7.恩師の死の真実
「え、どうして……」
簗君の顔を見た途端に、そんな声が漏れ出た。それを聞いて、簗君がため息をつく。
「俺だって、障害者なんかに会いたくなかったさ。ただ、色々考えて、この事実はやっぱり伝えなきゃいけないと思ったから、来てやった」
そう言われても、こっちは頼んでいないのだが。その言葉を飲み込んで、彼を見据える。僕に散々嫌がらせをしてきた簗君のことだ。どうせまたロクでもないことを言いに来たのだろう。そうして、心の中で身構えていると、ふいに彼に腕を掴まれた。
「あんまり他人に聞かれたくねぇから、こっちに来い」
そのまま、家の裏庭の方まで連れて行かれる。そこで彼は、僕の腕を離した。
「あぁ、ばっちぃ、ばっちぃ。障害者ウイルスが伝染っちまう」
そう言って、簗君がわざとらしくズボンで手を拭く。ここまで幼稚な嫌がらせをされると、怒りも悲しみも通り越して、何も感じなくなる。そうして僕が何も言わずに待っていると、彼は咳払いをして僕の顔を見た。
「さて、障害者に話したいことなんだが……」
そこで、簗君は一瞬だけ視線を逸らした。それから、再度僕の顔を見つめる。しかし、その目には、さっきまではなかった、軽蔑と、強い憎悪の色があった。
「先生の死因、聞いたか?」
「いや……」
思わぬ言葉に、首を捻ってしまう。そう言えば、先生の死因については、訃報の葉書には書かれていなかったし、今言われるまで気にしたことがなかった。先生の死因は、何なのだろうか。そんなことを思っていると、簗君はこれ見よがしに大きなため息をついた。
「その感じ、気にしてなかったっぽいな。流石は障害者、オツムもオワッてるんだな」
相変わらずの悪口に、黙り込む。この程度でムキになる程、僕は子供ではない。それに、言い返しても、不毛な口論が始まるだけである。すると、簗君は冷たい眼差しを僕に向けて、こう言った。
「先生は、貴様が殺したんだ」
その言葉に、声が出ない。惣助先生は、僕が殺した、とは。先生とは、中学の卒業以来会っていないし、連絡も取っていない。全く接点の無かった僕が先生を『殺した』とは、どういう意味だろうか。あまりにも予想外の言葉に何も言えずにいると、簗君が僕の顔を指差した。
「先生は、貴様のせいで死んだって言ってるんだよ! 何とか言え! この人殺しが!」
「そ、そう言われても、何が何やら……」
怒鳴られても、僕としては何も言えない。お前が恩師を殺したと言われて「そうなんですか」とすぐに納得することなど到底できない。簗君が何を言っているのか、分からなかった。すると、彼は派手に舌打ちをしてから、ゆっくり口を開いた。
「先生の死因は、自殺だ。朝、奥さんが、首を吊っている先生を見つけたんだと。そのまま病院に運ばれたが、帰らぬ人になったらしい」
自殺。その言葉に、声を失ってしまう。あんなに優しくて、面倒見の良かった先生が、まさか自殺してしまったなんて。その事実だけでも受け入れ難いが、簗君は更に耳を塞ぎたくなるような話を続けた。
「奥さんが話してくれたよ。先生は、俺達を中学から送り出してすぐに休職したらしい。仕事できないくらい疲れたのが原因だそうだ。で、精神的に不安定になってきたから、病院で診察してもらったら、先生まで『うつ病』にかかっていたことが分かった」
「えっ……」
あの惣助先生が、うつ病になっていた。更なる衝撃の事実に、言葉を失ってしまう。しかし、それと同時に、暗い予感と感情が、胸の奥から静かに湧き出てきていた。
「あの先生が『うつ病』になってしまった。俺の言いたいこと、分かるか?」
まさか。
「僕のせいで、先生までうつ病に……」
絞り出した僕の言葉に、簗君が力強く頷いた。
「そういうことだ。障害者、貴様のせいで、俺達の大事な先生までおかしくなっちまったんだよ」
何も言えない僕に、簗君が話を続ける。
「うつ病が発覚してから、先生は教師を辞めたらしい。治療に専念するためだったそうだ。それから、数年に渡って先生は闘病生活を送った。でも、病気は良くなるどころか悪化した。日に日に『死にたい』って気持ちが強くなっていったらしい。奥さんは宥めたらしいけど、聞かなかったそうだ。そして、遂に自ら命を絶ってしまった」
あまりに聞き入れられない事実に、言葉の欠片も出てこなかった。僕達を送り出してから休職して、うつ病を発症し、教師を辞職。治療に専念したものの、日に日に悪化していき、遂に自ら命を絶ってしまった。あんなに優しかった惣助先生の悲しすぎる最期に、僕は何も言えなかった。一方の簗君は、そこまで話すと、改めて僕を見据えた。その目は、ゾッとする程冷たかった。
「分かるか? 障害者のせいで、先生は病んだ。そして、最終的に、その病気が原因で、先生は自殺したんだ。貴様が殺したも同然だろ!」
そう怒鳴り、簗君は僕の胸ぐらを掴んだ。それから、怒りに任せて僕を揺さぶる。
「貴様さえ! 貴様さえいなけりゃ、先生は死なずに済んだんだ! どうして先生みたいな人間が死んで、貴様みたいなゴミにもならない障害者がのうのうと生きてるんだ! おかしいだろ!」
感情の荒ぶるままに叫び散らすと、簗君は僕を地面に叩きつけた。頭を打ってしまい、目眩がする。
「貴様が死ねば良かったのにな。社会に害しかもたらさないゴミが消えれば、みんな喜ぶってのによ。障害者を合法的に殺す制度が無いのが本当に理解不能だわ」
簗君は、一方的にそう言うと、僕に背を向けた。そして、去り際に。
「自分のゴミ具合が分かったなら、首吊るなり川に飛び込むなりして失せやがれ。先生の葬式には絶対来るな」
吐き捨てるようにそう言って、去っていった。その後には、投げ捨てられ、泥だらけになった僕だけが取り残された。
「先生が、自殺……しかも、僕のせい……」
うわ言のように、一人で呟く。先生のうつ病、自殺、そして、自分が先生を殺したという事実。僕の心は、メリメリと音を立てて、重くて硬い何かに押し潰されていた。そして。
派手な音を立てて、割れた。
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