二人の女子は音楽室に背を向けた

浅川 六区(ロク)

1分で読める創作小説です

「夏ちゃん、次の時間って図工の時間だっけ?あれ音楽…だっけ?」

菜々美ちゃんは次の授業を確かめるように私に訊いて来た。

「もー、しっかりしてよー。次の時間は音楽だよ。ピアノの授業だから移動教室だね。トイレに寄ってから一緒に音楽室に行こー」私は菜々美ちゃんに、トイレ経由で音楽室に行くルートを提案した。


「うんうん。一緒に行くー。ちょうどトイレにも行きたかったし」喜びを素直に表す菜々美ちゃん。その笑顔は可愛い。もちろん私の次にだけど。


「今日の音楽の授業って、ピアノの演奏だっけ?」廊下を歩きながら菜々美ちゃんは不安そうに訊ねてきた。

「うん。先週習ったピアノの連弾を私とやるんだよ。菜々美ちゃん、ちゃんと練習して来た?」


「あー、先週から全然練習してないや…。でも連弾だから、ほら、夏ちゃんがリードしてくれて、私はコショコショっと弾いているフリだけすれば…」

「あははーダメだよ。音でバレるよ。二人で同じ鍵盤を並んで弾くのが連弾なんだから、音域も音量も違うし」


「そうだよね…。ちゃんと練習しておけば良かったよ。どうしよっか…」

「“どうしよっか”とか言われてもねぇ…」


「あ、例えばさ…“逃げる”ってどう?」

「は?ん?菜々美ちゃん、良く聞こえなかったよ。今なんて言ったの?」


「えーっと…だから“に、げ、る、”だよ」

 私の聞き間違いではななかった。一度でしっかり“逃げる”と聞こえていたのだけど、そんなはずはい、もう一度だけ訊こう。

「もしかして“逃げる”って言った?」


「言った」菜々美ちゃんは大きな瞳をはっきりと見開き、真っ直ぐに私を見つめてそう言った。こんな時でも、菜々美ちゃんの顔は半笑いになっている。そんな菜々美ちゃんを私はキライではない。

 しかしだ、ピアノの授業直前になって練習不足が理由だからと言って、

“逃げる”と言う選択肢は、普通なら無いだろう。


 でも…ウチらは普通ではないのだ。

 うちの小学校ではイケてる方の女子だ。ここは菜々美ちゃんに付き合ってピアノの授業から“逃げる”のもアリかもしれない。

 それを同じクラスのロク君が知ったら…もしかして私のことを気にしてくれるかもしれない。

 そして…「夏子って、可愛いだけじゃなくて、意外と悪女なんだな」とか言ったりするかもしれない…ふふふ、しまった!口元が緩んでしまった。


 よっしゃー決まった。菜々美ちゃんと一緒に逃げるべ。


「菜々美ちゃん、良いよ。一緒にピアノの授業から逃げてあげる。何だかワクワクして来たねー」


「えーー、夏ちゃん良いの?一緒に音楽の授業から逃げてくれるの?やったー、

ありがとう!すっごく嬉しいよ」 

「ふふふ、良いよ。私は菜々美ちゃんのことが大好きだし、唯一無二の親友だもん。菜々美ちゃんが逃げたいと思った時は、一緒に逃げてあげる」


「夏ちゃん…わたしも…わたしも夏ちゃんが好きだよ。ずっと友達でいようね…」

「ずっとずっと、ずーと友達に決まってるじゃんか…」


 私が泣いているのは、菜々美ちゃんが泣いているのを見て釣られただけで、

私は…本当はそんなに涙もろくないんだから…もう…菜々美ったら…。

「ところで菜々美ちゃん、どこに逃げようか」


「そうだね、まだ授業中だし学校から外へ逃げ出すのは、それはさずがにまずいと思うんだよね…夏ちゃんはどう思う?」

「うん。確かに。学校から外への逃避はダメだよ。そこまでしたらお母さんにもいっぱい怒られちゃうし」


「うん。じゃあ、校内で…となると、理科室とかどう?」

「ほう、菜々美ちゃん珍しくグッジョブだよ。理科室は良いね。あそこは東棟だし、みんなはこっちの西棟の音楽室にいるし…。よーし!理科室に逃げよう!」


 私と菜々美ちゃんは音楽室に入る直前だったが、くるりと背を向け、理科室のある東棟へと向かった。



 ススッーーーーと、静かに理科室のスライドドアを開けると、なぜか中にはうちのクラスメイトたちが全員が待っていた。


 奥の方から理科の先生が私たちに言った。

「夏子さんと菜々美さん、来るのが遅いですよ。早く座って下さいね。それでは、

みなさん揃ったので理科の授業を始めますよ」


「はーい。すみません」

「すぐに座りまーす」



                            Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人の女子は音楽室に背を向けた 浅川 六区(ロク) @tettow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ