第19話 トレーニング

◆放課後のジムにて


「対戦相手はアンドレ。元ラジャダムナン王者のフランス人だ。通称は黒銃弾ブラックバレッド。スピードを武器にしたファイトスタイルが特徴だ。得意技は、サウスポーから繰り出される左ストレート」

「黒人か。バネが有りますね」

「ああ。ムエタイ出身の連中は、慣れないリズムとスピード感で翻弄されて負かされた、って感じだな」


上桑は大きなスクリーンに映ったアンドレの試合をひたすら見つめている。


学校が終わり、クラスメイト達に頭を下げると早々に学校を後にした。勿論、美谷は無言で後を付いて来たが、もはや抵抗に意味を見出せずそのまま一緒にジムへと訪れていた。


「ねえ、女子中学生」

「結衣ですけど何か?」


室町結衣は、不機嫌そうにしながらも返答する。


「ダーリンは練習をしないの?ずっと動画を見ているけど」

「既にトレーニングは始まっています。先生にとって、対戦相手を見ることが、最も大切なトレーニングの一つなんです」


ふぅ。上桑が大きく息を吐いてスクリーンから視線を外すと、声を掛けるタイミングを見計らっていた室町が口を開く。


「どうだユキカズ?」

「実際にやらないと分からない点もありますが、穴はありますね。特に蹴りが」

「ん……流石だな。足をスピードに使っている分、蹴りはフェイクがメインだろう」

「無駄に蹴りには反応しないようにしないと……左ストレート、あれを打つまでの布石も研究しておかないとか」

「うし!俺なりに考えた対策を行う。お前も効率的な練習を思い付いたら教えてくれ」

「はい!お願いします」


トレジャージム会長、室町薫。


彼もまた、現役次代から非凡な戦術眼を持つ世界王者だった。


上桑の試合が決まると、まずは室町が徹底的に相手を分析し必要だと思われるトレーニングを行う。


それに対し上桑は、自らに足りない点や勝つうえで必要だと思う対策を室町に告げ、二人でブラッシュアップする。それが、ここまでの必勝パターンだった。


「それじゃあ、いつも通りにウオーミングアップから始めるぞ」

「はい!お願いします」


リングへと登る上桑。そして、室町はトランプを次々捲るとそれらを読み上げていく。


「◇の5!♤の9!♡のエース!」


美谷は呆然とその光景を見つめる。一体何を見せられるというのか?その瞬間、上桑がリングの上で動いた。


右ミドルからスイッチしての左ストレート。スウェーの動きから、ピポットターンを行うと左膝テンカオ


流麗かつダイナミックな美しいシャドーは素晴らしいが、何故にトランプ?と、いう疑問が美谷の脳内を埋め尽くす。


「あれは、トランプ1枚1枚に意味が込められているんです」

「結衣?」


そんな表情を察した結衣が隣で解説を行う。


「細かい指示を戦いながら聞くのは難しいので、短いサインを決めていたら定着したんです。今では、52枚全ての動きを覚えています」

「52パターン!全てあの速度で行えるというの!?」


……フフフ。美谷からは思わず笑みが溢れる。


(これも彼の強さの秘訣なのね。次回も楽しみだわ)


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