第1章 美少年と出会いました

第1話 盗賊団のアジトで情婦にされている女

 ここは厨房ちゅうぼうだ。

 16人の女が、忙しく立ち働いている。


 たきぎをボッと燃やすかまどでは、大きな鍋でヒヨコ豆と野菜のスープがコトコト煮込まれている。


 石窯ではアラフマル・ブレットが焼き上がり、小麦の良い匂いと、生地に練り込まれたデーツとフェンネルの甘くスパイシーな香りを充満させ、まな板にむかって立つ女は豚肉のハムを、トントントン、と包丁で切り分ける。


 木の食器棚から、ところどころ欠けた磁器の皿を、20枚、30枚、と取り出す女は、皿の表面を指でなぞり、ため息をついて、ふきんで皿の表面をふきはじめる。


 明かり取りの窓───木枠がはめ込まれただけで、隙間だらけの窓から、こまかい砂が強風にのって厨房に侵入し、黄土色のレンガの壁を砂だらけにし、食器の上にも、すぐにうっすら、砂埃がくっつくからだ。


 厨房に立つ女たちは、十代から二十代。若い女ばかりだ。

 髪色は、黒、茶、金、赤、色とりどりである。

 なかには、頬に殴られた青痣あおあざがある女もいる。


 ここは砂漠を根城にする盗賊団のアジト。


 そこにさらわれて、閉じ込められ、奴隷として売られる女たち16人が、盗賊団の男たち50人の、食事の世話をさせられているのだ。

 女たちは皆、奴隷であるあかしの鉄の首輪をつけられ、顔は悲嘆にくれ、雰囲気が暗い。


 ……いや、一人だけ、目の輝きが強い女がいる。


 他の女が立って働くなか、一人だけ、粗末な椅子に腰掛けて、せっせとじゃがいもの皮むきをする、茶色い髪の女。

 その女だけは、目が死んでいない。

 無言で手を動かしながらも、自分の境遇をあきらめていない、強い意思がその目には燃えている。


 その女が座っている事を許されているのはなぜか?

 足を見ればわかるだろう。

 その女だけ、奴隷首輪のほかに、右足の足首に鉄のかせをつけられ、直径20cmセメルの鉄球が鎖でつながれている。

 足首に鉄球をつけられている女は、他にいない。

 女はこれでは、どこへ行くにしても、重い足をひきずり、ゆっくりゆっくり歩くしかできないだろう。

 走る事なんて不可能。

 その女は、絶対にここから逃げられないように、鉄球を一人だけ、つけられているのだ。


 ドスドス無遠慮な足音が日干しレンガの床にひびき、


「おい。」


 二人のだらしない風体ふうていの男が厨房に顔をだした。

 いずれも濃い顔立ちで、腰にさした曲剣をこれみよがしに見せながら歩き、胸元のシャツのボタンもしっかり止めようとせず、むっさい胸毛が見えた、むくつけき男たちである。


 女たちは、皆、おびえた顔をし、目をそらした。

 まだ、夕食を提供する時間ではないのである。

 男の目に止まりませんように────。

 男に腕をとられて、男の部屋に連れこまれませんように────。

 そのようなおびえである。


 そんななかで、椅子に腰掛けた茶色い髪の女は、涼しい顔で、じゃがいもの皮むきをテキパキ続ける。


 男二人は、革のブーツで、ずんずん、茶色の髪の女のもとに進んだ。


「タクアンヌ。ボスがお呼びだ。」

「わかったわ。」


 タクアンヌと呼ばれた女は、顔色を変えず、椅子から立ち上がった。ベージュ色のスカートがふんわりと広がる。

 男の一人が、さっと鉄球を持ち上げた。

 ボスにお呼ばれした時だけは、ボスを待たせないように、こうやって鉄球を持ち上げ、歩きやすいようにしてやるのだ。


 女たちはホッとした顔になる。

 タクアンヌは冷静な顔で、女たちの間をぬって歩き、厨房をでた。

 廊下の窓は、すべて、中庭に面している。建物の外にむかった窓は、人の顔が覗けるぐらいの20cmセメル四方の窓しかない。

 女たちが逃亡できないような建物の作りになっているのだ。


「たしかにこの女、顔は綺麗きれいな人形みたいな顔してるけどよ、なんで、鉄球をつけるほど、ボスは気に入ってるのかね……。

 髪は茶色、目も茶色。色は普通の、どこにでもいる女なのにな。」


 鉄球をもっていないほうの男が、歩くタクアンヌの腰を、剣の柄で、つん、つん、といやらしくつついた。


「よう。そんなに胸がつるっぺたなのに、おまえはそこまで味がいいのかよ。

 一度オレのお相手もしてもらいてぇもんだぜ。世界が滅びる前によ? え? タクアンヌ。」


 女がいきなり振り返り、びしっ、と男の頬を平手打ちした。


「うっさい! あんまりお喋りがすぎると、ボスに言いつけてやるからね!」


 小柄な女は、顔にメラメラと怒りの炎を燃え立たせ、男をにらみつけた。


「それはやめてくれよ。悪かったよ。」


 イタズラをしかられた男は、にやけつつ、降参、と手のひらを見せる。

 タクアンヌは肩の下で切りそろえたストレートの茶色い髪を、さっ、となびかせ、前をむき、また歩きはじめる。

 鉄球を持った男は、


「はは、おまえの負け。」


 と笑った。


「タクアンヌはやめときな。

 ボスは毎日、他のグラマラスな金髪美女を部屋に呼んでるけど、他の女には、足に鉄球をつけることはしない。

 ボスは月に一回しか、タクアンヌを部屋に呼ばないが、この女はボスの女になって、もう8年になるんだぜ。」

「そんなに長いのか……。」

「そうさ。オレも、どうしてこんな、つるっぺた……。」


 タクアンヌがビタッと立ち止まり、鉄球を持った男をキツい目でにらんだ。


「うっ、ごほん。……とにかく、タクアンヌは、ほっとけ。それが一番さ。」


 ボスの部屋についた。

 つるっぱげの四十代のボスは、赤い布張りの椅子にゆったり座っている。

 がっしりした体つきで、目は抜け目なく光り、盗賊団のボスとして長年生きてきた、あらくれ者特有のすさんだ迫力があった。


 ボスは手下をさがらせた。

 部屋にはボスとタクアンヌの二人きりとなった。

 ボスはタクアンヌにあごをしゃくる。

 女は無言で、部屋中央の木製のテーブルにすすみ、椅子に座った。


 テーブルの上には、小さなナイフが置いてある。


 女は自分の左袖をまくりあげ、ナイフを手にとり、ためらいなくナイフをふるった。


「つっ……!」



      *   *   *




(あーやだやだ。仕方ないとはいえ、いつも痛いわ。)


 タクアンヌが自分で斬った左腕の内側に、浅い傷ができる。

 白い皮膚には、ぷつりと赤い血がもりあがり、つぅ、と垂れる。

 その血は、きらきらと光を発し、机の下にしたたりおちる時には、ピンク色の小さな宝石となって、ころん、ころん、と音をたてた。

 タクアンヌが流す血は、すべて、宝石へと変化する。


(自分で見ても、つくづく不思議な光景だわぁー。)


 机の上には、用意よく皿が置いてある。

 タクアンヌが血を流すとともに、宝石へと変化して、どんどん、こつぶの宝石が皿にまってゆく。


 つるっぱげの四十代の男が椅子から立ち上がり、満足そうにニヤけながら、タクアンヌのそばに歩いてくる。

 ボスの目はタクアンヌを通過し、今まさに生まれている宝石に釘付けであった。


「いつ見ても神秘的だねえ。まさにおまえは、金の卵を産む雌鳥めんどりだ。」


(ふんっ。勝手なことを言って。おまえなんか、いつかお兄ちゃんがあたしを助けに来てくれたら、けちょんけちょんにやっつけてもらうんだから。)


 タクアンヌの血は特殊だ。


 身体中に血が巡っている時にはただの血なのだが、いったん傷ができて、血が身体の外にでると、淡く発光して、光がおさまると、宝石に変わるのだ。

 血は赤いのだが、宝石はピンク色だ。

 ボスが言うには、高値で売れる、珍しい宝石だそうだ。

 タクアンヌが、小粒の宝石を指でつまみあげて見ても、光が透けてきらきら反射して、綺麗な宝石だと思う。


 宝石になったら、液体に戻ることはない。

 硬さもあるし、ネックレスなどに加工もできるし、普通の宝石として扱える。

 タクアンヌは10歳でこの特殊な力に目覚めた。

 10歳の頃に作り出したピンクの宝石を自分でも所持しているが、年を経た今でも相変わらず、血に戻らず、宝石のままである。

 

 なんで、血が宝石になるのか?


 理屈はわからない。健康状態にも異常はない。

 この世界には、魔法使いや竜や獣人などがいるが、昔むかしのおとぎ話でも、血が宝石に変わるなんて、聞いたことがない……。


 つまり、タクアンヌ自身にも、ボスにも、なんで血が宝石に変わるのか、わからない。


 わからないまま、ボスはこの宝石を売りさばいて、たくさん富を得たらしい。

 タクアンヌは10歳の時に、このボスにさらわれて、8年ものあいだ、月に一度、こうやって血を抜かれ続けている。


 盗賊団の皆には秘密だ。

 ボスはこの不思議な富を独り占めしたい。

 狡猾こうかつで心が狭い小物なのだ。

 皆は、タクアンヌがボスの情婦だと思っているが、実際のところ、ボスがタクアンヌに男女の関係をせまった事は一度もない。


「ねー、暇! いつものは?」


 〝情婦〟なのに、10分そこらで部屋を出ると、まわりが、


「ボス、いつからそんな早く?!」


 と驚くので、1時間はこの部屋で過ごす。そのうちに自然と血は止まり、赤いカサブタ、普通の人とまったく変わらないカサブタができるのだから、まったく良くできた身体である。


 嫌いな男と一時間二人きりなのは苦痛なので、タクアンヌは、当然の権利として、暇つぶしを要求していた。


「ほらよ。」


 ボスが、タクアンヌが座るテーブルに、本を一冊置いてくれた。


「ちょっと、これ、『チャパターヌ夫人の秘密の午後』じゃない!?

 あたしは『イクラーヌ夫人の背徳 上巻』の続きを楽しみにしていたのに!」

「ちっ、知るかよ! 配下に買わせにいかせてるんだから。

 文句つけるなら、次から『救世きゅうせいの乙女ウメボシアの降臨こうりん』を買ってこさせるぞ。」

「けっ、無能な配下ね。

 あと三ヶ月で世界は滅びる、救世の乙女ウメボシアだけが世界を救えるって、あほくさ。誰が読むか。買ってきても絶対読まない。エング(お金)の無駄。」

「……おまえ、民衆の好みにあわせた本の内容はともかく、救世の乙女ウメボシア自体は、神聖な神託だぞ? そこまで神殿にツバ吐く発言して、怖くないのか?」


 いつも傲岸不遜ごうがんふそんなボスだが、珍しく、タクアンヌにドン引きした顔をした。


「けっ、あたしは奴隷として8年間、この砂漠のレンガの建物に囚われてるんですけどー? 本当に救世の乙女がいるってんなら、世界を救う前にあたしを救ってほしいわ。

 ……まさか、盗賊団のあんたが、信じているの? あと三ヶ月で世界が滅びるって?」

「さぁな……? オレが生まれる前からある神託だからな。999年の12月31日に、世界が滅びるって。」


 今は999年の9月なのである。


「ま、オレは信じてねえよ。

 いかに聖なる女神ギンシャーリーの神託でも、神様の威光と慈悲にすがるには、オレは暗闇に生きすぎてるからな。ひひっ。」


 ボスは浸って笑った。タクアンヌはドン引きした。



 









 タクアンヌは、腕に包帯をまいて、袖をなおし、戦利品である本を一冊持って、ボスの部屋をひとり、あとにする。残念ながら、自分の部屋に戻る時には送迎はつかない。



 ことん、ずず……。

 ことん、ずず……。



 右足につながれた鉄球は、直径20cmセメル、8Kgキルグの重さがある。

 タクアンヌは右足を引きずりながら、ゆっくり歩く。

 今夜は満月。

 狭い一人部屋にもどり、窓から差し込む月明かりで、読書を楽しむ。

 読み終えて、ぱたん、と本を閉じ、粗末な机に肘をつき、頬杖をついて、窓を見上げる。


 タクアンヌは特別扱いで、個室をもらっている。

 もともと倉庫として使われていた部屋で、この建物では珍しく、中庭ではなく、建物の外にむけて窓が作られている。

 窓は大きい作りだが、もれなく、木枠がはめ込まれている。また、位置が高いところにあり、タクアンヌの背では届かない。


 タクアンヌはここから逃げ出せない。

 足のおもり。

 窓には木枠。

 砂漠のアジト。

 もし、なんらかの方法で逃げ出せたとしても、徒歩で何日砂漠をさまよえば街にいけるのだろう? 無計画に一人で逃げても、砂漠で干上がって死ぬ未来しか見えなかった。


(お兄ちゃん……。

 あたしはここにいるよ。

 いつか助けにきて。信じてる。

 もし本当に、あと三ヶ月でこの世界が滅びるとしても……、最後の時まであたしは、お兄ちゃんを……。)


 その時、


「ЯНТАПАК ДЕНЬ НА ЮНУРЗСН

(精霊よ 微風となり 吹け)」


 聞いた事のない、意味のわからない不思議な言葉が響いて、微風が部屋にふきこみ、


 ────バァン。


 窓の格子状の木枠が粉々に砕けて、ぱらぱら、木片が部屋に落ちてきた。


「わっ、何?!」


 タクアンヌがびっくりして立ち上がると、すらりとした金髪の少年が、満月を背にして窓枠に立ち、ひらりと部屋に飛び降りてきた。


(だだだ誰?!)


 身軽に着地したのは、金髪に、明るいスカイブルーの瞳の、見知らぬ美少年だった。










 


 


 


 

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