、それを見透かしたように黒猫は続けた。


「じゃあ百歩譲ってそれは正しいとしよう。それじゃあお前野良猫の鳴き声は聞いたことがあるか?」


 当然だ。奴らはいつもにゃー、にゃーとうるさく騒いで…。そのとき我輩わがはいは黒猫が言わんとすることが分かった。


「そうだ。猫の鳴き声ばかりで猫が会話してるのは聞いたことがないだろう。お前は忘れたんじゃない。知らないんだよ、猫の言葉を。」


 更に黒猫は続ける。


「そう考えると、あるじの言葉が分かる理由はなんだろうな?それに、そこの水辺で自分の姿を見たとき違和感あったろ?それもそういうことさ。」


 そう話すと黒猫はこちらに向かって歩き出し、すれ違いざまに語った。


「お前はネコじゃねえ。俺と同じ…。っと悪いなここまでだ。じゃあな。」


 待てお前は何だ?そう問いかけようとしたとき、黒猫の方から去り際に語った。


「俺は真実を語る黒猫さ。お前も会ったことはあるはずだ、何も話さなかったネコに。これもの内だ。じゃあな、もう遅いだろうが幸運を祈るぜ。」


 そう言って黒猫は去っていった。


 黒猫との会話を終えた後、我輩わがはいは、ただひたすらあるじの元へと駆け出していた。しかし、あるじのことなど頭には無く、さっきの黒猫との会話が脳内を駆け回っていた。


 何を言ってるんだ?奴は?我輩わがはいがネコではないだと?


 水辺で改めて自分の姿も見た。間違いない我輩は猫である。そのはずなのに、黒猫のせいで芽生えた違和感がぬぐえない。何故自分の姿に違和感を持つのだろうか?そもそも我輩わがはいは何故ここまでこれたのだ?我輩わがはいはここに来るのは始めてのはず…。


 いや考えるのはよそう、今は走るのだあるじのもとへ


 そう思いひたすら駆けて走っていた時だった。周囲の空気がいきなり冷たくなったように感じた。


 不審に思い、辺りを見回そうと足を止めようとしたとき、背後から何か恐ろしい気配を感じた。まるで背筋が凍るかのような感覚に思わず身震いしてしまう。何かいる。我輩の背後に得体の知れない何かが現れたのだと思った。


 振り向いてはダメだ。止まってはダメだ。そう直感した我輩わがはいは、速度を上げて駆け出した。振り向くな走り続けろ、捕まったらどうなるのかわからない。そう思った我輩わがはいは一心不乱に走っていた。しかし、得体の知れないものの気配はすぐそばまで迫ってきている。このままではダメだ。捕まってしまう。


 そう思ったとき、持っていたブローチが突然輝きだした。


 ブローチの放つ真紅の光は周囲を照らし、我輩わがはいの背後に迫っていた気配もろとも包み込んだ。そして気づいたときには、先ほどまで感じていた気配はブローチと共に消え去っていた。振り向いても何もおらず、ただ来たときと変わらない景色がそこにあった。


 あれは何だったのか?丑三つ時うしみつどきの霊と言う奴だろうか?まあいい。急いであるじのもとへ向かわなくては。


 ~主の屋敷~


 屋敷に戻ったときには、夜は明け朝日が顔出していた。


 我輩わがはいは、屋敷の門をくぐりあるじの元へと向かった。


 あるじは、いつもと変わらず部屋で眠っていた。我輩わがはいは、あるじを起こさぬよう抜き足差し足で向かい枕元に三日月草みかづきそうをそっと置こうとしたのだが、気配に気づいたのかそれとも単に目覚めの時間だったのか、あるじがむくりと起き上がり目を覚ましてしまった。


 あるじは、一つ大きくあくびをするとこちらを向いた。普段こんな時間に枕元にいないはずの我輩わがはいを見て、少し驚いた表情を見せたあるじだったが、すぐにいつものような笑顔を見せた。


「おはよう。ミャーゴ。」


 我輩わがはいも尻尾を振って返事を返す。


 あるじは、我輩わがはいの姿を見回すと体の汚れに気づいたのか、こう話しかけた。

「ミャーゴ今日はどこか出かけていたのかい?珍しいね。」

 我輩わがはいは普段、屋敷でゴロゴロしているばかりだし、我輩わがはいの毛色は白いため、汚れは直ぐに目立ってしまいバレてしまったようだ。


 そして、あるじは枕元に置かれた三日月草みかづきそうに目をやった。


「これって…もしかして…三日月草みかづきそう?ミャーゴまさか…お前がとってきてくれたのかい?僕のために?」


 我輩わがはいは、静かにあるじにすり寄った。すると、あるじは目に涙を浮かべながら我輩を抱きしめた。


「大変だったろうに、ありがとうなミャーゴ。」


 あるじは喜んでくれたようだった。それだけで我輩には充分なのだ。


 その後、主の両親の伝手で医者の協力を得ることができ、三日月草みかづきそうから薬を作ることができた。三日月草みかづきそうから作られた薬を服用し始めたあるじの体調はみるみるうちに良くなっていった。激しい運動はまだできないが、周囲の散歩から始め少しずつ体力をつけていってるところだ。


 そんなあるじと共に我輩わがはいも平和な日常を過ごしている。今日も屋敷の縁側でくつろいでいるとあるじが声をかけてきた。


「ミャーゴ、あのときは本当にありがとう。」


 どうやら、改めて感謝を伝えたかったようだ。


「お前のおかげでもうすぐ完治できるみたいなんだよ。」


 そいつはめでたい話である。我輩も役に立てたようで何よりだ。


「それで…なんだけど…もし完治したら、一緒に旅に行かないか?」


 旅?


「ほら、僕は屋敷から出たことがなかったから、外の世界を見てみたいんだ。それに、外の世界の情報には君の声を元に戻す方法もあるかもしれない。」


 そうか、あるじは生まれつき病弱だったから、外の世界への憧れがあるのだろう。そしてその旅に我輩も誘ってもらっている。


「君に恩返しがしたいんだ。両親も許可してくれたしさ。どうする?」


 それはもちろん。我輩わがはいは主の側にいよう。我輩わがはいは尻尾を振って応えた。


「そうかお前も来てくれるかありがとうな。ここからもずっとい っ し ょ だ ぞ、ミャーゴ。」


 その瞬間だった。忘れるように務めてきたことが、ミッションクリアという言葉と合わせて再び脳内をよぎった。今まで考えないようにしていた違和感、そして黒猫の言葉が頭を駆け巡ったのだ。


 我輩わがはいが道を知っていた理由、ミッションと言う馴染みが無いはずの言葉、見覚えのない姿。そして…あの黒猫。


 あの黒猫には覚えがあった。あれは"こちらを見つめる黒猫"テキストはなくずっと読点だけの変な奴だった。我輩わがはいいや、俺、本来の記憶にあるこの映像。


 まさか…まさかこの世界は…


 そう考えだしたとき、周囲が真っ暗な闇に包まれた。そして、闇の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「正解。ここはゲームの世界だぜ。どうなってんのかしらねえが、ゲームオーバーになった奴はこの世界に閉じ込められちまうのさ。」


 黒猫?!一体どういうことだ!


「まんまさ。俺も歴が長くてな色々わかった。まずこのゲーム発売されてねえデモ版だ。」


 この先、つまり主を助けた後の話はまだないのか。


「ああ、だからあんたが出るには、あのゴースト戦が現状最後のチャンスだった。」


 そうか、プレイヤーがゲームオーバーしたら、ゲーム内のNPCとして閉じ込められる。そして主人公に閉じ込められた場合は、画面の前のプレイヤーと入れ替わることができるのか。


「ああ、お前の前の奴がそうだった。」


 そんな…なんでこんな事に。


「まだ、出る希望があるだけましさ。主人公は。こっちは出れるか分かったもんじゃねえ。俺が入ったのは、半年前…確か開発中のゲームを触ったときだ。あの泉でふと自分の姿見て思い出したぜ。」


 そうか、あの泉が一種のセーブポイントあるいはチェックポイントになっていたのか。俺も少しずつ思い出してきた。確か、数日前に抽選で配信されたゲームのデモ版を遊んでいたんだ。当選したプレイヤーは、全部で50人くらい。僕のデータには13とかあった気がする。


「あー、そこまで気にしてなかったな。だが俺が知ってる主人公の白猫になった奴はお前で5人目だ。他にも閉じ込められた奴がいるのか、それとも未だ登場してないNPCにさせられたのか。それと、このゲームのデモをクリアした奴は、俺の知る限り今回が初めてだ。っとお喋りは終わりだな。まだ意味不明なことばかりだからな、機会があればまた情報交換しようぜ。」


 おい!何で急に。


「ゲームをクリアしたらお決まりのがあるだろ。」


 まさか。今ってエンドロールなのか。


「そっ、エンドロールがもう終わちまうんだよ。じゃあな。」


 エンドロール中って、じゃあ本当にこの世界はゲームの・・・。


 そのとき僕の体は自然と闇の向こうを振り向いていた。この視線の先に、恐らくクリアしたプレイヤーがいるのだろう。僕はこの世界から抜け出すことができるのだろうか?いや、そんなことはまた次の機会に考えればいい。


 今はただ、この世界を知らずにクリアした画面の向こうの者に祝福を。エンドロールとはそういうものだと思うから。


 僕は、猫の姿でお辞儀をすると、暗闇の中でありながら機械的に決められたのであろう道を歩いて退場した。


                CAT


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CAT ShaDoww @ShaDoww

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