第五話:ガラスの箱の静寂(語り手:アオイ)
僕の世界は、いつも明るかった。
僕が生まれたのは、都市特区の中心にある、ガラスと鋼鉄に囲まれた高層タワーだ。外の世界のニュースは、**「AIによる社会の効率的な管理」と「国際的なビジネスの成功」**ばかり。僕の父は、この国の富裕層の中でも特に影響力を持つ資産家で、母は僕に最高の教育を与えることに人生のすべてを捧げた。
僕は10代の頃から、すでに大人たちの設計した社会システムの裏側を見てきた。データセンターで、コウというオペレーターが僕を「道具を見る目」で見た、と聞いたが、僕から見れば、彼こそが、このシステムが正常に動いているかを確認するための**「生きたセンサー」**だった。
僕の周りの大人は、皆、自分が作った**「混乱のない、静かな社会」**を誇りに思っていた。彼らは、貧困層が反乱を起こさず、静かに消滅していったことを「人類の理性的な進化」だとさえ言った。
しかし、僕は年を重ねるごとに、この社会の静けさが病的なものだと感じるようになった。
僕たちの世界には、新しいものが生まれない。
父たちが成功したのは、既存のシステムを最適化し、外部の非効率性を徹底的に排除したからだ。しかし、僕たちの生活は、「グローバルなビジネスの成功」によって得られた富で輸入されたサービスと文化に依存している。国内には、競争相手も、異質な視点も、反骨心もない。すべてのリスクとノイズが消された結果、活力も消えてしまったのだ。
僕は、時々、こっそり特区の外の古いデジタルアーカイブを見る。そこには、ユウキさんの世代が生きていた頃の、多様で混沌とした、しかしエネルギーに満ちた社会の映像が残っている。人々が路上で議論し、誰も買わないような商品を売る小さな店があり、予想外の芸術が生まれていた。今の特区には、**「予測可能な高級品」**しかない。
父は僕に、「もっとグローバルビジネスに集中しろ」と言う。国内市場の衰退など、もはや気にする必要はないと。
だが、この一見完璧なシステムも、徐々に悲鳴を上げ始めている。
僕が20代になり、システム構築の仕事に関わるようになったとき、最も深刻な問題に直面した。それは、技術者の枯渇だ。
高スキル層の僕の世代は、親と同じく子を少数に絞った。貧困層は「静かに消滅」の道を選んだ結果、優秀な人材が社会の底辺から湧き上がってくる経路が完全に閉ざされた。そして、AIを開発・維持するための最も重要な「人間」の供給源が、この極端な二極化によって細り始めていたのだ。
国内のAIとインフラシステムは、少数のベテラン高スキル層に過度に依存している。その彼らも年を取り、退職していく。システムは複雑すぎて、僕たち若手の高スキル層ですら、その全貌を完全に把握できていない。
ある日、僕が監視していた都市電力の管理AIが、原因不明のバグで停止した。外部への影響はなかったが、特区内のセキュリティが一時的にダウンした。復旧作業は難航し、僕たちは初めて**「コントロールを失う」恐怖**を味わった。
ケンジやコウの世代が担っていた**泥臭い「人間によるバックアップ」**は、すでにAIがそのコストと非効率性を理由に切り捨てていた。そして、そのシステムを直せる人間がいなくなっていたのだ。
僕たちは、自らが設計した「超効率化」という名の檻の中で、緩やかな窒息に向かっている。
僕たちの社会は、混乱や暴動で滅びるのではない。活力を失い、技術的な修復能力を失い、静かに、そして完全に機能停止するのだ。
僕の目の前にあるのは、僕たち富裕層が**「貧困層の消滅」と引き換えに手に入れた、ガラスの箱に入った、静かな終焉**だ。
【物語の終焉】
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