第2話 ツンデレ魔道士ミラ
ギルドに顔を出した瞬間、空気が変わった。
昨日と同じ場所に立っているはずなのに、視線の重みが違う。俺を知っている、俺のことを噂している、そんな空気が充満していた。
「なぁ、あれがそうだろ?」「新人のくせにオーク百体をまとめて倒したってやつ」
「いや、どうせリーナちゃんの勘違いだろ」「いやでも、あの子が嘘つくわけないし……」
……はいはい、予想通り。
昨日の出来事がちゃんと広まってるわけね。そりゃそうだ。村を救った英雄の噂なんて、数時間で街中に駆け巡るに決まってる。
リーナは俺の隣で胸を張っていた。
「本当なんです! お兄さんはすごいんですから!」
うん、頼もしい。そして可愛い。
……正直言うと、こうして俺のことをまっすぐ信じてくれる人がいるってだけで、心臓がちょっと跳ねる。俺の前世なんて、信じてくれる人どころか「存在感薄いやつ」扱いだったからな。
今は違う。ここには俺を信じてくれる子がいる。俺をヒーローみたいに見てくれる子がいる。……悪い気分じゃない。いや、むしろ最高だ。
そんな俺の気分を冷や水みたいにぶっかけてきたのが、彼女だった。
すらりとしたシルエット。腰まで届く銀髪は光を反射してきらきらしていて、宝石みたいに赤い瞳は挑戦的に輝いている。紫のローブに長い杖。誰がどう見ても「高位魔導士」ってやつだ。
そして、彼女の口から出た最初の一言がこれ。
「ふん……くだらないわね」
……あー、はい。完全に来ましたね。
この世界のテンプレ。つまり、ツンデレ枠。
「お前、誰?」俺はわざと素っ気なく聞いた。
「私はミラ。ギルドのBランク魔導士よ。田舎から来た自称勇者なんて、眉唾だと思うけど?」
ほう。Bランク。つまり、そこそこ実力あるってことか。
そして自信たっぷりだ。そういうやつ、嫌いじゃない。
リーナが慌てて割って入る。
「ち、違います! 本当にこの人はすごいんです!」
「証拠もなしに大口叩くなんて、冒険者の恥よ」ミラは冷ややかに言い放つ。
俺は苦笑して肩をすくめた。
まあ、分からんでもない。昨日のオーク戦を見てないやつからすれば、信じろって方が無理だ。
「じゃあ、一緒に依頼に行ってみるか?」俺は挑発気味に笑った。
「俺が本物だって証明してやる」
ミラは赤い瞳を細め、杖を軽く叩いた。
「いいわよ。口先だけじゃないってところ、見せてもらおうじゃない」
おお、いいじゃん。燃える展開。
俺の心はワクワクしていた。異世界に来てまだ二日目だってのに、もう仲間候補のイベントが始まるとか。テンプレ展開、大好物です。
受けた依頼は「街道に出没する巨大狼の群れ討伐」。
オーク百体の次は狼十数体。数だけ見れば楽勝すぎる。けど、まあパーティの初試運転にはちょうどいいかもしれない。
現場に着いた瞬間、森の奥から低い唸り声が響いた。
「グルルルル……」
「ガウッ!」
狼たちが牙をむき出しにして飛び出してくる。十体以上。普通の冒険者なら腰を抜かして逃げるレベル。リーナが後ろでびくっと震え、俺の服を掴んだ。
「だ、大丈夫ですか……? あんなに……」
「平気平気。これくらい、散歩みたいなもんだ」俺は軽く笑った。
そのとき、ミラが一歩前に出た。ローブが風に揺れ、銀髪がきらめく。
「見てなさい。これが魔導士の力よ!」
彼女が杖を振り上げ、早口で呪文を唱え始める。
「炎よ、我が手に宿れ――ファイアランス!」
炎の槍が生まれ、狼の一匹を正確に貫いた。
「ギャウン!」と悲鳴をあげ、灰になって消える狼。
おお、ちゃんと強い。威力も正確さも申し分ない。これならBランクもうなずける。
「ふふん、どう? 私の魔法、すごいでしょう」
ミラが振り返って、どや顔を俺に向けてきた。
……いや、可愛い。
でも魔法自体は……俺にとってはちょっとした花火程度。
俺は肩をすくめて一言。
「まあまあかな」
「なっ……!?」ミラの赤い瞳がかっと見開かれた。
俺は片手を軽く上げ、指を鳴らす。
パチン。
ドォォォォォォォン!!!
次の瞬間、残りの狼がまとめて吹っ飛び、辺りは爆風と煙に包まれた。地面は大きなクレーターになり、土煙がもくもくと空へ昇っていく。
……我ながら派手すぎる。
でもまあ、派手な方が分かりやすくていいだろ。証明には十分。
「ま、またやりすぎです!」リーナのツッコミが飛んでくる。
はいはい、俺もそう思います。
ミラは呆然としたまま、口をぱくぱくさせていた。うん、魚かな?
「な、なにそれ!? 魔法の域を完全に超えてるじゃない!」
「俺、最強だからな」俺はドヤ顔で答えた。
街へ戻る道中、ミラはずっと不機嫌そうに黙っていた。リーナが「えっと……」と声をかけても「別に」としか言わない。完全にツンデレモード。
俺自身、気づいていた。
彼女の悔しさとか、プライドの高さとか。必死こいてBランクまで上り詰めたのに、昨日今日現れたチート勇者に一瞬で全部上書きされたら、そりゃあ面白くないだろう。俺もそう思う。
でも、その顔がなんか子供みたいで……ちょっと笑ってしまった。
ギルドに戻って依頼完了を報告すると、またしてもざわめきが起きた。
「もう終わったのか!?」「早すぎるだろ!」
「新人ひとりで狼十体以上!? 冗談だろ……」
受付嬢が書類を見直し、目を丸くする。
「本当に……一瞬で……」
ギルド全体がざわつく中、ミラはそっぽを向いたまま、ぽつりと小さな声で言った。
「……認めてあげるわ」
俺は耳を疑った。
「え?」
「でも! 調子に乗ったら許さないんだから!利用するだけだから!」
はい、いただきました。
ツンデレ定番の「認めつつ釘を刺す」台詞。
俺はにやにやしながら返した。
「へいへい、よろしく頼むよ」
(ハーレム進んできたぞ~)
ミラは顔を真っ赤にして睨んでくる。
リーナはそんな二人を見て、安心したみたいに微笑んでいた。
こうして俺のパーティには新しい仲間、ツンデレ魔導士ミラが加わった。
仲間が増えれば騒がしさも増えるけど、それも悪くない。
けど――心の奥底では分かっていた。
この賑やかな日常の先には、必ず魔王との戦いが待っている。
俺は最強で、この世界を救う勇者だ。
その運命からは逃げられない。
ステータスが∞の俺は、異世界で無双する 一ノ瀬和葉 @Itinose_Kazuha
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