俺が異世界で『成功したオタク』になるまでの一連の流れについて
@kuzikan
序章
燃えている。
気づけば、床に倒れていた。何が起こったのか分からない。水の中にいるかのように、音がぼやけている。
視界も靄がかかって不鮮明だった。何度も瞬きをするが、むしろ時間が経つにつれ視界は端から黒く濁っていく。
体が重い。
意識すると、全身が激しく痛んだ。身じろぎしただけで耐えがたい激痛が走る。悲鳴を上げようとした喉からはヒューヒューという息しか出なかった。
水が欲しい。喉が渇いた。
立ち上がりたいが、体に力が入らない。渾身の力を込めても、手を伸ばすので精一杯だった。
誰か、誰か助けてくれ。救急車を呼んで、早く病院に行きたい。
地面を這うように手を伸ばす。視界に入った自分の手は、べろりと皮が剥けたかのように真っ赤で血まみれだった。ショックで息が詰まる。
怖い。痛い。苦しい。つらい。喉が渇いた。水が欲しい。死ぬんだろうか。こんなところで?
ぼたりと涙が出た。いやだ。死にたくない。がむしゃらに手を伸ばす。
悲鳴。ばしっと音を立てて手が叩き落とされる。激しく拒絶されて初めて、自分が誰かに握ってほしくて手を伸ばしたのだと気づいた。死にたくない。こんなところで、ひとりで。
気の遠くなるほどの長い時間、握ってくれる手を求めて手を伸ばした。
這いずって皮膚が地面に擦れるたび耐えがたい痛みを感じたが、なめくじのような速度で動く。だが伸ばした手はいつも悲鳴と共に拒否された。いったい自分はどんな姿なんだろう? ただ一時手を握ることさえも嫌がられるような見た目をしているのか。
誰でもいい。頬を涙が流れると神経を直につま弾かれるような痛みを感じた。歯の間から息の洩れる音がする。それだけの振動でも喉が焼き切れるような感覚がした。誰でもいいから、ほんの一瞬でも誰か手を握ってくれ。
死にたくない。こんなところで、ひとりで、こんな風に。
一刻一刻死が近づいてきているのをまざまざと感じる。視界は全体的に照明を暗くしたようにかげり、あれほど感じていた痛みでさえどこか一枚膜を隔てたかのように遠い。絶えず聞こえていた悲鳴と啜り泣きはテレビの電源を落としたみたいに聞こえなくなっていた。
喉が渇いた。水が欲しい。死にたくない。こんな風に死ぬのは嫌だ。誰か助けてください。
もう這いずる力も残っていなかった。それでも諦め悪く手首だけ持ち上げてさまよわせてしまう。もう何度も叩き落とされた手だ。血まみれで所々黒ずんだ不気味な手は、小刻みに震えていた。息をするのが苦しい。諦めかけて目を閉じた時だった。
誰かが手を握った。途端、手から電流に似た激痛が全身に走る。剥き出しの肉に触れられたからだと気づいたのは、弾かれたように顔を上げたあとだった。
男だ。彼も怪我をしている。額から頬にかけて、べっとりと血で汚れていた。胸から下が落ちてきたコンクリの下敷きになっている。床には血で水たまりが出来ていた。しかし意識はしっかりしているようで、男はこちらを見て微笑んでいる。怖がる様子も、嫌がる様子もない。
「大丈夫だよ」
男はこちらを安心させるようにもう一度笑った。優しい眼差し。
大丈夫なわけはないのに。不条理で突然の死はもうすぐそこに迫っているのに。
それでも最後の最後、手を握ってくれたこの人に。
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