第十九話(最終話):非効率な再生(語り手:アオイ)

あの激しい対立から数カ月が経過した。

僕たちが暮らすこの小さなコミュニティは、もはやユウキが語った**「静かな消滅」の風景ではない。もちろん、かつての都市特区のような「光の中の豊かさ」も存在しない。しかし、ここには確かな「活気」**が戻っていた。

富裕層の残党は、プライドを捨てて泥にまみれ、瓦礫の撤去や食料の栽培に参加していた。彼らの**「知識」は、水路の勾配計算や、病気の予防、限られた資源の分配計画に役立った。ケンジたちの「経験」**は、その計画を現実の土と鉄の上で実現させた。コウは、残された通信機器を使い、僕たちの活動を記録し、他の集落との連絡を試みていた。

ケンジとの関係は、もはや**「取引」でも「支配」**でもない。

ある日、僕は水道管の修理中に、彼の指導を仰いだ。「この圧力で、この古いバルブは本当に耐えられるのか?」

ケンジは工具を置き、汚れた手でパイプを叩いた。「データじゃ分からんだろうな。だが、こいつとは20年付き合ってきた。まだ持てるさ。ただし、一日の使用量を制限する。俺たちの経験が、そう言っている。」

彼らの知識は、僕たちの**「効率の論理」が切り捨てた「人間の判断の余地」だった。富裕層がAIに頼りきりになったことで失われた、「感覚と責任」**だ。

コミュニティの最大の変化は、「無気力」の消滅だった。

かつてユウキや、貧困層の多くを絶望させた**「努力が無駄になる社会」は、ここには存在しない。誰もが、自分の労働が直接、翌日の食料や飲料水に繋がることを知っている。彼らが働く理由は、金銭やAIの評価ではなく、「隣人と共に生き延びる」**という、最も根源的なものになった。

子供たちの姿も増え始めた。富裕層の家庭の少数の子供と、低スキル層のコミュニティで細々と生まれていた子供たち。彼らは、タワーマンションでAIに管理された生活を知らず、泥の中で共に遊び、**「生存に必要な知識」を大人から学んでいる。これは、「教育格差」ではなく、「生命の知識の共有」**だ。

僕たちは、かつての輝く都市を**「再生」**することはできないだろう。しかし、僕たちが築いているのは、それよりもずっと価値のあるものだ。

それは、不完全で、非効率的で、常に手作業での修復を必要とするが、人間が互いに頼り合い、自らの手で未来を作っている感覚に満ちた社会。

僕がかつて設計したシステムは、**「混乱なき衰退」という静かな終焉に向かっていた。しかし、僕たちが今選んだ道は、「非効率な再生」**という、泥臭く、不確実な始まりだった。

僕の目の前にあるのは、僕たちが排除した貧困層の尊厳と、富裕層の傲慢な知識が、**「人間の力」**という共通の土台の上で結びついた、新しいコミュニティの姿だった。

夜、僕はコウが再起動させた古いラジオから流れるノイズを聞きながら、ユウキの言葉を思い出した。彼は**「静かな消滅」を選んだが、その絶望の底で、僕たちに「終わり」の真実**を託してくれた。

僕たちが辿り着いたのは、華やかな勝利ではない。それは、**「人間は、完璧なシステムよりも、互いの不完全さの中で、最も強く生きられる」**という、沈黙の国のアリスが辿り着いた、最も静かな真実だった。

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沈黙の国のアリス:AIに支配された超格差社会で、人間は「非効率な再生」を選びました nii2 @nii2

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