第十八話:特権の放棄と真のコスト(語り手:アオイ)

僕たち三人の「非効率なシステム」構築は、徐々に目に見える成果を上げ始めた。水は限られていたが、持続的に流れ、耕した畑には最初の芽が出た。僕の知識とケンジの経験、コウの技術補助が、人間の生存に必要な最低限の環境を創り出していた。

しかし、この小さな成功は、僕が残してきたかつてのコミュニティ——タワーマンションに集まっていた富裕層——との間に、新たな緊張を生んだ。

彼らは、僕が水と食料を**「低スキル労働者と共有している」**ことに激しく抗議してきた。

「アオイ、君は何をしているんだ!君の知識は、我々が支払った税金と投資で得たものだ。なぜ、その富とスキルを、社会の維持を放棄した者たちのために使うんだ!」

父の世代の資産家が、激昂して僕に詰め寄った。彼らはまだ、お金と地位が、僕の知識を使う**「権利」**を生み出すと信じていた。

僕は冷静に答えた。「この水は、あなたのウォレットの残高では買えません。ケンジが泥まみれになり、私が自らジャッキを回して手に入れたものです。そして、私が知る限り、この都市を維持できる人間は、もう彼らしかいません。」

「そんな非効率なやり方は…!」

「『非効率』が、今や唯一の解決策です」と僕は遮った。「あなた方は、自分たちの安全のために、この社会の回復力をすべて排除した。今、僕たちが彼らに依存せず、かつての生活を維持したいなら、あなた方自身が彼らと同じだけの泥と汗を流すしかありません。」

富裕層は、肉体労働という概念に心底嫌悪感を示した。彼らが求めていたのは、僕がシステムを修復し、彼らの特権的な生活をAIによって再起動させることだった。**「自ら変わる」**という選択肢は、彼らの論理構造には存在しなかった。

僕は、彼らに明確な選択を突きつけた。

「この共同体は、**『貢献』**に基づいて運営されます。水の確保、食料の栽培、瓦礫の撤去。これらはすべて、かつてAIが『無駄』と判断して排除した、人間が手でしかできない労働です。あなたがたがこのコミュニティの資源を享受したいのなら、特権を放棄し、最も非効率な労働に参加してください。」

この要求は、彼らの世界観にとっての破壊的な衝撃だった。一部の者は激しく反発し、僅かに残る備蓄を抱えて孤立を選んだ。しかし、僕と同じように若い世代の技術者や、現実的な判断を下せる一部の人々は、重い足取りで特区の外へ出始めた。

初めて、知識と富を持った人々が、肉体労働という真のコストを支払うために、泥の匂いのする大地に立った。彼らは不器用で、ケンジたちから怒鳴られながら作業したが、その行動自体が、低スキル層との間に小さな、しかし確かな相互理解の橋を架け始めた。

ケンジは、僕たちが富裕層を巻き込んでいることに驚いていた。

「あんたの目的は、富裕層を救うことだったんじゃないのか?」彼は疑念を隠さなかった。

「違う、ケンジ。僕の目的は、崩壊した社会を、人間が手で修復できる最低限のコミュニティに戻すことだ。そのコミュニティに、富裕層も、低スキル層も、道具としてではなく、対等な労働力として組み込む必要がある。僕たちが過去に犯した罪は、社会に必要な人々を、見えないものとして扱ったことだからだ。」

僕たちが始めたのは、単なるインフラの修復ではない。それは、「人間が人間として、互いの労働の価値を認め合う」という、僕たちの社会が効率の論理で切り捨てた倫理的な基盤の再構築だった。

【次の物語:新しいコミュニティの形成と未来への展望】

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