枯れた花の行方

αβーアルファベーター

枯れた花の行方

 ◇◆◇


 はなちゃんは、病院の白いベッドの上から、窓の外の花壇をよく眺めていた。

 色とりどりの花が風に揺れている。


 けれど彼女の目が一番追いかけるのは、端にひっそり咲く小さな白い花だった。


「わたし、あの花みたいに小さいけど、がんばってるよ」


 弱々しい声でそう言うと、お母さんはただ泣きそうな顔で頷くしかなかった。


 はなちゃんは生まれつき体が弱く、何度も入退院を繰り返してきた。

 医師たちはやさしく言葉を選んでいたけれど、彼女自身が誰より知っていた。

 ――もう長くは生きられないことを。


 季節は巡り、秋の風が吹き始めた。

 外の花壇の白い花は、色を褪せ、やがて枯れていった。


 はなちゃんはそれを見つめながら、かすかに微笑んだ。


「ねえ、お母さん。枯れた花って、かわいそうなのかな?」


「……どうしてそんなことを聞くの?」


「だって、もう咲けないから。でも……花びらは土に戻って、

 また春に新しい花を咲かせるんだよね。

 だったら、ちっともかわいそうじゃないよね…?」


 母は答えられなかった。涙があふれ、はなちゃんの手を強く握った。


 やがて冬が来て、はなちゃんは静かに息を引き取った。

 小さな胸はもう上下することはなかった。


 ――春。


 病院の花壇に、新しい芽が顔を出していた。

 やわらかな陽射しを受けて、土の中から小さな白い花が咲いた。

 お母さんは思わず息をのんだ。


「……はな」


 その花は去年枯れたはずの、あの小さな白い花とそっくりだった。


 風に揺れながら花は微笑んでいるように見えた。

 まるで「わたしはここにいるよ」と、はなちゃんが伝えてくれているように。


 はなちゃんは遺書を残していた。

 

 「お母さん、私がいなくてさみしいかもしれないけど、

  私は消えるわけじゃないから。ちゃんと戻ってくるから。」


 枯れた花の行方は、消えることではなかった。

 命は終わりを迎えても、形を変えて次へとつながっていく。


 母はそっと花に触れ、涙を拭いながらつぶやいた。


「ありがとう、はな。あなたは、ずっと咲き続けるのね」


 白い花は、優しく頷くように揺れていた。


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