ソウルファンタジー

@YamasakiHayaoki

序章 アストラ議会国の酒場にて

第0話 アストラ議会国の酒場にて

冒険家アレン・スミスは、アストラ議会国の国壁の内側にある酒場の前に到着した。「アストラ議会国は、国の運営に、議会制度を採用した世界で唯一の国家である」という話をしてくれた、門番の誇り高い顔を、アレンは思い出す。


 酒場の扉を開けると、夕刻の酒場は人々の歓声が満ち溢れていた。入口の扉から真っすぐ伸びる通路の両脇には、円柱の樽をひっくり返した立ち飲み用の卓が無造作に並べてあり、その卓を囲む人々の熱を帯びた声があちらこちらに広がっている。


 アレンは、通路の先にあるカウンターに、大柄の男と細身の男が座っていて、カウンターを挟んで反対側にいる酒場の亭主と思わしい恰幅の良い男と三人で話している様子を目にした。大柄の男の横に座ることにし、通路を歩いて進んでいると、亭主と目が合った。


「いらっしゃい。見ない顔だな。最初の一杯は何にするかい?」


「今日訪れたばかりなんです。この国で一番人気のビールをお願いします。それから・・・隣に座ってもよろしいでしょうか?」


アレンは大柄の男の横の椅子を指して言った。大柄と細身の男が同時に振り返り、アレンを見た。大柄の男が、体格の割には高い声で言った。


「もちろん、良いとも。話し相手は大歓迎さ。」


アレンは亭主からビールを受け取った後に、亭主に向かって言った。


「こちらのお二人にも同じものを提供してくれますか?」


大柄の男と細身の男は、笑みを浮かべて手を叩き合った。今度は細身の男が、明るい声を出す。


「お兄ちゃんの奢りかい?ありがたいね。お兄ちゃん、旅人かい?」


「ええ。アレン・スミスと申します。冒険家として世界中を旅しています」


アレンが返答し終えると、亭主がビールジョッキをアレン、大柄の男、細身の男に順番に渡し終え、大柄の男は場を仕切って声を出した。


「よーし。アレンの奢りのビールが届いたぞ。この国一番のビール、トロピカルフルーツから作られた、トロピカルエールだ。さあ乾杯だ。旅の出会いと、お酒の神様に感謝を。乾杯!」


三杯のジョッキは、ぶつかって心地の良い音が鳴った。大柄の男はジョッキを口から話すと直ぐに話し始めた。


「おっと。自己紹介が未だだった。俺はこの国の兵士をやっていて、明日は勤務がないからこうして、友人同士で酒を飲み交わしているところだったんだ。この細身の男はこの国で郵便屋をやっていて、国の中を走り回っている。そんな二人だ。」


「冒険家ということだけど、アレンさんは、この国を訪れるのは、初めてなんですかい?」


「はい。今回は初めてで、今日のお昼に入国したばかりです。なので、この国で最近起きていることを教えていただけるとありがたいのですが」


大柄の兵士と細身と郵便屋は顔を見合わせて笑顔で同時に快諾の返事をした。どうやら、どちらも、話を聞かせるのが好きなタイプのようだ。細身の郵便屋は誇らしげに話を繰り出した。


「最近の一番の話題と言えば、なんといっても、百年前ほど前に亡くなったとされる、この国の英雄ライオス・グランミリオンの遺品の魂心器ソウルレイスの適合者が、終に、見つかったことでございます。この酒場にいる連中は皆、その話をつまみに酒を飲みに集まっております」


「そういう我々もその一員だけどな。ガハハハハ」


 大柄の兵士と細身の郵便屋は陽気にジョッキを傾け、ビールを喉へと注ぎ入れる。


「なるほど!それはとても喜ばしい!それが、この酒場の熱気の源ですか」


 アレンは瞬間的に瞼を閉じ、頬を緩めながらトロピカルエールをゆっくりと口に入れ、喉を大げさに鳴らして飲み込む。ビールが格別においしい。大柄の兵士はわざとらしく質問する。


「おお。冒険家の兄ちゃん、その様子だと、ライオスを知っているかい?」


「もちろんです。知らない方が可笑しいですよ」


 アレンの返答に関わらず、大柄の兵士は、話すことが決まっていた様子で陽気に言葉を紡ぐ。


「かの有名な、『零敗の疾風』こと、ライオス・グランミリオンは、洗練された白銀の大槍の魂心器ソウルレイスを縦横無尽に振り回しては、風を巻き起こし、時には砕けぬ鋼鉄に風穴を開け、時には不動の大木をなぎ倒したという。有名な逸話を語らせたら、両手両足の指の数を使っても語りつくせない伝説の数々。戦闘においては、膝をついたことすらない無いという。まさに零敗の男」


「そんな英雄の魂心器ソウルレイスに選ばれた適合者がどういった人物なのか、アレンさんも、知りたいでしょう?」


 アレンはごくりと喉を鳴らした。

「ぜひ、お聞かせください」


 細身の郵便屋は一度、右手のジョッキを机の上に置き、被っていたネイビー色の帽子の鍔を前方から後方へ百八十度反転させた。今度は、細身の男が語る順番のようだ。


「このアストラ議会国の最高決定権、いわゆる、『十議席』の運営を司っているのが、何を隠そう『第零席』の『十議席議長』でございます。現在のこの国の十議席長は、三十五年間変わらず、サンストーン家の当主がなさってくださっております。始まりは、ノアーク・サンストーン氏。現在は、ノアーク氏のご子息、シルバ・サンストーン氏です。もう、答えに辿り着いておられるかと思いますが、今回、ライオスの大槍の適合者に選ばれたのは、なんと、今年ご誕生なさった、シルバ氏のご三男のレオン・サンストーン様なのです」


「十議席長の息子にしてライオスの大槍の使い手に選ばれるとは、まるで天に愛された子といっても遜色ないな。ガハハハッ。三男ご子息の誕生のニュースも我々は嬉しかったが、その数か月後に、ライオスの槍の適合者ということが分かったというニュースを聞いたときは、この国中の民が感嘆を上げたさ」


 アレンは一気にトロピカルエールを飲み干した。喉がゴクリと音を立てる。


「ついに、ライオスの信念を継いでいるものが現れたということですね。とてもおめでたいことですね」


 大柄の兵士と細身の郵便屋は、誇らしい顔を浮かべ、トロピカルエールを飲み干した。


「ああ気分が良いなー。最近はめっきり暗い話ばかりが続いていて、この国の皆、俯きがちだったからな。おめでたいニュースを嬉しく思う。そして、レオン様の武術の育成には、十議席の『第五席』、我らが国防省のトップ総軍長が直々に担当されるそうだ。」


大柄の兵士は空のジョッキを傾け、最後の数滴を飲んだ。


「さあさあ、トロピカルエールが無くなったぞ。マスター、もう三杯注いでくれ!今度は私がもてなそう」


 大柄の兵士は注文を済ませると、手を叩いた。気前のいい音が鳴ったが、店内の熱で直ぐにかき消され、音は響かなかった。


「さて、これは未だ誰にも話していなかった、とっておきの話があるんだが、聞きたいかね?」


細身の郵便屋は、帽子を取って髪の毛を整え、再度帽子の鍔を後ろ向きのまま被り直した。


「さっき二人で飲み始めた時に言っていた、おいらも聞いていない話ですな?ぜひ話しておくれよ」


アレンも同調する。

「この国のことが知れるのはありがたい機会です。ぜひお願いします」


「よしきた。アレンは、この国の東の外れ(はずれ)にある『宿罪しゅくざいの森』のことは御存じかな?」


「はい、噂はかねがね、お聞きします」


「『宿罪しゅくざいの森』が何だっていうのさ?まさか、『忘却ぼうきゃく』の話ですか?」


 細身の郵便屋が身を構えるように見えた。大柄の兵士は話を続ける。


「この前の、誓心せいしんの日、ああ、アレンがいるから、別の言い方をすると、終戦記念日に、俺は出入国門の警備を担当していたのさ。国の東の大門で、国民証を確認する仕事さ。例のごとく、忌まわしき『忘却ぼうきゃく』が馬車でやってきたのさ。おっと、いかんいかん。アレンがいるからもっとわかりやすく話さんとな。それに、忌まわしき、という枕詞は偏向的な表現だったか。『忘却ぼうきゃく』とは宿罪しゅくざいの森に住む禍心獣グロレイガルの通り名で、約八〇年前に、このアストラとヴァルカス帝国との戦争を焚きつけ、歴史的大罪を犯した化け物さ。その禍心獣グロレイガルの唯一の生き残りが、修正記念日には毎年欠かさず、馬車の荷台いっぱいに花を敷き詰めて、国内の大戦墓地のお墓に花を手向けている」


 細身の郵便屋が割って入る。


「忘却ぼうきゃくが入国と花の手向けを許されているのは、十議席の『第九席』を担当している旧王家の末裔様のご慈悲のたまもの。先の大戦で旧王家の方々が最も苦しい思いをされたはずですが、お墓に花を添えることを許して、忘却ぼうきゃくに、過去の行いを悔い改める機会をお与えくださっているのです」


 アレンは一度、瞼を重く閉じた後で、目を開けた。話の途中で、追加三杯のトロピカルエールが各机の前に置いてくれていたので、それを再度、目を閉じながら飲んだ。


「それで、その忘却ぼうきゃくにまつわる話なのだが、忘却ぼうきゃくはその姿が人目につかぬように、深緑の大きいコートを着ていて、なおかつ堀の深いフードをかぶっていて、口元しか見ないようにしている。国民証を確認しているとき、ふと、赤子の泣き声が聞こえたのさ。」


「赤子の泣き声だって?」


「そうなんだよ。だから、忘却ぼうきゃくに、何事かと問うと、コートの下に、抱えていた人間の赤子を見せてくれたのさ。」


「なんだって!ほんとに、人間の赤子を抱えていたのかい?そりゃ、一大事じゃないか」


「そうさ、だから、赤子をなぜ抱えているのか問うと、どうやら、宿罪しゅくざいの森で捨てられていた子を拾ったというのさ。そして、花を手向ける前に、旧王家にこの赤子をどうすればよいか、相談しにいくというのさ。」


「捨て子か。最近は、乳幼児の養育・保護施設の数が加速度的に減っていますし、赤子を育てることすらできない、ギリギリで生きている民が一定数いるのは、目を隠せない事実ですね」


「国防軍の管轄下で働く俺からしたら、『第二席』の『内務省』の馬鹿どもの歯切れの良くない政策が悪いのさ」


ジョッキを左手でしっかりと握りながらも、アレンは聞くことに徹していた。どうやら、大柄の兵士と細身の郵便屋の二人は酔っぱらい始めており、饒舌になっているようだ。


「それで、旧王家様と忘却ぼうきゃくの話しはできたのかい?」


大柄の兵士は、トロピカルエールを飲み干し、小声で囁いた。


「忘却ぼうきゃくが大戦墓地の花手向けを終えて、出国のために東の大門に来た時に、同じことを聞いたさ。すると、旧王家と話ができて、その赤子は、忘却ぼうきゃくが育てることになったということさ」


 細身の男はわかりやすく飛び跳ねた。


「なんてこったい。忘却ぼうきゃくが人間の赤子を育てるだって!これは大スクープじゃないか」


「そうだろう。まあ、旧王家様がお決めになさったことだ。何か妥当な理由があるのだろう。以上が俺からの話だ。どうだ、アレン?」


「興味深い話です。禍心獣グロレイガルが人間を育てる例はほとんど聞いたことがありませんので」


 細身の郵便屋も、トロピカルエールを飲み干す様子を見て、アレンも、残りのトロピカルエールを口に注いで、ジョッキを空にした。そして、六杯分のトロピカルエールの代金を机に置いた。


「今日は二つも目覚ましい話を聞かせていただきありがとうございました。この国の最新情報が良く知れた気がします。明日の朝、私は西の大陸に向けて船に乗りますので、今夜はこれくらいで失礼しようと思います。面白い話のお礼に、ビールは全て私の奢りです」


「おおそうか、いつの間にかもうこんな時間か。酒の恩は、一生の恩だ。ガハハハッ。こちらこそ、ありがとう。いい旅を!」


「またお会い出来たら是非お声掛けを。アレンさんの旅の行方を陰ながら見守っております」


 アレンは、細身の郵便屋、大柄の兵士、カウンターの亭主の順番に丁寧に握手をして、店を出て、夜空を見上げた。


今日は、満月か。英雄の魂心器ソウルレイスの適合者と禍心獣グロレイガルに育てられる子。――世界はなんて楽しみで満ちているのだろうか。満月から吹いてきているような夜風が、アレンの背中に当たり、アレンは跳ねるように宿屋に向かって歩いた。



 ――これより十二年後、宿罪しゅくざいの森にて、少年の物語は、幕を開ける――

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