訳あり守護者とドラゴンライダー

伊吹 ハナ

内定が見つからない二人

 魔法を扱える者は〝ウィッチャー〟

 何も持たざる者を〝ノーマル〟

 その二種族が共存する国──コスモス。


 コスモス国は、ウィッチャーが魔力を暴走させないように予め学ぶ専門学校があった。ノーマル側にも変わらず学校はあるのだが、今回はウィッチャー専門学校が舞台となる。


 専門学校はもちろんウィッチャー限定だ。卒業というものはなく、試験で世に出ても問題無いと合格が出てから自身が就きたい仕事を探していく。逆にいえば魔力を上手く扱えない者はいつまでも合格出来ず仕事も見つからない。しかしそれは魔力を暴走させないためだ。ノーマルが暮らしている中、ウィッチャーは恐ろしい存在ではなく助けてくれる者でないといけないから。ウィッチャーとして魔法が使えるのはノーマルには羨ましい事かもしれないが、それなりに責任重大で合格をもらうまでが大変だった。

 

 学歴も運動、そして魔力の扱いもずっと一位を獲り続けているゲンリュウという一人の男がいた。文武両道、容姿端麗、すぐに内定先など見つかる……と誰もが思って居たことなのに。この男、就職活動が中々上手くいかない。学校側からはとっくに合格が出ているというのに。


「く……何故俺がこんなところで立ち往生しなければならない!」


 ゲンリュウが苛立ちを隠せず『不採用』と書かれた紙をビリビリに引き裂いて手の内で燃やしてしまえば、周りの専門学生は途端に距離を取って「怖え〜……」と小声で会話していく。


(また駄目だったんだって? 不思議なことがあるものだ)

(いい気味だよ。いつも自信家気取りで鼻についてたんだ)

(まさかわたしの方が先に内定貰えるとはね……)


 合格してから就職先を探すので、内定が中々出ない者はまた暫くの間専門学校でお世話になる。初めは自分でエントリーするが、苦労している者には学校側から『この仕事先どうか?』と取り合ってくれる手厚いフォローがあった。しかしそれは時にはウィッチャーとしてではなくノーマルも普通に働けるような仕事内容で、魔力を発揮出来ない仕事先もあった。


 学生時代は魔力判定も一位だったゲンリュウはノーマルと仕事することだけは避けたかった。魔力を持たない劣等種族と同じ空間にいるのはあり得なかった。


 遠巻きにこちらを見てはコソコソ話し出す学生たちを睨みつけ「なんだ!」と叫べば皆散り散りに去っていく。凛々しい眉、鋭い吊り目にガン飛ばされてしまえば小さな子供だったら泣いてしまう恐ろしさだ。「腰抜かしな奴らどもめ」と鼻を鳴らして肩を怒らせながら歩いていけば角から曲がってきた女子学生とぶつかった。


「あ、ごめんなさい!」

「前も見ずに資料を見ているとは。その根暗な感じ、貴様はどうせ不合格なのだろう──」


 女子学生が見ていた紙を奪い取り眺めてみれば『採用』と大きく書かれている文字が目に入った。「こんな奴が?」とゲンリュウはもう一度彼女を見下ろし顔を顰める。合格ラインもAではなくCとギリギリだった奴が?


「す、すいません。急いで学校に知らせないと、と思っていて」

「……だからといって前を見てないのはどういうことだ! 魔力も俺に劣るという者が俺にぶつかるだと? 怪我したらどうしてくれる! 俺の手から魔法が使えなくなるんだぞ!」

「本当にごめんなさい、今後は気をつけるわ」

「今後? 俺は今の話をしている! 何故俺にぶつかった? 資料見ながら駆け足でもあったのだろう、勢いがあった! それがごめんなさいの一言で済むと思うのか⁉︎」

「わたし、急いでいて──」


 既に半泣きになっている女子学生にも気付けずにゲンリュウは怒鳴って詰め寄る。文武両道であるゲンリュウだが、唯一の欠点は〝短気〟〝人の話を聞かない〟〝相手に寄り添えない〟ことが就職先が見つからない理由だった……ということにゲンリュウ本人は気付いていない。

 

「言い訳無用! こんな奴が何故採用されるのか心底不思議だ! 貴様は碌でもない奴だと仕事先に報告しなければ──」

「あー、ちょっと。いいかな?」


 ゲンリュウと女子学生の間に細身の男が割り込む。ゲンリュウが奪い取っていた資料を掴んで数秒眺めてから「もういいよ、先に行きな?」と彼女の手元に戻してから先に歩かせる。


「……おい! 貴様、何様のつもりだ! 俺が説教してやったというのに!」

「お前のその態度じゃいくら優秀だからといって、誰も一緒に仕事したがらないだろうね」


 こちらを振り返ってため息を吐く男──ハヤトは、ゲンリュウの同級生だった。名前を知っているくらいで学生時代も特に会話をしたことは無い。成績発表でも総合一位だったゲンリュウに対してハヤトは中の下が大半で、相手にもならないと思っていた。


 そんな男から説教を中断されるとは。怒りの先は女子学生からハヤトに変わり「仕事したがらないとはどういうことだ!」と問う。


「仕事先もきっと無能に決まっている! 何故優秀な俺が採用されないのだ! あり得ないだろう! アイツは! ランクCだったというのに!」

「仕事先を見たか? 彼女が就くのは介護施設だ。特に秀でた魔力がなくても重さを軽減したり、他の職員の疲れを癒すことが出来たら十分だ。それに、人柄もあるだろうな。お前と違って、穏やかな子だ。介護施設はそんなウィッチャーを求めていた。それだけのことだ」

「……だが! 走っていたのは良くないだろう!」

「あの子の母親は重い病気でね。内定決まったと学校に報告した後、病院に向かわなければならなかった。確かに走ったのは良くないよね。でも彼女も急いでいたんだ。お前は別に急ぎの用事もなかっただろう?」

「……何故そんなことを知っている」

「同じクラスメイトだっただろ? 事情は皆知っていたよ。知らないのはお前くらいかな」


 ゲンリュウが攻撃的な発言を多くすることで仲間がいないことをハヤトは知っている。ゲンリュウは優秀故に他人の気持ちを理解することが出来なかった。自分が出来る者は相手も出来ると思っていた。だから基本的な箒乗りが出来ない学生が心底不思議だった。「何故こんな簡単なことが出来ないのか?」と。ハヤトも直ぐには乗れなかった方だ。でも、いつも仲間に慕われている。優秀なのは俺の方なのに、誰も俺に「どうやったら上手に飛べるの?」と聞かれたこともない。


 嫌な記憶を思い出しギリ……と奥歯を噛み締める。こちらを見据えていたハヤトはふと目を逸らすと「ま、俺も全く内定先見つかってないんだけどな〜」と伸びをする。


「ふん。いいザマだ」

「……ずっとその態度じゃ本当に仲間に巡り合わないよ?」

「劣等な奴らと仲良くするだと? こちらから願い下げだ!」


 ハヤトの眉間に皺が寄り「ゲンリュウ」と呼び止められたが構わず背を向け歩き出す。


 全く、どいつもこいつも鼻につく。

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