ライジング・サン
九楽
第1話 ライジング・サン
『…化物がいる』
死にかけのアサシンがそうつぶやいた。彼の人生は生まれたときから決まっていた。母も分からず、父もいない。気づけば汚らしい格好をして道端を歩き、小銭をひらう日々だった。
薄暗い路地裏を歩き、ゴミ捨て場の横で死んだように座る。それがいつもの日課だ。ふと、汚れた黒髪を触るとボサボサで指に絡みつく。それに痒みもひどい。まぁ…雨が降るまでの我慢だ。飲水は少し遠くの川に行けばなんとかなるが、モンスターがウヨウヨしていて月に一度の大掃討が終わらなければ危なかっしくていけない。今日は期限の切れた牛乳も捨てられる事を祈るばかりだ。
「…今日はパンだけか……。あいつがなにかもらってきてくれてたらいいけど…」
年齢的には子供だが、少し大きくなりすぎた。町中じゃ皿を持っていても恵んでくれるやつらはいない。こうして廃棄されたパンを拾う。なんとか命をつないでいるが、時折この生活にゴールはあるのかと虚しくなる。
「……そこの君」
薄汚れたバケツから腐りかけのパンかとガッカリしていた。そんな時だった。杖をついた若い身なりのいい男が近づいてきた。黒光りする革靴を履き、金色の髪をなびかせて、ゆっくりと靴を鳴らしながら歩いてくる。たたずまいもどこか気品にあふれていて、どこかの貴族かと思わせるその風貌は僕には眩しすぎた。
「おっ、おいきみ!」
僕は急いで逃げた。きっとろくでもない人間に違いない。僕を捕まえてどこかに売るか…死ぬまで働く奴隷にでもする気だろう。
「なんとか逃げ切れたな…」
さっさとまくつもりが、割と追いかけてきた。建物の屋上を何度か飛び越えたが、それでもついてきた。大人でも踏み間違えれば死ぬような高さだ。杖を持って歩いてるわりには機敏な動きをする。やはり怪しい男だ。普通ならここまでは追いかけてこれない。
…ちっ! 今日は集会か…。
なんとか袋小路を抜けて、秘密の抜け穴を通るといつものやつらがあつまっていた。本当はここを通るべきではないとも思ったが、やつらも毎日いるわけじゃない。淡い期待に賭けてみたが、今回は負けたようだ。
「おいそれをよこせ」
「……」
ナイフを背負ったトカゲの入れ墨が入った男が近づいてきた。僕は地面にしゃがみこみ、無言で腐ったパンをゆっくりと置いたあと、またゆっくりと立ち上がり三歩下がった。
彼らもスラム街の住人だが、決して逆らってはいけない。彼らがここを仕切っているのは、誰もが知っているが、そんなことが問題じゃない。
「…ちっ、腐ってやがる。ほら…返すぜ!」
僕は地面に落ちたパンを拾おうとすると、踏みつけられたパンが袋からはみ出した。僕は反射的に拳を握り込んだが、すぐにほどいた。敵対する気を少しでもだせば彼らは容赦せず、見せしめのためにやつらは殺すだろう。
「……」
「へへへ…。…お前とおんなじで腐ってやがる……。…ほら…笑えよ?」
僕も綺麗な人間じゃない。こんなことは過去にもあった。殺しはしないが、生死不明のやつらはいくつか作った覚えもある。こんなやつら僕の手にかかれば一分でやれる。魔法が使えるやつらじゃなければ…。
「…ははっ…悪かった。…次はいいものを持ってくる」
「わかればいい…。わかればな…。よし…こんなゴミは放っておいて…そろそろ始めるぞ」
嘲笑う声を聴きながら僕はホームに戻った。悔しさがこみ上げてくるが、やつらには手を出せない。
「くそっ…!」
昔はあそこまでじゃなかったが、やつらはこの数年でとてつもない過激派になった。特に今のボスはヤバい。前までは舐めた態度を取らなければそこまで酷い目に遭わなかったが、今のボスは気分次第で好きに殺す。
一度だけ姿をみたことがあるが、大きな大男で腕にはガトリングガンを装備していた。奇声をあげながら、前のボスをハチの巣にした後に大笑いしていたが、周りのやつらが引きつった顔で拍手しながら笑っている姿は今でも覚えている。あんなやつら早く消えてくれたほうが治安も良くなると思うんだが、俺以外のやつはそんな出来事があった事を覚えてもいない。
「魔法か…。俺にも使えたら…」
ただの狂人なら既に殺されているだろう。じゃあ、なぜ殺されないのか…。それは魔法のおかげだ。魔法と言われるものは、各地に散らばり記憶されたカードを素養のあるものが直接読み取る古式といわれるものと、機械を通して埋め込み使い倒す新式がある。誰がカードをばらまいたのかは分からないが、火種を作るのが好きなやつに違いない。
「………はぁ…しょうもない。帰るか…」
「……やっとホームについた…。飯が食える…」
ホームといっても雨風がなんとかしのげる程度のボロ小屋だ。寒さはそこまで防げるわけじゃない。冬はたくさんの人間が死ぬ。そして、ここらで死んだ人間の衣服を剥ぎ取って冬をなんとか越さなきゃならない。
「やぁ…」
扉を開けるとさっきの男がボロ椅子に座っていた。僕は固まってしまったが、次の手を考えなくてはいけない。腰から短剣を抜くと男は笑いながら立ち上がった。
「……誰だ? …どうやってここが分かった?」
「…はははっ……。…まずは誰だというところから答えよう。…アレヴァント公爵は知っているかな?」
「とんだイカレたやろうの名前か…?」
「ひどいなぁ…。君の父親なのに…」
「…っ!?」
…公爵が俺の父親? そんなバカな…。それにアレヴァント公爵って…この辺りを牛耳っている奴じゃないか…。
「…あんたが俺の父親?」
「…違う違う。君と僕じゃ全然似てないよ」
「…要件はなんだ?」
「僕はカイル…。君の父親に頼まれただけだよ。僕しか君の居場所を知らないからね。きみをここに捨てたのはなにを隠そうこの僕なんだ」
「…だったら今度はお前がここに住む番だな……。…地面で這いずり回る虫も仲間が増えたって喜ぶだろうぜ!」
「まっ、まて、まて! きみと戦いに来たわけじゃないんだ。きみに渡すものがあってきたんだよ」
男はポケットから小石のようなものを出して、テーブルから一歩下がった。綺麗な石だが、宝石のようには見えない。いびつな形をした石だ。
「…こんなゴミを渡しにきたのか?」
「売れば一億…」
「なにっ!?」
「聞いたことがないかな…。あるアサシンの話を…。…道端で死にかけながらも王に拾われ、暗殺を生業とし、絶大な信頼を受けた一族の話を……」
「ノーブ…ガトリア…」
「…そう。…君の先祖…ノーブガトリアさ…。彼に殺された人は千を超える。王から名を与えられ…表向きの名はアレヴァントと名乗ることになったのさ」
「だったら俺はなぜここにいる…? 貴族暮らししてなきゃおかしいだろ?」
「まぁ…殺しを生業にしてきた一族だってことはそれだけ恨まれているんだ。だから、赤子が生まれた数カ月後にスラム街の住人に偽装させる…」
「……数百年も前の話だろ? なんでそこまで…」
「…ああ…流石に数百年前の事を恨んでいるやつは居ないよ。…もう分かるよね」
「……」
男は不気味な笑みを浮かべると立ち上がった。ふと、ベッドの奥にあいつが着ていった服が造作脱げていた。
「…不思議に思わなかったかい? 君が今まで死ななかったことに…」
「……おい」
「…バケツを開ければ食べ物が入っている……。…そんな状況を教えてくれたのは誰だ? ここに住めと言ったのは誰だ?」
「…おい…そんな話はどうでもいい。…ミーシャをどこにやった!?」
「…ミーシャ?」
「ここに…俺と同じくらいの背格好をした奴がいたはずだ。とぼけるな……。殺すぞ…」
「……あぁ…彼女はもう任務が終わったんだ…。君を監視する任務がね…。…もう用済みってわけさ……」
「俺を監視だと…」
あいつとは十年前に知り合った。ここでの生き方を教えてもらった。確かに命を救われたと思っていた。毎日、とぼけた顔をして観光客に花の冠を売って日銭を稼いでいる。そんなやつだ。そんな奴が俺を監視するだと。俺と大して年も変わらない奴が…。
「…なんのために俺を……」
「そこまでは知らないよ…。彼女は公爵に直接雇われてたんだからね…」
「……」
「…さて…本題に入ろう。先日、公爵が死んだ。表向きは病気だが、実は暗殺が失敗して自爆魔法が発動した。…きみにはその後任になってもらいたい」
「この石を売って優雅にくらすという手もあるぜ」
「そうだね…。…案外それがいいかもしれない。ただし…暗殺一件を成功させればそれ以上の財が一瞬で手に入る…。…ん? なんだ…。…もしもし……」
男は急に電話を取り出すと、ボソボソと話しだした。
「……おい」
「…少し黙ってて……。いや…君じゃない…。…それで…要件は…。その件は私じゃ………。…ミーシャ……? …彼女が?」
僕は男から電話を奪って、受話器の先にいる人間に声をかけた。
「おいっ、ミーシャがどうしたんだ!」
「…君は…。…彼女の命が危ない……。場所は僕が誘導する」
「おいっ、勝手なことを!?」
「…っ!」
案内の通りの方向へ全速力で走ると、さっきの集会場についた。そこにはガトリングガンをつけた大男が、ミーシャの首をねじ曲げていた。
「ミーシャ!」
「なんだ…お前は?」
「…さっさと離せ!」
僕は体当たりしてみたが、やはりダメだった。ビクともしない。そんな時、胸ポケットに入れた綺麗な石ころが床に落ちた。
「…そいつは!?」
それが落ちた瞬間、ミーシャは投げ捨てられ、僕はすぐに様子を見たが、もうどうしようもない状況だった。
「それに触るな!」
カイルは隠し剣でガトリングガンを叩き切ろうとしたが、あまり効果はなかった。彼はそのまま思いっきりうでを振り抜いたあと、壁際にころがった彼めがけてガトリングガンを撃ちつけた。
「ハッハハッハ! 今日は最高の気分だ…」
「…お前…よくもミーシャを…」
「…あっ? あの女の知り合いか? まさか…お前までアサシンなんて言わないよな…?」
「……」
「おいおいマジかよ…。…どれだけ撒き散らしてるんだ。…まあいい……この石…これさえあれば俺は無敵だ。…俺を最強に……。…なんだ? …偽物か!? この俺を受け付けないだと…?」
「…当たり前だ。貴様が使えるなら私が既に使っていた…。認められたもの以外が持っても、ただの綺麗な石ころだよ…。グッ…」
ひどく殴られて吹き飛んだカイルは血反吐を吐きながら気を失った。ただ、カイルが気絶する前に僕の目をジッと見ると、手にはあの石が握られていた。
「どこにいった!?」
やつはスクラップが体に纏わりつき、もはや人間と言えるものでもない別の生物になっていた。僕は石ころを見せびらかしたあと、その石ころを飲み込んだ。
「…これがお目当てか?」
硬くて喉のところに引っかかったが、勢いで飲み込んだ。すると、目の前の前にスクラップはガタガタと震えだし、蒸気を噴いたかと思うと猛スピードで襲いかかってきた。
「…はらぁ割いてやる!」
遠くに逃げて時間稼ぎでもしようと思っていたのに、少しずつ妙な感覚が僕を襲ってきた。今ならなんだってできそうな…。
「ぐはぁ!」
僕は思いっきり金属の塊にぶつかって、数百メートルは吹き飛んだ。バラバラと落ちる壁をみながら、それでも意識があることに不思議な感覚を覚えた。
「さっさと出てきやがれ…! くそっぉおお!」
「……」
胸の鼓動が早くなっていく…。なんだ…これ…。これは…。
『君が思い描いたことは何でもできる…。これは太古の魔法…。世界を破滅に導いた七つの魔法の一つ…サン……』
「……」
ミーシャ…君は…。
「……あれ? そんなとこにいたのか…。探す手間が省けた…。…今殺してやる!」
「……」
腕をまずは裂く…。
「……えあ!? …ああっ!?」
「……」
次に…。
『……怒りを鎮めて』
「……」
『……ごめんね…。今まで騙してて…』
「…いいよ別に……」
「…バカなぁ!? おっ、俺の腕がぁあ……!?」
「…早く起きて!」
「…ここは……。…ミーシャ? …生きているのか!?」
倒れたミーシャはまだ息があるようだった。でも、さっきまで死んでいたはずだ。見間違えたのか…? そんなはずは……。
「…ええ…。…あなたのおかげでね。それよりもあれ…倒せる…」
「ああ…。すぐに終わらせる…。うまいものでも食べに行こうぜ!」
「クソクソクソクソクソクソクソ…。もう…この腕じゃ…襲撃できねえ…。…クソがぁあー! こうなったのも全てお前のせいだ! お前だけでも道連れにしてやるぅう!」
僕の目の前には大きな手が現れた。硬そうで機械的な爪はなんでも切り裂けそうだ。とりあえず今やるべきことはただ一つだ。こいつで思いっきり殴り飛ばす!
「これが今までの分…」
「がはっ…!」
「これがミーシャの分…」
「ぐっ…」
「そして…これが今朝…踏み潰した…パンの恨みだぁあ!」
「ぐぅあああ!」
その後、火事が広がり、サイレンが鳴り響いていたが、例の金髪クソ野郎がなんとかしたようだ。そして、あいつはどうなったのかは知らないが、もう日の目をみることはないだろう。
……一ヶ月後。
「…本当に良かったの?」
「…さあ…これからわかるんじゃないか?」
結局、あの石ころを売って生活してみることにした。暗殺者なんて真っ平だからな。そんなことをしていると、血相をかいた金髪ロン毛クソ野郎が汗を描きながらやってきた。
「…バッ、バカなの、君!?」
「…まぁ…勉強してねえし…」
「……あの石があれば君ならどんな魔法でも使えたんだ……。…死者蘇生……あれだけでも……。それにあれだけのエネルギーを単純に引き出したとしても…とんでもない金額の金が……」
「…手紙に書いた通り屋敷とかはもらっておくぜ! なぁ…ミーシャ…屋敷に使用人とかいるのかな? …ってことは俺がお金を渡すのか!? いくら渡せばいいんだよ……」
「まぁ…そのへんから勉強よね…。少なくとも後継者が貴方しかいないから…。これから大変ね…」
「聞いてるのか!? あの石をどこにやった!?」
あれだけ冷静だった人間が、服をつかみながら唾を飛ばしてくるとは思わなかった。こっちのほうが僕としては話しやすいが、人間ってやつは恐ろしいものだ。
「ミック…ムック…モック…だったか…。そんな感じの商店だ…」
「すぐにすぐに買い戻す…。買い戻した暁には分かっているな!?」
「分かってるって…」
土煙を立てながら彼はどこかに消えてしまった。僕はふと横を見ると、ミーシャはなにやら怪しんだ顔をしている。流石に十年一緒に生活していると、少しの違和感も分かるようだ。
「…実は売ってないんでしょ?」
「いいや…売ったさ…。…本物はここにあるけどね」
僕はお腹の辺りを擦った。あの時、口の中に入れてから未だに身体から出てきていない。正直大丈夫なのかと思うが、まぁしばらく様子を見よう。
「じゃあ…なに売ったの…」
「…俺以外が持ってても、ただの綺麗な石なんだろ? …だったら、ただの綺麗な石でも問題ないだろ?」
僕は手の中から綺麗な石を作って、すぐに握りつぶした。手を広げると風に乗ってキラキラと虹色に舞い上がっていく。
「君はいつも適当だね…」
「褒め言葉として受け取っとくよ。さて…屋敷にでも行ってみようぜ!」
こうして平和になった世界に一輪の花が咲いた。一時の平和かもしれないが、この花が枯れないことをただ祈るばかりである。
ライジング・サン 九楽 @crank12
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