【独裁国家短編小説】澱んだ玉座の輝き ~天帝の贖罪と龍脈の化身~
藍埜佑(あいのたすく)
序章:龍脈の誓い ~灰の中の少年と涸れた泉~
炎が地平線を舐め尽くしていた。
少年は、焼け焦げた村の中心に立ち、無言で空を見上げていた。
灰色の煙が渦を巻き、かつて祖母が「天の気が流れる」と教えてくれた青空を覆い隠している。彼の足元には、まだ温もりの残る遺体が転がっていた。隣人だった老人、いつも飴をくれた雑貨屋の主人、昨日まで笑っていた子供たち。
そのときワン・ユーロンは十二歳だった。
この村を襲ったのは、北方の軍閥か、それとも南の反政府勢力か。
もはやそんなことはどうでもよかった。この時代、東アジアの辺境は無数の勢力が入り乱れ、民は虫けらのように踏みにじられていた。統一王朝は百年前に崩壊し、各地で自称「皇帝」や「大統領」が乱立していた。
「なぜ……」
少年の唇から、掠れた声が漏れた。
「なぜ、誰も守れないんだ」
彼の両親は三年前、別の戦闘に巻き込まれて死んだ。祖母は昨年、飢饉で命を落とした。そして今日、彼が家族と呼べる最後の存在だった村の人々も、全て
ユーロンは拳を握りしめた。
爪が掌に食い込み、血が滲む。
その夜、彼は村を後にした。行く先も決めず、ただ歩き続けた。三日三晩、水だけで生き延び、四日目の夕暮れ時、彼は古びた寺院に辿り着いた。
寺は半ば崩壊していたが、本堂だけは辛うじて形を保っていた。ユーロンは中に入り、埃まみれの仏像の前に座り込んだ。そこで彼が見つけたのは、古い経典だった。
それは『天帝録』と題された書物で、かつて理想の統治者として君臨したとされる伝説の「天帝」について記されていた。
天人合一――天と人が一つになる境地。
徳治主義――力ではなく、徳によって民を導く統治。
万民安楽――全ての民が飢えず、争わず、平和に暮らせる世界。
ユーロンは、震える手でページをめくった。夜が明けるまで、彼はその書物を読み続けた。そして、心に決めた。
翌朝、彼は寺の裏山に登った。そこには、古くから龍脈が通ると信じられてきた聖なる泉があった。かつては清らかな水が湧き出ていたというその泉は、今は涸れ、苔むした石だけが残っていた。
ユーロンは、その泉の前に膝をついた。
「私は誓う」
彼の声は、静かだが揺るぎないものだった。
「私は、この混乱を終わらせる。私は、この大陸に真の秩序をもたらす。私は、天帝録に記された理想の国を築く。二度と、誰も飢えることのない世界を。二度と、無意味な争いで命が失われることのない世界を」
朝日が昇り、涸れた泉の石を照らした。その瞬間、ユーロンには一瞬、石の隙間から微かな光が漏れたように見えた。幻だったかもしれない。しかしその光は、まるで誓いを聞き届けた龍脈の応答のようだった。
「これこそが、私に与えられた天命だ」
その誓いから三十年。ワン・ユーロンは、東アジアの広大な地域を統一し、蓬莱連邦共和国を建国した。かつての少年は、今や絶対的な権力を持つ「天帝」として、億を超える民の頂点に君臨していた。
しかし……。
彼が築いた国は、果たして龍脈の泉で誓った理想の姿だったのだろうか。
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