第2話 最強は逃げ出したい
◆世界最強となった日
(わあああああああああああああああああああっっ!!!!)))
リングを覆う熱気。それが最高潮に達した。
大きな
それは、新たなスター選手の誕生を祝してのものだ。優勝したのは若干17歳の青年。彼はトーナメントで行われた3戦全て、被弾することなく、圧倒的な大差で勝利をおさめた。
【真の最強は誰だ!?】
増えすぎたキックボクシング団体。
各団体の世界王者であっても、世間から全く認知されない実情。ランカーどころか王者すら空位。そういった団体で溢れていた。
そんな憂いを払拭すべく立ち上げられたのが、今回の舞台だ。
大富豪として知られる謎多き人物、鈴木が先導し、世界中に点在するキックボクシングの各団体が手を結び、遂に実現した。
その大会名は【FUTURE(フューチャー)】
そして上桑は、世界で最も層が厚いとされるアンダー70キロのトーナメントで優勝を果たし、世界最強の称号を手にした。
眩しいスポットライトの下、彼の口元にはマイクが向けられる。
『チャンプ!ずばり今後の展望は?』
インタビューアーからの問いに、リング上から世界へと向けて力強く発信した。
「誰とでもやりますよ。それが
◆枕を濡らす
試合の熱気が、嘘のように静まり返ったジムの控室。
俺はチャンピオンベルトを椅子の上に放り投げ、床に大の字になっていた。
「おいおい、そんな大事なもんを雑に扱うなよ、チャンピオン」
そんな事を言っているのは、大会運営にて多大な貢献をしてくれた、ヤクザみたいな風貌の真柴(ましば)さんだ。
金髪のショートカット、太めの黒縁眼鏡にグレイのダブルスーツ。どう見ても堅気には見えないが、優秀なプロモーターでありマーケターでもある。
旧知の仲ではあるが、向こうの方が7つも年上だし、怖いからという理由で敬語で接している。
真っ白なタオル。それで、丁寧にベルトを磨きながら、彼は口を開いた。
「なあ、ユキカズ。ここからお前の最強の道が始まるんだ。誰とやりたい?最高のマッチメイキングをするぜ。今大会には出なかったが、世界にはわんさか強豪がいるしよ」
「……正直いいますとね」
俺は天井を見つめたまま、独り言のように呟いた。
「幸運という名前の通り、マジで運が良かったですわ〜、の一言に尽きます」
俺の言葉に、真柴さんの手が止まる。
「ん?」
その訳が分からない、という表情は妥当だろう。逆の立場なら、俺もきっとそんなリアクションをするだろうから。
「今回はトーナメント戦だったわけですが、一回戦のお相手は、練習中に古傷の膝が再発したのを我慢して出場。序盤で直ぐに気がついた俺は、そこをチョコチョコ攻撃しては逃げてを繰り返して、ほぼノーダメージで準決勝進出したわけです」
俺の気だるそうな言葉に、真柴さんは不機嫌そうに言い返してきた。
「それがなんだ。お前の読みと戦略が優れてた、ってだけだろうが」
「……違いますよ。準決勝も決勝もですが、どちらの対戦相手も、デットヒートを繰り広げてボロボロな状態でした。正直いうとね、一発蹴られた時に思いましたもん。『あ、これ効かないやつ』だって。俺がいうのも何ですが、マジで運でしたよ。全ての偶然が重ならなければ、1回戦で敗退していた筈です」
「お前はそう言うが、それを信じてる奴は誰もいねぇよ」
そう言って、真柴さんは鼻を鳴らす。
「お前が思うほど、このベルトは軽いもんじゃねえ。俺達がどれだけの時間と金を使って、このFUTUREって舞台を作り上げたと思ってる。お前が勝ったあの瞬間、この団体の歴史が始まったんだ。なぁ、チャンピオン?もう一度このリングで共に戦おうぜ」
彼は真剣な目付きで俺を見つめた……そんなの、答えは決まっている。
「嫌っああああああああああ!!!最高にクールで、伝説のチャンピオンのまま終わるんだあ!!」
俺は床を叩いて叫んだ。ここで引退すれば伝説として語り継がれるはず。そうすれば、本当は大して強くない事がバレずにすむ!
真柴さんは、呆れたようにため息をついた……次の瞬間には、ガバッ!と凄い表情を浮かべて叫ぶ。
「何言ってんだ!お前は世界最強のベルトを手にしているんだぞ!真っ当な理由もなく、引退を許すわけ無いでしょうがあ!?」
「そもそもさあ!国内予選から、運がよすぎたんだよお」
思わず涙声で力説してしまう。
「風邪の影響で減量に失敗した相手とか、試合前日にFXで破産して、試合中ずっと茫然自失だった相手とかさあ!!そんなんばっか!……そもそも、本戦のトーナメント出場すら相応しくなかったんだ……」
名だたる国内のスター選手を押し退け、世界トーナメントへの切符を勝ち取った俺だったが、なんてことは無い。蓋を開ければ、一生分の運を使い果たしたかのような内容だ。
さめざめと
「ふ~ん。しかし勿体無い話だな。FUTUREの現役王者ともなれば、さぞ女からモテるだろうに」
真柴さんはニヤリと笑う。俺の体はピクッと反応した。
「そりゃあそうだよな。今のお前は、誰がなんと言おうと最強の称号を手に入れたわけだし。今回の賞金額も中々高額だ。オマケにこの実績を引っ提げればスポンサーもガンガン付くだろうよ。それこそ、スポーツ用品メーカーや食品メーカーなんかの大手企業も付いてくれるかもな。そうなりゃ、大金もお前のものだ」
俺の体がもう一度ピクッと動いた。
嫌だな……僕はお金の為に挌闘技なんてやってないよ。ほんとだよ?
「若くて強くて金も名誉ある。そんな男がモテない訳ないわなあ……しかしまあ、お前さんの人生だ。止めはしないさ。早速ラウンドガールから合コンしたいというお誘いもあったが断っておくわ」
「ラ、ラ、ラウンドガールっすか?」
俺の体は、ピクッピクッ!ブルブルッ!!と激しく震え出す。
(もしかして、決勝の時に立っていたオッパイの大きいお姉さん?)
「やっ……でも、俺、もういいっすよ。もう十分にやったし、きっとモテるし?高校生なのにお金も入るし……」
「
真柴さんは俺の返事も待たず、肩を掴んで立ち上がらせた。
「の、飲むって!俺は未成年ですよ!?」
「たまには羽目を外して、チャンピオンとしてチヤホヤされて、気分転換でもしねぇと、お前みたいなお堅いヤツは潰れちまうんだよ。ほら行くぞ!」
ズルズルと真柴さんに引きずられ、俺は半ば強制的に外へと連れ出された。
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