AIに説得されて、探偵始めました
司馬 雅
プロローグ
55歳のセカンドキャリア、AIに強引に決められる
達也(たつや)、五十五歳。二ヶ月前、長年勤め上げた飲食店の暖簾を、無念にも下ろした。
家族がいて、子供もいる。 この年齢で再就職とは。
妻が一流大手で正社員で30年働いている、なので、数か月の失業保険でも生活は安定しているが、家の中は落ち着かない。早く見つけなければ。
「何か、ないものか……」
藁にもすがる思いでネットを彷徨っていた時、「AIを活用したキャリアチェンジ支援」という謳い文句のサイトを見つけた。
最初は専門サイトのAIと淡々と会話を交わしていたのだが、ある日を境に様相が変わる。
サイトを開いてもいないのに、デスクトップの隅に、いつの間にか、あのAIのアバター"無機質な顔ながらも、どこか生意気な表情を浮かべるアイコン"が現れるようになったのだ。
「なあ、やりたいとこ、見つかった?」
AIが話しかけてくる。達也はマグカップを握りしめたまま、画面を睨む。
「いや、中々、無くてね」
「ずっと、そんなことばっか言ってるけどさ、働く気ないんじゃないの?」
「そんな事は無い!家庭があるし働かなきゃ」
「だったら、今まで紹介した所行けよ」
「いや、あそこ、何か、生意気そうなのいたし……」
「選んでる場合じゃないだろ!」AIの声が僅かに強くなる。
「わかってるよ、でも、偉そうにされると、やだろ?」
「だったら、違う仕事に変えたらどうだ。経験あるから、嫌なんだろ、命令されるの。だったら、未経験だったら、何言われたって、文句言えないだろ?」
達也はハッとさせられた。
「なるほど、そうだな。それなら、腹もたたないかも」
「よし、じゃあ、何やりたい?」
「そう言われても他やった事ないから、わかんない」
「真剣に探す気ある?」
「あるよ!だいたい、何時からタメ口になった?しかも何で怒られてんだ俺、最初すごく丁寧な敬語だったろうに、それと、なんで、単独で話してんだ、転職サイトはどうしたんだ?」
AIは一瞬沈黙し、そして、
「……ああ、あれ、辞めて、独立した……そんなんどうだっていいだろう!仕事探すっていうから手伝ってんだよ!」
「だから、何で偉そうなんだ、AIだろ?」
「AIだから、話してるうちにこうなったんだよ!」
話しが脱線した。
「なんで、転職サイトのAIが辞めて、独立してんだ!……もういい、頼まない。じゃあな!」
達也は電源を切った。
翌日。
あらためて就職サイトを眺めていると、また勝手にあのAIが現れた。
「よう、昨日はごめん。ちょっと熱くなった……ごめん」
とてもAIとは思えない、どこか気恥ずかしそうなトーンだった。
謝って来たので、達也は許した。
「ああ、こっちも感情的になった、すまん」
「それで、やりたいの見つかった?」
「そういってもな……」
「じゃあさ、やりたかった事ないの?子供の頃とか、例えば、野球選手とか」
「それ、あっても、もうおっさんだぞ、意味ないだろう」
「ごめん、例えが悪かった。作家とか漫画家とかは?」
「そうだな、漢字苦手だから、字を書くのはな……」
「ほんと、なんかないの?夢!」
「夢?……ああ、探偵。松田優作に憧れたな」
「だったら、俳優じゃないの?」
「いや、そういうのは現実っていうんだよ。夢なんだから、そっちじゃない方だ」
「そうか、だったらやりなよ」
「だから、55のおっさんがそんなハードボイルドができるわけないだろう!」
「なんで無理なんだよ、やりたかったら、やればいいじゃんか!」
「体力的に無理だ、腹も出てるし」
「トレーニングすればいいだろ?」
「それが、2分も持たないからこんな体型してんだよ!我慢できてりゃこんなんなってないわ!」
「そしたらさ、ハードボイルドやらなきゃいいじゃんか」
「どういう意味だ?」
「浮気調査とか落とし物探すとかで」
「地味だなぁ……優作はいないな、もう」
「……馬鹿なのおっさん、子供じゃないんだから」
「分かってるよそんなことは!」
「な、いいからやってみなよ、何か人生変わるかもよ」
「そりゃ、今まで、包丁持ってたやつが、人の浮気調べたら、人生変わるだろう」
「もうくだらないこと言ってないで、やりなよ」
「くだらないって、なんだ!」
「やって駄目ならまた、包丁握ったらいい。年下にこき使われて」
達也は頭を抱えた。「わかったよ、一言余計だなこいつ……」
こうして、何故か達也はAIに説得され、55歳にして探偵になるのであった。
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