第七話:中間層の消滅 (2025年 - 2045年)(語り手:ユウキ)
2025年、ユウキはまだ希望を抱く若者だった。日本の経済は停滞していたが、「頑張れば報われる」という信念は残っていた。彼は都市郊外で、中堅企業の事務職として働き始めた。
しかし、社会は彼が信じる道とは違う方向へ静かに舵を切り始めた。
2030年代初頭。まず生活を圧迫したのは、**「維持費」**だった。少子高齢化の波は激しくなり、給与明細から引かれる社会保障費は、まるで際限のないブラックホールのように膨らんだ。ユウキは、会社で増える仕事の量に反して、手取りが増えないことに焦りを感じ始めた。
「貯金なんかできない。この国は、若者が未来に投資するより、過去の世代を支えることを強制しているんだ。」
同僚たちは、**「リスキリング」という名の生存競争を始めた。AIやDXの専門スキルを持つ者と、そうでない者の間に、ガラスの壁ができた。ユウキは古いスキルにしがみつき、いつしか社内で「機械に代替されてもおかしくない」**ルーティン作業の担当として固定されていった。彼は気づかなかった。自分がすでに中間層から滑り落ち始めていることに。
2030年代後半。街の様子が目に見えて変わった。地域の小さな病院が閉まり、スーパーも撤退した。バス路線は廃止され、ユウキの住む郊外は急速に**「非効率な地域」**として社会から切り捨てられていった。
同時に、周囲から貧困層の人々が姿を消し始めた。彼らは、暴れたり、怒鳴ったりしなかった。ある日、静かに電気や水道が止まり、数週間後には部屋が空になっている。
「デモも起こさないんだな」と、ユウキは冷めた目でニュースを見た。彼らは、絶望の中で無気力(アパシー)を選択した。社会に対する期待を完全に手放し、「頑張っても無駄だから、静かに生きていこう」という道を選んだ。彼らの沈黙は、社会の隅々にまで広がっていった。
ユウキの結婚生活も、そのプレッシャーに耐えきれなかった。
「この生活で、どうやって子どもを大学まで行かせられるの?私たちの親みたいに、塾にも行かせられないんでしょ?」妻の言葉は、ユウキの胸に突き刺さった。それは愛の終焉というより、経済的な敗北宣言だった。二人は、貧困の連鎖を次世代に押し付けないという、悲しい合意のもとに別れた。
2045年。ユウキは40代後半になった。彼は自分自身が、かつて見下ろしていた「沈黙の層」の縁に立っていることを自覚していた。
団地の窓から見える都市の中心部は、以前よりさらにまばゆい光を放っていた。あそこにいるのは、ユウキが追い付けなかった高スキル層と、その上にいる富裕層だ。彼らの**「超効率化」**という名の成功は、ユウキたち中間層の崩壊と、貧困層の静かな消滅という犠牲の上に築かれていた。
ユウキは、自分にできることはもう何もないと知っていた。ただ、自分が生きたこの時代の真実を、光の中にいる唯一の繋がりである幼なじみのアスカに託すことだけが、彼に残された最後の行動だった。
彼は冷たい部屋で、静かに自身の「消滅」の時を待った。この国は、大きな混乱なく、静かに二極化し、静かに衰退するという道を選んでしまったのだ。
【次の語り手:アスカ(高スキル層)】
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