第八話:光の中の冷たい論理(語り手:アスカ)
ユウキと再会したのは2045年の冬だった。彼の住む団地へ足を踏み入れたとき、空気が急に冷たくなったのを感じた。街灯はまばらで、通りの建物は静かに眠っているというより、機能の停止を待っているようだった。
ユウキの部屋で、彼は僕に「中間層の消滅」と、貧困層が選んだ**「静かな消滅」**について話した。彼の瞳には、かつての活力がなく、深い無気力(アパシー)が宿っていた。彼は自分の運命を、感情を交えずに語った。
「お前は光の中にいろ、アスカ。この国の結末を記録してくれ」
それが、ユウキとの最後の対面になった。
僕は彼が去った後、都市中枢のタワーマンションに戻った。ここは、ユウキが見上げた、夜空で最も明るい場所だ。僕はここで、AIとデータ分析の専門家として、富裕層が主導する新しい社会システムの**「維持」**を担っていた。
僕の生活は、ユウキのそれと完全に隔離されていた。家事はAIが行い、移動は専用の自動運転車。社会の非効率性、感情的な摩擦、そして貧困というノイズは、セキュリティとコードの壁によって遮断されていた。
しかし、この光の中の「豊かさ」は、どこか空虚だった。僕の周りにいる高スキル層の同僚たちは、皆、絶え間ない競争のプレッシャーに晒されていた。僕たちは「生きた部品」として、常に最高のパフォーマンスをAIと富裕層に要求されていた。一度でもスキルを停滞させれば、瞬時に代替要員が見つかる。
ある日、僕は富裕層の代表が集まる会議に参加した。議題は、ユウキたちが暮らす特区外の**「インフラ・自動化特区」**への切り替え計画だった。
「もはや、あのような非効率な地域に公的資金を投入する必要はない。彼らは自ら社会の維持を諦めた。我々は、その沈黙を容認し、最も効率的なエリート社会を構築するべきだ」
彼らの言葉は冷たく、合理的な**「論理」に満ちていた。ユウキたちの「静かな消滅」は、彼らにとって「不要なコストの削減」**という名の正当な理由を与えていたのだ。彼らの「社会改善の意欲」とは、自分たちの快適さと支配を永続させるための技術投資に他ならなかった。
僕はその場で反論できなかった。僕自身が、そのシステム設計の片棒を担いでいるからだ。
会議室の巨大な窓からは、都市の夜景が見えた。その光は、僕たちが作り上げた排他的な「籠」を照らしていた。僕たちは、社会の活力を犠牲にして、管理された静寂と脆弱な豊かさを選んでしまった。
僕は、ユウキが託した使命を思い出した。この物語を記録すること。僕たちが、いかにしてこの冷たい、ガラスの箱を作り上げてしまったのか、その真実を。
【次の語り手:ケンジ(低スキル労働者層)】
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