第四話:コードの中の絶望(語り手:コウ)
僕は兄のケンジとは違い、埃まみれのインフラ労働ではない。僕の仕事場は、都市の中心、光に包まれた特区の地下深くにある、巨大なデータセンターだ。僕はここでAIの補助オペレーターとして働いている。
僕の役割は、AIが管理する**「社会維持システム」の監視。具体的には、都市のエネルギー供給、富裕層専用の交通網、そして、外部にいる僕たち低スキル層への生活資源の最低限の分配**を担うシステムをチェックすることだ。
給料はケンジと同じく「最低限」。でも、僕には優越感がある。少なくとも僕は、社会の中枢に触れている。富裕層が頼るシステムの「裏側」を知っている。
しかし、知れば知るほど、この社会の脆弱性に気づかされる。
僕たちの社会は、見た目の安定とは裏腹に、極めて薄い氷の上に立っている。富裕層は、自分たちが構築したAIとセキュリティの壁に守られて安心しているが、その壁の内側は、多様性と弾力性(レジリエンス)を完全に失っている。
すべてが効率化されすぎた。少しでも「非効率」な存在はユウキさんの世代のように静かに消えていき、今やシステムを動かしているのは、少数の高スキル層が作った複雑なコードだけだ。
僕が担当するシステムの一つに、「低スキル層の行動管理モジュール」がある。これは、僕たち低スキル層が**「混乱を起こす」**リスク、つまり、抗議活動や犯罪、あるいは突然の集団離脱といった行動を起こさないよう、彼らのデジタルウォレットや移動をAIが予測し、制御するためのものだ。
先日、システムの誤作動で、特区外のある集落の水道供給が一時的に停止した。AIは「居住人口の減少に伴う効率的な供給調整」と判断したが、実際は低スキル労働者が数家族住んでいた。
緊急警報が鳴り、高スキル層の上司が慌てて対応を指示した。「迅速に復旧させろ!彼らが騒ぎ出しでもしたら、我々の管理システムの正当性が崩壊する!」
結局、富裕層が恐れていたのは、物理的な労働力の喪失や社会の活気ではなく、自分たちの「管理能力」の崩壊だった。彼らは僕たちを、感情を持たない管理対象としてしか見ていない。彼らの**「意欲的な社会改善」は、結局のところ、「自分たちの支配を完璧にするための技術投資」**でしかなかったのだ。
僕は水道復旧の指示を出しながら、ケンジの顔を思い浮かべた。兄は泥まみれでこの水道管を修理するだろう。僕がコードを打ち、兄が物理的な手を動かす。僕たちは役割が分かれているだけで、どちらも**「消滅を許されない部品」**なのだ。
僕たち低スキル層は、確かに「静かな消滅」を選ぶ自由は失った。だが、僕たちもまた、次世代の再生産を諦めることで、富裕層への最後の抵抗を静かに続けている。僕らの出生率は、最低限の生活を維持しているにもかかわらず、ほとんど上がらない。
この社会は、僕たちが物理的に消滅するよりも先に、経済的な活力を失い、静かに窒息するだろう。AIは効率的だが、新しい需要は生み出せない。富裕層は賢いが、社会の土台が崩れても気づかない。
僕は、この静かな社会の「終焉」が、もう遠くないことを知っている。
【次の語り手:アオイ(富裕層の子ども)】
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